第88話: 暴走する『復興の要』とクロエとバーンズの『共同作業』
壊滅的なダメージを受けた王都の魔力供給を安定させるための切り札。「復興の要」そう銘打たれて鳴り物入りで導入された新型魔力コンデンサ「マナ・リザーバーGX」は、起動するなりブラックホールのように周囲の魔力を際限なく吸い込み始める事故を起こし、「復興の要」どころか新たな障害となっていた。
「——これは事故ではありません。
賢者ヴァイスクが仕掛けた魔法テロです」
現場に駆けつけたクロエはそう宣言した。一帯の魔力が、タンクのようなそのコンテンサに向かって、音を立てて吸い込まれており、クロエの髪もなびいている。
「クロエ! どういうことだよ?」
騒動を聞きつけたバーンズも、燃える拳を街灯の柱にあてて怒りを隠せずにいるが、その炎のオーラもコンデンサに向かって吸い寄せられている。
(本当に何でも吸い込んでしまうようですね……)
「リバースエンジニアリングによれば
この『マナ・リザーバーGX』とやらは
基礎理論は古いまま、拙速に実装されています。
危険、あるいは制御不能なメカニズムがあって
お蔵入りになっていた禁書扱いの設計書を
この混乱の中で『兄弟団』が盗み出し
急ごしらえしたもの
——そんなところでしょう」
その時、クロエのアナリティカル・レンズが新たなアラートを示す。
「これは——!
このコンデンサが吸収した魔力が
一定量を超えると
ヘキサグラマトンからの暴発信号を受信し
周囲を完全に壊滅させる——
恐ろしい規模の起爆装置が組み込まれています!」
「——で? 一体いつ爆発するっていうんだ?」
この間も、延々と周辺の全ての魔力が収束していく。ゴゴゴゴ、と怪しげな音を立て、地響きのように「マナ・リザーバーGX」が振動している。
ガガガ……ゴゴゴゴ……
「もう、いつ暴発してもおかしくない状況でしょう」
「——要するに爆弾ってことだろ?
俺がぶっ壊してやるぜ!」
「バーンズさん。
どうやったらそういう発想に——」
「いやいや、そういう意味じゃねえぞ!
溜まりまくって暴発するんなら
ちゃんと使ってやるって言ってるんだ」
「!!?」
クロエは、おおよそ彼女の人生で初めてという驚き方をした。あの、脳筋のバーンズが、論理的な解決策を述べているのだ。
持ち前の高火力を活かし、コンデンサのエネルギーを強制的に外部へと放出させ、内部の圧力を下げるというプラン。要するに「ガス抜き」をしようというのだ。
(一理、ある——)
しかし、試しにバーンズの爆炎魔法のエネルギー供給源をコンデンサに直結してみようと試みるも、コンデンサのエネルギー吸収量があまりにも膨大で、バーンズの爆炎魔法の消費量をも遥かに上回っていた。
「嘘だろ!?」
「——いいえ。失敗は成功の母です。
トライなくして解決などありません。
ですが、一旦、爆炎魔法は止めましょう」
「あ……ああ」
バーンズは珍しく自分のプランで解決できるかと思ったがそうも行かず、力の限界を痛感した。
一方でクロエは、バーンズの「失敗」をもとに改めて状況を分析し、別のプランを打ち立てた。
「そうか、そういうことですか……!
この暴走を止めるには
外部からのエネルギー供給を完全に遮断し
内部のエネルギー循環を
特定の魔力周波数で『共振崩壊』させて
暴走トリガーを無効化しましょう」
「おお! 行けるってことだな?」
「ええ。ただし、コンデンサに直接接触し
極めて精密な魔力操作を行う必要があります。
——失敗すれば術者もろとも
今度こそこの一帯が吹き飛び
初めから存在しなかったことになるでしょう」
それは極めて危険だが、唯一の解決法と思われた。やじ馬たちが騎士団に誘導されるまま避難していく中で、バーンズは覚悟を決めた。
「俺が行く! これ以上誰にも迷惑はかけさせねえ!
——クロエ、何をすればいい? 教えてくれ!」
バーンズはそう叫ぶとパン、と掌に拳を当て、コンデンサへと近づいていった。クロエはバーンズの覚悟を察し、最適解を伝えた。
「分かりました、バーンズさん。
あなたの勇気、確かに受け取りました」
「お。おう……!」
「——まず
バーンズさんの有り余る炎熱系の魔力『その①』で
コンデンサの周囲に
『炎のドーム』を作ってマナを消費しつくすことで
供給を一時的に完全に断ちます」
「なる…なるほどな」
「と同時に——
炎熱系の魔力『その②』はいつも通り拳に纏わせて
その『その②』と私が操作する冷却系の魔法を
この場で融合させます」
「すげえな」
「ありがとうございます。
ですが、実現できなければただの机上の空論です」
「お、おお」
「矛盾とハイブリッド——
両方を実現させる魔力パターンを生成し
それを、あなたのその拳を通じて
コンデンサのコアへと
正確に叩き込む、という大胆不敵なプランです」
「——!」
バーンズが、その琥珀色の瞳をパチクリとさせている。踵を返し、クロエの肩を掴んで確認する。
「お、俺でもさすがにわかるぜ……
大丈夫なのか?
信じて、いいんだな?」
クロエは、ほんのり微笑むと確信をもって答えた。
「何の心配も要りません。
実現させれば、机上の空論ではないのですから
実現させれば——」
「いいってことだな?」
バーンズは、無邪気に、子供のように、ウインクして同意を示した。次の瞬間、クロエ、バーンズ、コンデンサの三者だけを囲む「大きなかまくら」のような炎のドームを生じさせ、振動が一段と激しくなったコンデンサに向かって走り出した。
「行くぜ、クロエ!」
バーンズが拳に炎を纏わせると同時に、クロエはオプティマイザー・ロッドに氷結魔法を収束させる。シュアアアアア——、と、凍てつく冷気。
「——今です!」
一瞬、振り返るとバーンズは高くジャンプし、炎熱をさらに一段温度の高いものにした!
(え、上から——?)
クロエの僅かな動揺をよそに、バーンズは叫んだ!
「うおおおおおっ!
喰らええええっ!
これが俺たちの『共同作業』だあああっ!」
クロエの放った冷気が高速でコンデンサに向かっていくと同時に、バーンズの炎の拳が直撃。
炎と冷気がガチガチと衝突しながら、周囲に膨大な爆風を巻き起こしながら、眩い光が辺り一面を包み込む。
次の瞬間。あれほどまでに荒れ狂っていた魔力コンデンサはまるで生命の灯火が消えるかのように、ピタッと完全に沈黙した。
「「やった!」」
バーンズはその場に倒れ込みながらも満足げな笑みを浮かべていた。達成感と共に、この作戦を通じて自身の力の新たな可能性と、それを感じさせてくれるクロエという存在に尊敬の念を感じていた。
(やっぱり、アイツはすげえな——)
クロエはクロエで、バーンズの姿を見つめながら静かに呟いた。
「……どんなに強力なエネルギーも
適切な制御システムと
それを運用する人間の冷静な判断と倫理観がなければ
ただの制御不能な爆弾に過ぎません。
……今回の件は
魔術師団の技術部の皆さんにとっても
良い教訓となったことでしょう。
詳細な原因分析と再発防止策を含めた完璧な報告書を
明日の定時までに提出してもらいましょうか」
そう独り言を言うと、クロエは疲労困憊で動けなくなっているバーンズの元へと歩み寄り、ポケットから親指大の『何かの塊』を取り出して、大の字になっているバーンズの口に入れた。
「んおお、何だょ……」
「肉体疲労時の栄養補給には
——特製『ブドウ糖』キューブに限ります」
同じ塊を頬張りながら、クロエは微笑んだ。




