第13話 和解
紫苑は窓から差し込む、陽の光で目を覚ます。余り、体の疲れが取れていない。休日であるため、もう少し寝てようかとも思ったが、時計を見て、体を起こす。もう、昼過ぎだった。
紫苑は軽食を取りながら、昨日の出来事を振り返っていた。
昨日、カフェに入った時、父や紅音からの心配の言葉はなかった。それもそのはずだ、カフェの時計はいつも通りの時間――寄り道をせずに帰った場合の現実的な時間を指し示していた。
あの暗闇の世界での出来事は何ら影響していない。まるで夢のようだった。しかし、似たような出来事を前にも一度、経験していた。それは例の火災の日――とある島を訪れた記憶。これら二つは脳が見せたまやかしだったのだろうか。紫苑は結論を出せずにいた。
――携帯が鳴る。
紫苑は怠い体を動かし、携帯に手を伸ばす。そして発信者を確認し、すぐさま、電話に出た。
『もしもし…………』
『あー……今から、俺ん家って来れるか……?』
『うん……』
『じゃあ、来てくれ……頼む』
紫苑は漣夜の家の前にいた。あの一件から交流を絶たれた相手からの突然の呼び出しだった。恐る恐るインターホンを鳴らす。
「紫苑、本当に……ごめん」
紫苑は玄関で漣夜から頭を下げられていた。
「僕も言い過ぎだった。ごめ――」
「違うんだ」
紫苑が謝罪は頭を上げた漣夜に遮られた。
「妹に謝れた。紫苑のおかげだ。あんだけ言ってくれたおかげで俺は勇気を出せた」
漣夜は紫苑に手を伸ばす。
「だから、もう一度、俺と友達になってくれないか……?」
漣夜は不安げな表情を浮かべている。しかし、紫苑はすぐに手を握った。
「僕たちはずっと友達だ! 初めて会った時からずっと!!」
「ありがとう!!」
漣夜は感極まったようで、少し、瞳が潤んでいるようだ。だが、それは紫苑も同様だった。
「仲直りできて、本当によかったわ!」
部屋にすでにいた理心がそう言う。理心もずっと心配していたらしく、日々やきもきしていたようだ。
「ヒルデもずっと心配してたのよ? もしかしたら、自分のせいかもって……」
「本当にすまん!!」
「ヒルデは今日、来れないみたいだから、週明け、説明しなさいよ!」
「ああ!」
そう返事をして、漣夜はゲームを起動した。相変わらず、というか、なんというか、いつも通りの漣夜がそこにいた。その様を見て、理心は苦笑している。
約一週間ぶりに、皆で集まっての交流だ。ゲームを傍らに何気ない雑談。少し、気まずくなるかもと思っていた紫苑だったが、特にそういうわけでもなく、時間はあっという間に過ぎていった。
もう時刻は夕方。というより、もう陽が沈みかけている。流石にこれ以上は残れない。紫苑は帰宅のために立ち上がろうとすると――
「?」
――肩に重さを感じる。
紫苑は振り返った。かなりの大きさの白い人型のぬいぐるみが、紫苑の首に手を回し、まるでおんぶのように背中に乗っていた。
紫苑は頭上を見上げる。棚の上から落ちてきたのだろうか。普段、漣夜の部屋の上部など、観察したこともなかった。不思議に思いながら、背中のぬいぐるみをどかそうとした。
――扉から音が鳴る。
音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。そして、そこには扉を開けたと思われる人物――茶髪の少女が立っていた。
床についてしまうほど長く伸ばした髪に、少しだけ、鋭い目。顔立ちは大人びて整っているが、同時に子供らしい可愛らしさもある。どこか、猫のような愛嬌。
そして、中学生ぐらいの身長で、過渡期だと思われるが、すでに大人の女性の片鱗が垣間見える。
紫苑の推測が正しければ、この少女こそがおそらく漣夜の妹。名前は確か――
「恵、どうした?」
漣夜は少女にそう呼びかける。少女――恵は紫苑の方へと近づいてくる。そして目を見開き、紫苑を見た。故に、必然的に紫苑は彼女の瞳を見た。
――幻想的だった。
瞳孔は縦長で、猫の目を思わせる。そしてなんと言っても色が青白い。ただ青白いのではなく、外周から中心部に向かってグラデーションのようになっている。自然にはあり得ないような瞳の色。
恵は一瞬、目を細めた。そして――
「メリー」
そう言って、紫苑に手を伸ばす。その視線は紫苑ではなく、ぬいぐるみに向けられている。紫苑は背中のぬいぐるみを恵へと渡した。
恵はぬいぐるみのほとんどを引きずりながら部屋を出ていく。彼女の体格に比べ、不自然なほどに大きいぬいぐるみに疑問を持ちながらも、その様子を紫苑はただ、眺めていた。
「ありがと……なのです」
最後に恵はそう言い残し、部屋の扉を閉めた。




