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CoDE: Hundred  作者: 銀杏魚
第一章 水ノ園学院高等学校編
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第2話 図書館

 紫苑は二人と別れ、学内の図書館に向かっていた。この学校は東京ドーム六個分にも匹敵する広大な敷地を活かし、校舎とは別に図書館を建てている。


 図書館に辿り着いた紫苑はその威容に圧倒され、言葉を失っていた。ただの建物ではない。例えるなら、洋館。周囲を疑似的な森で囲み、荘厳さを底上げしている。 


 紫苑は図書館に足を踏み入れる。館内も木材を基調とした素材で作られており、階段は螺旋階段になっていた。


(すごいな…………)


 紫苑はその雰囲気に感嘆しながら、階段を上る。ここに来たのは父を待つためだ。二階には読書スペースがあり、紫苑はそこに向かっていた。


(とてつもない本の量だ…………)


 館内を埋め尽くすほどの蔵書の数。階段を上り切った紫苑は読書スペースに誰かが座っているのに気が付いた。


「あ……」


 不意に紫苑は口を滑らせる。静かな空間に自分の声がこだまする。その生徒が顔を上げ、紫苑の方を向く。入学式の時に助けた生徒だった。


「入学式の時はありがとうございました!」


 綺麗なお辞儀だ。育ちの良さを感じさせる。紫苑はそれに気圧されながらも、自分の影の薄さを利用して姑息にもフェードアウトしようとする。しかし――


「待ってください!」


 紫苑の逃走は阻まれた。女子生徒に腕を掴まれている。


「えっと……、僕に何か用でも?」

「あ、あの……、本って好きですか?」


 初日から図書館に赴いている彼女は余程、本が好きなのだろう。その顔には本について語りたいという欲求がありありと浮かんでいる。


「私は黒木(くろき)愛利寿(ありす)と言います」

「あ、渡辺紫苑です」

「あ! 敬語じゃなくて大丈夫ですよ! 私のは癖なので気にしないで下さい」


 お互いに自己紹介をした後、愛利寿は自分の読んでいた本を紫苑に見せた。


「紫苑さんは、ホラー系って好きですか?」


 愛利寿の持っていた本のタイトルは『都市伝説全集』。


「普通に苦手…………」

「へえー! そうなんですか!」


(すごい嬉しそうだ……)


「私の作った怖い話、聞いてください!」

「嫌ですけど」

「聞いてください!!」

「嫌です……」

「き・い・て・く・だ・さ・い」

「はい……」


 紫苑は諦めて、愛利寿の正面に座る。


「題名は“女梨(めなし)村”」


 ※※※


 山登りが趣味の男が友人を誘い、とある山に登ることにした。その山は特段、難しくもなく、男とその友人は問題なく登山が出来ていた。しかし――

 

 辺りが突如、霧に包まれた。男は立ち止まる。霧がある内に動くのは得策ではない。友人も同じ考えのようだ。


 そして待つこと数分。霧は段々と晴れてきた。男は安堵する。しかし、視界に飛び込んできた光景に、目を疑った。


 男の目の前には村がある。一歩も動いてはいなかったはずだ。友人もこの状況に困惑を隠せていない。事前の情報では、この山に村など無かったはずだ。男はすぐに引き返そうと思ったが、現在地がわからない。


 男が途方に暮れる中、突如、現れた二人に対して、村人達は歓迎している様子だった。そのついでとして、村を案内してくれるそうだ。


 この村は女梨村というらしい。村人に案内されながら、男はふと気づいたことを訪ねた。

 

「怪我をされてるんですか?」


 村人の多くは体に包帯を巻いていた。だが案内人の反応は芳しくなく、言葉を濁し、教えてはくれなかった。案内されているうちに日が暮れてしまった。だが、ある親切な老人が一晩、泊めてくれるそうだ。男は友人と話し合い、夜が明けてから、下山の目処を立てることにした。


 老人宅で、二人は夕食に鍋を食べていた。男は鍋の肉に違和感を感じながらも、舌鼓を打っていた。


 夕食の後、二人は別々の部屋で就寝した。

 



 プチュン……




 男が夜中に奇妙な物音で目を覚ました。その音は果実を潰そうようなどこか水気のある音だった。音の出どころは友人が寝ている部屋。男は襖を開け、中を覗いた。


 暗くてよく見えなかったが、老人が友人の顔のところにいる。何か嫌な予感がした男は老人に体当たりをして友人を起こし、逃げ出した。


 しかし体当たりをした時の音が思いのほか大きかったようだ。周りの家から松明を持って、ぞろぞろと村人が出てくる。その目は血走り、逃げようとする二人を追ってくる。


 二人は無我夢中で走った。


 その最中、男はふと後ろを振り返った。村人達は包帯を巻いていなかった。必然的に、男は包帯によって隠されていたものを目にしてしまった。




 ――大量の目が蠢いている。




 男はすぐさま、顔を戻す。あれは見てはいけない類のモノだ。


 二人は必死になって走り続けた。それでもなお、村人たちを引き離せない。息が切れ、汗だくになり、二人の体力は限界だった。


 もはやこれまでかという時に、二人は再び、霧に包まれた。


 二人は山の麓に立っていた。もはや何が何だかわからなかったが、男は安心からか足の力が抜け、その場に座り込む。無事に帰れたことに嬉しくなり、友人に声を掛けようとした、その時、友人が変なことを言い始めた。




 「俺の視界が変なんだ」




 その言葉に男は友人の顔を見た。




 ――片目が無い。




 男はすぐに理解した。


 あの村は女梨村ではなく――――


 それ以来、男は山に一切、登らなくなった。


 ※※※


「ざっとこんな話です」

「…………」

「あの、大丈夫ですか?」


 紫苑は白目を剥いている。愛利寿はその顔を覗き込んだ。


「満足してくれたみたいで、良かったです!」


 満面の笑みでそう言った。紫苑が白目から戻り、遠くに父を見つけた。

  

「ごめん。もう行かないと……」

「あの連絡先、交換してもいいですか?」

「いいよ」


紫苑は愛利寿と連絡先を交換する。


「お礼に、また今度怖い話聞かせてあげますね!」

「それは、やめて……」


 紫苑は立ち上がり、その場を離れようとした瞬間、愛利寿の髪の隙間から瞳が見えた。


(綺麗だ……)


 瞳には模様のようなものが描かれていた。紫苑はその瞳に見惚れ、愛利寿と再び、見つめ合う形になった。


「紫苑」


 父に呼ばれ、紫苑は我に返る。紫苑は愛利寿に会釈をして、その場を離れた。後に残されたのは頬を押さえ、顔を真っ赤にした愛利寿の姿だった。





 紫苑は学校を出て、父と二人で帰路に着いている。そんな中、父が紫苑に話しかける。


「お前、すごいな…………」


 父は呆れたような表情を浮かべている。


「え?」

「あの子、お前のこと好きだろ?」

「それはないよ…………」


 紫苑は曖昧に笑いながら、否定した。そこには紫苑の自己肯定感の低さが見え隠れしていた。そんな様子を見た父はため息をつき、紫苑の背中を叩いた。


「もっと、自信持て。阿呆」

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