第92話: 『天空の制御室』への招待
「……っ、はぁ……はぁ……!」
クロエは仲間たちの声に支えられ、ヴァイスクが作り出した精神の牢獄「時の迷宮」から、辛うじて意識を現実世界へと引き戻した。
しかし、クロエたちが今いるのは、冷たい金属と水晶で構成された「天空の制御室」の回廊——にシオンが急ごしらえした防御結界の内側だった。
(ここは……かつて王立先進魔導研究所だった場所。
つまりヴァイスクの本拠地に
強制転移——拉致された、ということですね)
「クロエ、大丈夫か?」
仲間たちが口々に声をかける。
「え、ええ——私は大丈夫です。
しかし、あれは……」
クロエたちの視界には、精神攻撃を打ち破られ、理性の箍を外し、純粋な破壊の化身と化したヴァイスクの姿。
「なぜだ、クロエ……!
なぜ私の救済を拒む!
ならばもういい!
お前も、この非効率な世界も
全て、全て無に還れ!」
ヴァイスクの絶叫と同時に天空の制御室全体が激しく揺れた。ヘキサグラマトンの力が暴走し、制御室の壁や床からは、どこからともなく召喚されたのか、異形の魔物たちが次々と湧き出してくる。
「いよいよ、世界の終焉まで
残された時間はもはや幾ばくありませんね」
「ああ、俺たちがやるしかないんだろ?」
クロエの瞳には、かつてないほど澄み切った覚悟の光が宿っていた。精神攻撃を打ち破り、アステルの魂の叫びに触れたことで、もはや迷いなどなくなっていたのだ。
「では皆さん。
最終作戦のブリーフィングを開始します」
絶望的な状況下で、クロエの声は冷静に響いた。
「精神攻撃を打ち破り『時の迷宮』を破壊したことで
ヴァイスクと
ヘキサグラマトンのシステムとのリンクに
僅かではありますが致命的な乱れが生じました。
今が、私たちが『ロジックボム・ポイント』を衝く
唯一にして最後の好機でしょう」
クロエが指し示したのは制御室の最奥、ヘキサグラマトンを操作するコックピットとでも言うべき、ヴァイスクのいる「賢者の玉座」——その奥。ヘキサグラマトンの心臓にあたる「賢者の制御碑」だ。
「作戦の核心は、ただ一つ。
私が『賢者の制御碑』に直接接触し
トリガーとなる無効化コードを打ち込みます」
「無効化コード?」
「ええ。それは、かつて
私とアステルだけが見つけ出した
とある秘密の魔術式、で間違いありません」
「僕たちは、その時間を作ればいいってことだね?」
「シオンさん。そういうことです」
「っしゃ!いくぜ!」
めいめい力強く頷くと、「何か掛け声でも」と思っていたクロエをよそに飛び出していった。
バーンズとアランが決死の覚悟で魔物たちの猛攻を引きつけ、シオンは空間制御魔法で道と壁を同時に作るようにして「賢者の制御碑」への道を切り開く。
バーンズの炎の壁とシオンの魔法が見事に組み合わさり、海が割れるように「クロエのための道」が出来ていく。
「さあ! 早く!!」
「長くはもたないよ」
「ええ!」
クロエはリリィの演算補助を受け、全身に淡い防御のオーラを纏いながら、駆け出していく! まさに全員の力を結集させる捨て身の作戦。
「成功確率は私の計算では、依然として極めて低い。
ですが、ゼロではありません。
私たちは、この僅かな可能性を
100%の成功へと最適化するのです」
クロエは自分にそう言い聞かせるようにして、強く頷き、覚悟を決めた。そして、彼女らしく仲間たちに声をかけた。
「皆さん。
最後の残業、気合を入れていきましょう。
もちろん私の定時までには必ず
この茶番、非効率業務の極みを終わらせますよ」
「こんな状況で『定時』って何時なんだよ、クロエ!」
「バーンズ。それは——」
「ふふふ。良いじゃあないですか。
定時は、定時です。
そういうことにしたほうが
気合も入るってもんでしょう」
「へへ、お前、そういうところあるよな……」
王都の上空、天空の舞台。まさに最後の戦い。しかしそんな時でも定時退社を心掛ける——それでこそクロエ・ワークライフである。




