第39話 第零種
司令から突き付けられた言葉。紫苑にも自覚はあった。彼は黙って、自らの両手を見下ろす。心に去来するいくつもの感情。そのどれもが良いものでないことは明白だ。
「CoDEであることと、人であることは両立しますわ」
紫苑は顔を上げ、ローズを見た。
「他よりほんの少し、進化しただけの人間。奴の言葉を借りるのは癪ですけど、所謂――“新人類”というだけのことですわ!」
ローズは励まそうとしているのだろう。その思いは紫苑にもありありと伝わってくる。
「というより、この場にいる全員が“CoDE”ですわ! ショックを受けるのは私たちに失礼じゃなくって!?」
「それは…………」
紫苑は少しだけ、申し訳なく感じた。誰も、“CoDE”が化け物とは一言も言っていない。少し、早計が過ぎたかもしれない。
「ふざけるな。私は人間だ」
「急に梯子を外さないでくださいまし!! あなたが一番、人外ですわ」
「…………」
ローズの言葉に、司令は黙り込んだ。あれだけ、笑みを絶やさなかったその顔が歪んでいる。
「はぁ…………」
「いつも思うんですけど、この話題になると繊細過ぎません?」
「ローズ、ひどい」
「ナギもすぐに伊吹の味方をするのを止めなさい」
「やだ」
ローズはため息をつく。いつもはこんな感じなのだろうか。司令は一度、咳払いをする。しかし、表情に少しだけ、影が差しているような、テンションが低く感じられる。
「“特種―CoDE”。被害規模は不明」
「不明?」
司令の言葉に紫苑は首を傾げる。この区分は一体、何のために存在するのだろうか。紫苑には理解できない。
「行方不明者の証言によって、存在するであろうとされている。被害規模が正確に把握できていない」
司令は一息つく。そして――
「異常な空間――“異界”と呼ばれる場所に関与している“CoDE”が区分されている」
(“異界”……!!)
その言葉に、紫苑が真っ先に思い出したのはあの暗い世界の事だった。そしてあそこに現れた怪物。
「全国で毎年、一定数の行方不明者が出てるんですの。その内の何割かは“異界”が原因とされていますわ」
「俺もそれに遭った」
紫苑の言葉に、局長は目を細める。
「ほう。いつだ?」
「一ヶ月以上前だ。暗く人気のない場所だった。そこで俺は蚯蚓の化け物に襲われた」
「自力で切り抜けたのか?」
「いや、助けられた」
「我々ではないな。誰にだ?」
「多分、学生だ。どこかの制服を着ていた。札を使って、木を生やしたり、火を操ったりしていた」
「それは、おそらく“退魔連合”ですわね……」
(“退魔連合”?)
「そいつの名前は?」
司令の質問に、紫苑は首を振る。あの場所で遭遇した二人、女性の方には後日、出会ったが、結局、名前は知らずじまいだった。
「そうか」
司令は少しだけ、残念そうな表情を浮かべた。
「まあ、これで以上だな。“ELIZA”、モニターを――」
「この、“第零種”は違うのか?」
“第一種”より上、表に存在しているというのに司令は言及しなかった区分。そこには不穏な説明がなされているが――
「ああ、これか」
司令は苦笑いを浮かべた。あまり、深刻そうではない。
「“第零種―CoDE”。被害規模は世界。日本を含み、別の国も巻き込んでいる場合」
「必要……なのか?」
「まあ、昔の名残だ。一応、一体だけ、ここに区分される“CoDE”がいる」
司令は懐かしいものでも、思い出すかのように、笑っている。だが――
「何ですの、それ? そんな話、聞いた覚えがないですわ」
ローズが司令に問いかける。どうやら、ローズも知らない話のようだ。
「当然だ。私の過去だからな」
「気持ちはわかりますけど……。なら、何で、匂わせるんですの? 口でも滑らせました?」
「いや、丁度、いい機会だと思ってな。話すつもりだ」
司令の言葉に、ローズは驚愕の表情を浮かべる。まるで有り得ないものでも見たかのような顔だ。金髪も、今までの退屈な様子が嘘のように、姿勢を正し、興味津々の様子だ。
「伊吹、どうしたんですの!?」
「うるさい奴だ……」
ローズの大声に、司令は顔を歪める。それほどまでに過去を語ると言うのは珍しいことなのだろう。
「どんな心境の変化ですの!? 仲間が増えて、嬉しかったんですの!? あなた、そんな質じゃないでしょう!?」
「どうだかな」
司令のあいまいな返答にローズはむすっとする。
「ようやく、黙ったな。では、語るとするか。私の過去であり、――全ての始まりを」




