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CoDE: Hundred  作者: 銀杏魚
第一章 水ノ園学院高等学校編
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第3話 業火

 紫苑は自分の家へと帰ってきた。家に入る直前に、ある事を思い出した紫苑は父に話しかけた。


「そういえば今日遊びに行く約束したんだった」

「さっきの子か?」

「いや、別の人たち」

「たくさん友達が出来たみたいだな」

「うん。皆、優しそうだった」

「そうか。それなら心配なさそうだ」


 紫苑の家は一階がカフェで二階に住居がある、店舗併用住宅になっている。カフェの名前は“Silver(シルバー) Grass(グラス)”。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 紫苑の声に返答したのは “Silver Grass”で従業員をしている赤石(あかし)紅音(あかね)。髪型はショートボブで黒縁の眼鏡をかけている。

 

 ここまでなら普通に思えるが、名は体を表すとはよく言ったもので、髪と瞳が真紅ともいえるほど赤い。特に何かしているわけではなく、生まれつきのようだ。

 顔立ちは垂れ目で非常に整っているが、堀が深く、完全に外国人の顔をしている。両親はともに日本人のようだが、隔世遺伝だろうか。身長も女性にしては高く、男性の平均身長ぐらいはあるように見える。それに比例してスタイルも良く、メリハリがある。

 だが、性格は身長に反比例して、大人しく、威圧感を全く感じさせない。むしろ、どこか弱々しい雰囲気すら感じる。


 紅音はカフェ設立当初からの従業員ではあるが、一つだけ、問題があった。


「紅音さん、また手首切ったんですか!?」

「え!? いやこれはその……」


 紅音の悪癖とも呼べるリストカット。働き始めの頃は酷かったが今は大分、頻度が下がった。それでも、なお手首に包帯を巻いている時がある。


「もうちょっと、自分を大切にしてください…………」

「え!? エヘヘ……」


 紫苑の言葉に、紅音は頬に両手を当てた。


「何、笑ってんですか!? こっちは真面目な話をしてるんです! 傷口からばい菌でも入ったらどうするんですか……」

「大丈夫! 専用のがあるから!」

「そういう問題じゃないんですよ……」


 二人の会話に父が口をはさむ。


「イチャイチャしているところ悪いが、紫苑、今日、友達と約束してるんじゃなかったか?」


 紫苑は父の言葉に、ハッとして、勢いよく、店を飛び出した。再び、その場に顔を真っ赤にした女性を残して…………。



 紫苑は二階へ駆け上がり、家に入る。


(服が…………)


 紫苑は自分の部屋のクローゼットを開け、項垂れていた。ここにきてぼっちだった弊害が出たのだ。


(まずい……。部屋着なら……!! いや流石に……)


 悩みに悩んだ結果、ランニングに使うウェアを着ることにしたようだ。紫苑は荷物をまとめ、家を飛び出した。


 紫苑は駅への道を全力で走る。日課のランニングで鍛えられた脚力で、予想より早く、紫苑は集合場所に辿り着いた。そして、集合場所にはすでに誰かがいる。


(あの後ろ姿は!)


「おーい、漣夜――」


 紫苑が漣夜に声をかけようとすると、派手な服をした女性二人組が漣夜に話しかけた。その瞬間、紫苑は無意識のうちに近くの物陰に身を隠した。


「おにーさん、かっこいいね。一人?」

「暇なら、一緒に遊ばない?」

「わりぃ! 暇じゃねえんだ!」


 紫苑は戦々恐々しながら、漣夜を見守る。すると女性二人組は離れていったようだ。それを確認し、紫苑は漣夜に近づいていく。


「漣夜! 流石チャ――」

「言わせねえよ!? ナンパとかマジでびっくりしたぜ…………」


 漣夜は冷や汗をかいているようで、腕で汗を拭っている。紫苑はそんな漣夜を観察した。


(オシャレだ……)


 漣夜は服を適度に着崩し、パーカーの前を全開にしている。頭にはワックスをつけているようだ。特にファッションの知識がない紫苑も純粋にかっこいいと感じた。


「ジャージ……?」


 それに対して漣夜は怪訝そうな顔で紫苑を見ている。


(……………………)


「漣夜、あんたチャラッ!うわっ、チャラッ!」


 近くで理心の声が響く。髪型は学校の時と同じだが、薄い桃色のワンピースを着ている。顔には化粧をし、元々の美しさがさらに引き立てられている。


「紫苑は、うん……まあ……」


 理心も紫苑の服装を、ゲテモノでも見たかのような表情で眺めている。


(……………………)


「理心、お前一丁前に化粧なんかしやがって!!」

「はぁ? あんただってワックスして髪整えてるじゃない。お相子よ。それにあんた遂に髪の毛だけでなく全身チャラくなったわね」

「この茶髪は地毛だし、チャラくねえ!!」


 紫苑はまるで、喧嘩をするような二人を羨ましそうに眺めていた。


(幼馴染っていいなぁ……)


 この後、しばらく二人の言い争いは続いた。





 その後、三人は電車に乗り、いくつか駅を通り過ぎ、新流塚(しんりゅうづか)駅に到着した。すぐ近くに新しく、大型ショッピングモールができたようだ。店の名前はPE-CE(ピース)


「早速、映画か?」


 漣夜はショッピングモールに入りながら、理心に尋ねる。その問いに理心は首を振る。


「まずは服屋よ」


 理心は紫苑に視線を向けながらそう言った。


「紫苑に服を教えるわ」


 紫苑は理心のあまりの親切さに感動していた。友人とはここまでしてくれるものなのだろうか。初めての紫苑にはわからなかった。

 

 しかし、二階の服屋に来た、紫苑の目は死んでいた。漣夜も同様だ。一人――目を輝かせながら、服を選んでいる理心を除いて。


(長い……)


 確かに最初は紫苑の服選びをしていた。紫苑は今、その服を着ている。だが、途中から理心が暴走し始め、それに二人は付き合わされていた。そして、ようやく満足の行くものが見つかったのだろう。理心は今、会計をしていた。


「さあ、映画行くわよ!!」


 理心は先導して、歩き出す。残された二人はため息をつきながら、理心の後に続いた。


「見たい映画って何だ?」

「“夏の音”っていう映画よ」

「聞いたことないな、どんな映画だ?」

「予告では、田舎の故郷に帰って、過去の思い出の場所に訪れながら追憶していくみたいなストーリーらしいわ」


(田舎の話か……)


 三人は三階の映画館へと向かった。





 映画館から出てきた三人は先ほどとは真逆の様相だった。理心の目が死んでいる。夏の音と呼ばれる映画、何の因果かロボット映画の巨匠が監修を務めていた。つまり――


「いやぁ、良かったな! ロボットが合体した時は胸が躍ったぜ!!」

「僕もこんな映画は初めてだ!!」

「理心、顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「大丈夫……」


 とりあえず、当初の目的を果たした三人はなんとなく、エスカレーターを下っていた。そんな紫苑の視界に奇妙なものが映った。


 場所は二階。その人物は人混みの中を歩いていた。その様はまるで鎧を着た騎士のようだった。上半身は黒いパーカーを羽織っているが、露出している腕や下半身が黒いメタリックの素材で覆われている。フードを被り、顔まではうかがえない。

 

 その人物を観察している、紫苑の頭には理心の言葉が反芻していた。


 『服について知って損はないと思うわ。だって服装には当人の人となりが出るって言うし、危険な人物も事前にわかったりとかあると思うのよ』


 知識のない紫苑でもわかる場違いそして異質な服装。紫苑は小声で理心に話しかける。


「ここを離れた方がいいかもしれない」

「どういうこと?」

「明らかにおかしいやつがいた」

「どんな?」

「遠目からだから、はっきりとはわからないけど端的に言えば――“鎧”だ」


 それを聞いた、理心の表情が硬くなる。


「コスプレとかじゃなくて――」

「多分違うと思う」

「おい、二人で何こそこそ話してんだ?」


 仲間外れにされたと思ったのだろう。漣夜が話に混ざろうとしてくる。だが、エスカレーターを下りきったタイミングで、突如、館内放送が流れる。


『火事です。火事です。ただいま三階で火災が発生しました。』


 (三階……?)


 どうやら、あの映画館で火災が発生したようだ。しかし、放送を聞いている漣夜はあっけらかんとしていた。


「どうせ、誰かがトイレでタバコでも吸ったんだよ。はた迷惑な奴だぜ…………」


 だが、それに対して、理心は真逆の反応をした。


「早く逃げるわよ! エスカレーターに! 早く!!」


 理心の声音には焦りが混じっていた。紫苑も咄嗟に周囲を観察したが、さっきの怪しい人物はいつの間にか姿を消していた。三人は急いで、エスカレーターを下り、一階へと向かう。その中で漣夜だけは事態を把握できていないようだ。


「急にどうしたんだよ。ありゃ、たぶん誤報だぜ。まだ避難指示も出てないんだぞ、まだ焦るようなときじゃ――」


 三人が一階に着いた瞬間、




 ――世界から音が消えた。




 なにか熱の波動のようなものが体に当たり、肌を焼くような感覚を覚えながら、後ろからの衝撃波で紫苑は体勢を崩す。そして紫苑は振り返り、頭上を見上げた。



(なんだよ……これ…………!?)



 ――炎の天蓋。



 二階が業火に包まれている。様子が確認できないほどの異常な火力で燃え上がっている。そして、紫苑は耳が聞こえないことに気が付いた。


(爆……音…………)


 余りに巨大な音を聞くと一時的に耳が聞こえなくなることがあるそうだ。つまり、そういうことなのだろう。一瞬にして、この惨状を作り出せるほどの何かが二階で起こった。




「きゃあああああああああ!!!」


 少し経ち、紫苑の耳はようやく音を拾い始めた。辺りで悲鳴が起こっている。紫苑は周囲を観察する。辺りには蹲っている人や耳を押さえながら、震えている人もいる。そして再び、二階を見上げた。



 ――ッ!!



 紫苑は歯を食いしばる。


(何が起こっているんだ……?)


 紫苑の肩を何者かが掴む。紫苑がそちらを向くと、理心だった。その後ろで漣夜が自分の耳を叩いている。


「に・げ・る・わ・よ」


 紫苑は頷く。


 三人で出口に向かって走る。そして出口を出る瞬間、紫苑は誰かの声を聞いた気がした。それはまるで…………




 ――笑っているかのような。

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