第22話 発狂
理心が異常な音圧で悲鳴を上げる。その様はまるで、発狂しているかのようだった。頭を振り乱し、掻き毟る。明らかに正気ではない。しかし、突如として、叫びは止まった。同時に動きも止まり、腕が力なく、垂れさがる。
静寂が辺りを包み込む。あれだけの声を上げていたのだ。住民の一人や二人、苦情に来てもおかしくないというのに、誰一人として現れない。そして怪物もまた健在だ。
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
理心は突如、笑い出し、何故か、そのまま怪物の方へと走り出そうとする。紫苑は咄嗟に理心の腕を掴もうとするが――
「よせ、紫苑!!」
漣夜が叫ぶ。その声は聞こえたが、今さら止めることもできず、紫苑は理心の腕を掴んでしまった。
――視界が揺れる。
「あっぶね!!」
背後から聞こえる声で紫苑は我に返った。どうやら、自分の体が、漣夜によって受け止められているようだ。
(投げ……飛ばされた…………?)
何の抵抗もできず、投げ飛ばされた。理心は紫苑が掴んでいた方の腕を振っており、動きが止まってはいたが、その時間は長くはなかった。
再び、突進を開始する。もはやどうしようもない。故に紫苑は胸ポケットに手を入れた。
歪な星型が刻まれた札。あの青年は札を使う時、何かつぶやいていた。
(確か…………)
暗闇での記憶を掘り起こし、札を使うため、掲げる。
(星のマーク……)
青年の持っていた札がどんなものだったのかはわからない。故に紫苑はふと頭の中に浮かんだ言葉を唱えた。
「“星符”」
――世界が揺れる。
『地震です。地震です。――』
漣夜の鞄の中から、大音量の警報が鳴り出す。そしてそれに呼応するように、理心は再び、笑い出す。
「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
余りの揺れに紫苑は立ち上がることすらできない。それは漣夜も同様のようだ。周囲の住宅も家鳴りが酷い。窓ガラスからまるで叩かれているかのような音が鳴っている。
「ハハハハハハハハハハ……………………」
笑い声が遠ざかっていく。それと同時に理心の姿も小さくなっていく。怪物はいつの間にか忽然と姿を消していた。
――揺れが止んだ。
紫苑は何とか、立ち上がる。そして――
「クソッ!!」
札を投げ捨てた。役に立たなかった。理心はおかしくなり、そのまま消えた。前の時もそうだった。使い方もろくに教えず、あんな胡散臭い狐面――現実かどうか定かではないあれを信じた、自分自身を紫苑は恨んだ。
「おい!」
紫苑は走り出す。背後の漣夜の制止の声を無視し、理心が消えていった方へと向かった。
走る。走る。走る。どれだけ走っても、理心の笑い声は聞こえない。いつの間にか、日は暮れており、辺りは暗くなっている。
「ハァ…………ハァ…………」
紫苑は膝に手を付け、荒い息を吐く。結局、見つからなかった。理心はどこに行ってしまったのだろうか。紫苑は目の前の神社の暗い境内を見ながら、神頼みでもしようかと思ったのも束の間――
「これは、これは、逢瀬かな?」
紫苑は振り向く。聞き覚えのある台詞とともに、見覚えのある警官があの時と同じように暗闇から姿を現した。
「昨日ぶりですね……」
「おお! 覚えててくれたんだ! 嬉しいね~!! こんななりだからね、すぐに忘れられてしまうんだよ」
流石に昨日の今日では忘れないと紫苑は思いながら、陽気な警官を訝し気に見る。
「こんな場所で、何を……?」
「見回りだよ。昨日のストーカーも然り、最近、本当に不審者が多くてね。それと、行方不明者も。夕方の地震の影響も――」
(行方不明者……!!)
「理心が行方不明なんです!! 探してください!!」
「人名かな? フルネームは?」
「都井理心です! 早く、お願いします!!」
「はいはい。都井さんね」
警官は無線で報告をしている。無線から返答があったのか、何度か、頷き――
「じゃあ、事情聴取だ。近くに車がある。さあ、行こう!」




