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CoDE: Hundred  作者: 銀杏魚
第一章 水ノ園学院高等学校編
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第15話 包帯

 髪が逆立っていると錯覚するほどに怒り心頭の紅音が紫苑の目の前にいた。


「ねえ? あれ、何?」

「いや……、ハハ、僕にもなんだか……」

「とぼけないで」

「いや!? 本当に違うんですって!?」

 

 紫苑は今まで見たこともないような紅音の気迫にテンパる。その紫苑の返答に紅音は目を細めた。


「何か隠してるよね?」


 紅音は紫苑に疑いの眼差しを向けているようだ。本当に心当たりがない紫苑はどうしていいかわからず、あたふたしている。そんな紫苑の様子を見た紅音はため息をついた。


「隠すんだ……」


 そう言うと、紅音はポケットに手を突っ込みながら、奥に消えていく。


 ――まずい……!!


 紫苑は急いで、紅音の後を追う。紅音はすでにカッターを取り出していた。紫苑は急いで、紅音を羽交い締めにする。


「落ち着いてください!!」

「止めないで、紫苑君!! 私はやらなくちゃいけないの!!」

「何でですか!? とりあえず一旦止まってください!」


 なんとか紫苑は紅音をなだめ、座らせた。


「本当に知らないんですよ……」

「でも、楽しそうに話してたじゃん……」


(ええ……?)


 紅音からは二人が歓談しているように見えたらしい。多分、紅音からは紫苑の後ろ姿しか見えず、女性の声や表情で判断したんだろう。


「あの人、普通に出禁です」


 淡々と紫苑がそう告げると、紅音は申し訳なさそうに目を泳がせる。


「もしかして、勘違いだった……?」





 二人がホールに戻ってくると、父がカウンターにいた。


「父さん、ごめん! 空けちゃってた!」

「すいません……」


 父は戻ってきた二人に顔を向けると――


「まだ、客は来てないぞ?」


 父は女性が来たことに気付いていないようだ。それも当然のことだ。何も注文せずに帰るというのは前代未聞だろう。


「発作か?」


 紅音の顔がみるみるうちに赤くなる。父はそれを見て笑った。


「最近は頻度も減ってきたが、やっぱ癖ってのはそう簡単には治せないもんだよな! ちなみに何が原因なんだ?」


 父は紅音に尋ねる。紅音は最初に来た女性客についてかいつまんで話した。


「はぁ……、業務中にか……?」

「誤解だって……」


 父の言葉に紫苑は苦笑する。父には注文ほったらかしで会話をしていたと誤解されているようだ。しかし、父は豪快に笑った。


「冗談だ! 冗談! 出禁に関しても次、来た時に考える!」


 父は自分の目で見て判断するようだ。ここは父の店だ、紫苑もそれに異論はない。だが、突然、父はニヤニヤしながら、紫苑を見た。


「どうせ、お前が知らず知らずのうちに助けたんじゃないのか?」

「どうだろう……?」


 からかい半分のような父の質問に紫苑は首を傾げた。しかし、不意に父の雰囲気が変わり、神妙な表情になった。


「お前は優しい。目の前で人が苦しんでいたら、すぐに助けようとするだろう……」


 紫苑を褒めているのだろうか。それにしては声音が少し、硬いような――


「約束しろ、紫苑。“聖人”のように自分を犠牲にするのだけは絶対にやめろ。俺はお前がいなくなるのなんて考えたくもない。紫苑、自分の命を大切にしろよ?」


 これは父からの忠告だったようだ。紫苑はそれを真剣に受け止め、頷く。


「無茶だけはしないで紫苑君。私もいなくなってほしくないから……」

「わかりました」


 紫苑の返答を最後に三人は黙り込んだ。店内には父が好んでいるクラシック音楽だけが響いている。変な雰囲気だ。紫苑は居た堪れなくなり、ソワソワする。そこで、一度、父は咳ばらいをした。


「腕に包帯を巻いてないってことは未遂ってことか?」


 突然、話しかけられた紅音は一瞬、固まったが、すぐに――


「あ、はい。紫苑君になんとか止めてもらいました……」

「そうか。良かった、良かった」


 父は安心したようだ。癖とはいえ、自傷は見ていて、あまり気持ちのいいものではない。


「それにしても――綺麗だな……」


 突然の父の賛美。しかし、紅音はすぐに理解したのだろう。腕を捲り、見えやすいように手首を出した。


 紅音の肌はまるで赤子のようだった。それは手首も含めての事だ。紅音曰く、体質――ケアのようなものは全くしておらず、あらゆる傷跡が残らないのだとか。


「私、かなり昔に、火災に巻き込まれまして……」

「――ッ!!」


(火災……!!)


 紫苑の脳裏にあのショッピングモールでの光景が鮮明に浮かび上がる。


「大丈夫だったのか?」

「記憶が定かじゃなくて、酸欠だったのか、気が付いたら病院にいました」

「ん? 終わりか?」

「はい。ただ、どうやら火傷を一切、負ってなかったみたいで、つまり、なんというか、傷に対して私って強いのかなと……」


 火傷の損傷の度合いによっては傷跡が一生残ると言われているが、紅音の体質なのか、それとも運が良かったのか。それに対して父は――


「それは羨ましいな……」


 父は自分の腕を振る。紫苑の顔が強張る。紅音は不思議そうにそれを眺めている。


「そういえば、気になったんですけど、その腕の包帯は――」

「紅音さん」


 紫苑は紅音を止める。紫苑の雰囲気から察したのだろう紅音は頷いて、質問を止めた。


「別に聞いてもいいんだぞ?」


 父はあっけらかんとした態度でそう言った。


「そうなの!?」

「いや、紫苑の時も軽く話しただろ……」


 紫苑は驚愕の声を上げる。それも当然だろう。なぜなら――


「紅音、これな。昔、大火傷したんだよ。で、その傷があまりに痛々しいからこうやっていつも包帯で隠してるんだ」

「すいません、すいません、すいません、すいません――」


 赤べこのように紅音は頭を上下に振っている。そんな紅音の様子を見て、父は笑った。


「そんな、気にするな! 何なら見るか?」


 父が包帯を取ろうとしたのを察知したのか、紅音はすぐさま、首を左右に振る。


「大丈夫です!!」

「冗談だよ……。そう怯えるなって」

「いえ、申し訳なさと言うか……罪悪感と言うか……」


 ドアが開く音がする。父は扉の方を見た。


「客が、来たな」





 一日の業務が終わった。最近、どうやら、客足が増えているようで、紫苑は久しぶりなのも相まって、少し疲れていた。それに比べ、紅音は流石というべきか、そつなくこなしており、疲労が表に出ていない。


「紅音さん、すごいです……」


 カフェの諸々の片付けをしながら、紫苑は紅音に称賛の言葉を贈る。


「そんなことないよ……」


 紅音は少し、赤面しながら、謙遜した。しかし、すぐに顔を曇らせる。その変化に気付いた紫苑は――


「どうしたんですか…………?」


 紅音は黙り込んだ。紫苑がもう少し、踏み込もうと、口を開きかけた時――



「紫苑君、付き合って」

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