第28話 トンネル
「ここが■■■トンネルか! すげえな!!」
紫苑の耳が誰かの声を拾う。だが、目の前が暗い。どうやら、瞼を閉じているようだ。紫苑は急いで目を開ける。
目の前にはトンネルがあった。かなり長いトンネルのようだ。照明があるのにも関わらず、奥が見えない。そして、その入り口に三人の人影。漣夜、ヒルデ、そして理心だ。先ほどのは漣夜の声だったらしい。
(あれ? なんでこんな所に…………?)
紫苑は一瞬、頭に鋭い痛みが走った。顔を歪め、頭を押さえる。
「紫苑、大丈夫?」
理心が心配そうに紫苑を見ている。それに対して、紫苑は頷きで答えた。
四人でトンネル内を進む。先行するのは、漣夜とヒルデだ。その後ろを、紫苑と理心が進む。前の二人は足早に歩いている。明確な目的があるようで、その足取りはスムーズだ。
その一方で、後ろの二人はどんどん引き離されている。というより、紫苑が時々、立ち止まるのが原因のようだ。頭痛が酷いのか、顔面蒼白で頭を押さえている。その様を理心は心配そうに見つめている。
――やっぱり、変だ…………。
紫苑はトンネル内を進みながら、ずっと違和感を感じていた。それは何か、大切なことを忘れているような。それでいて思い出したくもないことのような。
だが、それを思い出そうとして、頭を働かせるたびに頭に鋭い痛みが走る。その痛みはトンネル内を進むごとに段々、強くなっていっている。
そして遂に紫苑は歩みを止めた。頭を押さえ、膝をつき、座り込む。
――痛すぎる……!!
常軌を逸した痛みだった。あまりの痛さに今すぐ壁に頭を打ち付けたいと思うほどに。理心も紫苑に合わせ、立ち止まる。だが、それとは対照的に前の二人は歩みを止めない。というより、振り返ることすらしていなかった。
紫苑は長く、息を吐き、何とか立ち上がった。二人に置いていかれるのが恐ろしいように感じられたからだ。そして一歩を踏み出そうとした。
――腕を掴まれた。
これでは前に進めない。痛みに耐えながら、霞む視界で捉えたのは…………
――鬼……?
背後の暗闇から顔と腕だけを出し、紫苑の腕を掴んでいる。その時、突然、紫苑を蝕んでいた痛みが消えた。その代わりに最悪のものが戻ってきた。紫苑は咄嗟に前を見る。正確には漣夜とヒルデが向かう先を…………
――燃えている
人の身長よりも遥かに高い炎が鎮座していた。それに向かって二人は歩を進めている。紫苑は口を開いて、二人に呼びかけようとした。
「――」
声は出なかった。紫苑は喉に手をやる。呼吸はできていた、だが、声は出ない。まるで、声の出し方を忘れてしまったかのように、発声できなくなっていた。
ならば、二人を追いかけようと、足を前に踏み出そうとした。しかし、動けるはずもない。何故なら、今の紫苑は鬼に掴まれている。そのことを紫苑は忘れていた。
「――」
(放せ!)
紫苑は鬼の手を振りほどこうとするが、びくともしない。
「―――」
(放せよ!!)
鬼は何を言うわけでもなく、ただ黙って、紫苑の腕を握っている。
「理心」
トンネル内に漣夜の声が響き渡る。紫苑はその声に再び、前を見た。二人は既に炎の目の前にまで、辿り着いていた。炎を背後に紫苑と理心の方を見ている。その目は虚ろで、その表情はどこか優し気に微笑んでいるように見える。
「行きましょう」
今度はヒルデだった。そして声を掛けられたのは理心だ。理心は悲しげな表情を紫苑に向けたのを最後に、二人の元へ駆けてゆく。
「―――――――」
(行かないでくれ…………!!)
やはり、声は出なかった。
「――」
(頼む……)
紫苑は涙を零す。
「――――――」
(僕もそっちに……)
紫苑は三人の方へ手を伸ばす。
「――――――」
(行きたいんだ……)




