プロローグ
一人の青年は豪炎の中で蹲る。掌に伝わる床の熱さと全身に走る痛みから、これが現実であることを実感する。
「ハァ…………ハァ…………」
熱が喉を焼く。荒い呼吸をしようとも、酸素が十分に肺に送られない。周りの炎が貴重な酸素を喰らい、まるで歓喜に身を震わせながら、激しく燃え盛る。
――まるで太陽が堕ちたかのような有様だ。
そんな炎が彼のいる建物の内壁の輪郭を覆い隠す。辛うじてわかるのはここが通路であるということだけだ。
瞳から涙が零れ、床に落ちる。それとは別に赤い液体も滴り落ちる。彼の今の状態は見るも無残――見るに堪えない酷い有様だ。
頭部からの出血、片腕はだらりと力なく、垂れ、骨折している。そして足元には致死的な出血と見紛うほどの血液が、腹部の穿通創から流れ落ちている。
だが、彼が泣いているのは痛みだけではない。脳裏によぎるのは思い出――楽しい日々の記憶。今もなお、心に深く、刻まれている。
彼は痛みと熱に耐え、辛うじて、立ち上がった。その視線の先には、この悪夢のような惨状を引き起こした元凶が立っている。その姿はまさに…………
――鬼――
その無機質な顔からは表情を窺えない。何を考えているのか皆目、見当もつかない。だが、その手には刀が握られていた。炎に包まれた鬼はまるで、地獄に住まう羅殺のようだ。
しかし、未だに彼の瞳には諦念が宿っていない。あるのは勇気と覚悟そして――憎悪。
「――もういい」
彼は口を開いた。
「俺はここで死ぬ」
彼の頭にあるのは一つだけ、
「だから最後に――」
全てを奪い去った悪鬼を
「お前は地獄に連れて行く」
地の底に送り返すこと――




