第30話 見舞
検診の結果。紫苑の食事、排泄、および、肉体の運動機能。その全てに異常が無かった。
担当医は問題が無いに越したことはないと言っていたが、紫苑は素直に喜べなかった。
紫苑は目および、脳の検査、そして経過観察のため、当分は入院することになったが、普通に生活はできるため、取り付けられていた装置の諸々が外された。
装置を片付けている、ナース――祥子に紫苑は話しかける。
「理心に会わせてください」
祥子は一瞬、視線を紫苑に向け、そのまま、装置を持って、病室の外へ出て行った。
(無視された…………)
少ししてから、祥子は紫苑の病室へと戻ってきた。
「面会が認められました」
祥子の先導のもと、紫苑は病院内の廊下を歩く。途中、何人かの患者とすれ違い、そして――
「着きました」
たどり着いたのはとある病室。特にネームプレートなどは掛けられていない。祥子が扉を開け、中に入るように促す。
紫苑は足を踏み入れた。
「理心…………」
病室には一人の少女が眠っていた。窓から差し込む光が彼女を照らし、隙間から入る風が彼女の髪をなびかせる。まるで一種の芸術品を思わせる様相。
紫苑は近づいていく。傍まで近づくと、理心が静かに寝息を立てているのが分かる。だが、腕に取り付けられている点滴を見て、紫苑は悟った。
「意識がまだ……」
「はい」
紫苑の独り言に祥子は肯定を返す。紫苑は一度、歯噛みして、微笑んだ。
「ごめん。理心。遅くなった」
相手を安心させるようなできるだけ優しい声音で話す。だがその声はどこか震えているようだった。
「今日は、僕、一人だけなんだ。皆は……」
紫苑は歯を食いしばり、俯いて、涙を零す。
「皆で…………来るはずだったんだ…………!!」
紫苑は理心の手を握り、自らの額に押し当てる。涙は頬を伝い、床へと落ちる。
「皆、死んだ…………。 皆、殺された…………!!」
紫苑は体を震わせ、声を荒げる。それは悲しみかあるいは怒りか――
「置いてかないでくれ…………」
紫苑はポツリと呟く。激情はすぐにおさまった。
「置いてかないでくれよ…………」
余りにも弱弱しい声。何かに縋るように紫苑は頭を上げ、理心の顔を見た。
「一人は…………寂しいよ」
紫苑は一人、病室のベッドの上に座りながら、考える。
――何故、生きているのか?
あの日、あの場所で、確かに自分は死んだはずだった。何をされたのかはわからない。だが、肉体はとうに限界だった。何をされたとしても死んでいただろう。
――ならば、生かされたのか?
一体、誰にだろう。運命の悪戯か、あるいは気紛れな神の暇つぶしか。
紫苑は拳を握りしめる。そして、それを自分の額に押し当てた。
――まだ、死ねない。
自分はあの瞬間、確かにそう思った。最期などとは認めたくなかった。だとしたら、誰のせいでもない。自分が自分を生かしたのだ。
――ならば、するべきことは何だ?
紫苑は鼻で笑う。そんなことは、はなから分かりきっていることだ。
――友の仇をとる。
それを果たしてやっと、皆のところに逝ける。皆に顔向けができる。
紫苑は顔を上げた。
――鬼面を殺す。
その瞳に仄暗いものが宿る。それは一瞬限りのものではなく、死ぬまで消えぬ仇讐の念。
――そのために俺はここにいる。




