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第98話: シオン・アークライトのサプライズ

 世界の危機は去った。しかしその勝利はクロエたちだけの力によるものではなかった。


 アランの報告によれば、クロエたちがヘキサグラマトンと戦っている間、王都の地上でも多くの名もなき魔術師や騎士、そして一般市民たちが必死に自分たちの街と家族を守ろうと戦っていたというのだ。


(定時退社後のスイーツの楽しみが失われなかったのは

 本当にありがたいことです……

 王都の皆さんの思いの賜物ですね)


 アランの報告を聞きながら、クロエは改めて心打たれていた。


 一方で、その中にはかつてクロエに助けられたパティスリーの主人や、クロエの効率的な仕事ぶりに感化された若い魔術師、あるいはただ「自分にできることを」と瓦礫の撤去を手伝った老人までいた。


 一つ一つは小さな勇気と抵抗。それらが結果的にヴァイスクの計画に僅かな遅延を生じさせ、被害の拡大を抑制し、何よりも絶望に沈みかけていた人々の心に希望の灯を繋ぎ止めていた。


「……私の知らないところでも

 多くの人々がそれぞれのやり方で

 戦っていたのですね。

 私の計算には入っていなかった重要な変数です」


 クロエはアランの報告を静かに聞きながらそう呟き、王宮から与えられるどんな英雄の称号や叙勲よりも、そうした市井の人々の尊い行動に、深い敬意とある種の感動を覚えていた。


(私の信念である「効率」——これは変わりません。

 しかしこの世界は、多くの名もなき人々の

 非効率で不器用で、しかし温かい想いによって

 強く支えられているのですね……)


 暫定オフィスの暫定会議室で、暫定コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを嗜みながら、そんな「気づき」に想いを馳せるのだった。



 その日の午後、シオン・アークライトがクロエの元を訪れた。彼は、実は特殊な魔道具で今回の事件の一部始終を詳細に「記録」していたことを悪びれもなく明かした。


「そう……でしたか」


「ああ。

 これは君という

 この宇宙における極めて稀有な『イレギュラー』が

 この世界の『物語』に一体どんな影響を与えるのか。

 そしてこの世界が

 これからどんな風に『最適化』されていくのかを

 後世に——あるいは別の世界の誰かに伝えるための

 貴重な資料になるだろうね」


 圧倒的な飛躍的思考。さすがのクロエも若干追いつけずにいる。——が、そんなことはおくびにも出さず。


「——紛れもなく貴重な資料となりうるでしょう」


 シオンは楽しげに続ける。「記録」の中にはクロエですら気づいていなかったシオンが自ら仕掛けた数々の巧妙な立ち回りが記録されていた。


「シオンさん。これは……?」


 例えば意図的に「兄弟団」の内部情報を騎士団の一部にリークし、騎士団を混乱させていたこと。


 あるいは禁書庫の魔術書を「偽物」に差し替えることで、賢者ヴァイスクの複雑な魔術回路にごく微細な致命的「バグ」をもたらしていたこと。


「見事だろう、クロエ?」


 シオンの正体も、その真の目的も、依然として深い謎に包まれている。しかしクロエにとって、そんなことはどうでもよかった。あの日あの時あの場所で、シオンは確かに共に戦ってくれたのだ。


(ここまで謎に包まれているのであれば

 ともに賢者ヴァイスクと対峙したという事実——

 それだけを信じるのが、効率的でしょう)


「君の物語はまだ始まったばかりだよ

 クロエ・ワークライフ。

 僕もその『物語』の続きを心から楽しみにしている」


 シオンはそう言い残すと、またしても煙のようにその姿を消すのだった。


「ふふ……謎めいておきながら

 その謎を自ら明かしてくる。

 しかし、依然として謎の部分のほうが大きい。

 本当に、困った人です」


 クロエは彼のその謎めいた言葉の意味を考えながら、これから始まるであろう新たな「非効率」な日常に思いを馳せるのだった。


 ——と、その時。


「先輩!」


 リリィが飛び込んできた。

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