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第86話: 王立禁書庫の奥の奥——『失われた王国の記録庫』

 ヘキサグラマトンの謎を解き明かすための重要な手がかりを求め、クロエたちは再びあの忌まわしい叡智の宝庫、王立禁書庫ビブリオテカ・プロヒビタへと足を運んでいた。


「——この程度の『書き換え』で済んでいとは。

 まだ私たちにも勝ち筋があるかもしれません」


 クロエの目の前には、半壊した王立禁書庫。被害の様子は生々しいが、司書たちも復興活動を始めようとしていた。



 クロエたちが目指すのは王立禁書庫の奥深く。存在自体が王国の最高機密として固く秘匿されてきた区画——失われた王国の記録庫アーカイヴ・オブ・ロスト・キングダムズ


「賢者ヴァイスクとヘキサグラマトンが

 半壊してくれたお蔭で

 すんなりここまで入れましたね——」


「はは……まさかこんな区画が本当にあるとは」


「第一次魔導文明期の資料もあるのかなあ……」


 あのアランすら呆気にとられる厳かな空気の中、シオンは純粋な興味にそそられているようだ。バーンズは……火気厳禁のこの場所では息をひそめている。


「ここには——

 ヘキサグラマトンが建造され、そして封印された

 第一次魔導文明期の極めて危険で貴重な文献や

 古代文明の禁断の知識が

 眠っていると言われています」


 クロエが慎重そうに歩みを進める中、シオンは紫色の瞳を不敵に輝かせながら知識を披露する。


「だけど同時に、それらが悪用されないように

 強力な魔法的・物理的なトラップや

 知識そのものが意思を持ち具現化したとされる

 危険な情報生命体インフォ・エレメンタル

 徘徊しているとも噂されている——そうだね?」


情報生命体インフォ・エレメンタル——!」


 リリィは聞き覚えがあるのか、にわかに声を上げる。アランは、アランらしく冷静に状況を分析している。


「なるほど。王立禁書庫とは

 まさに死と隣り合わせの知的な冒険

 ——というわけか」


 が、アランの言葉以上に、失われた王国の記録庫アーカイヴ・オブ・ロスト・キングダムズの内部は危険な迷宮だった。


「なん……だ? うっ……誰だ、お前は……?」


「先輩! これは——恐らく記憶を操作し

 来た道を忘れさせることで

 侵入者を帰れなくするタイプの魔法罠です」


「バーンズさん! みなさん!

 迂闊に吸い込んではいけません!」


 例えば、侵入者の記憶を強制的に消去しようとする『忘却の霧』。しかし古代文献学に精通するリリィは、通路の壁面に彫られた古代文字の記述から、中和魔法の方程式を導き出した。


 しかし、ある区画では——別の罠が作動する。


「さっきから、何度も同じ書架を見ているね」


「また、私たちは書物の並び順を誤ったようです」


「燃やしたらダメなのか?」


「バーンズさん。絶対にやめてください」


 ——そう。『正しい順番で書物を並べ替えることで背表紙に浮かび上がる古代語をヒントに、また次の書架の書物を適切に並び替える』という、入れ子構造のパズルを解かなければ、決して解放されない無限に続く回廊。


「このタイプは——私に任せてください!」


 ここでもリリィの圧倒的な記憶力と推理力が炸裂した。「先ほどこうするとダメだったので、次のパターンは……」という調子で淡々とパズルを解いていき、クロエすらも驚かせた。



「——このフロアは何だ?」


「先輩! 

 大量の知識が直接頭に流れ込んできます——!」

 

「……頭がもげるような重みですね」


 さらに進むと、今度は知識の物理的な重みで侵入者を圧殺しようとする異常な重力場。しかし——


「え? 俺は平気だぜ?」


「バーンズさん。今こそあなたの……

 あなたの真価を発揮する時です!」


 何故か——いや、理由は明白だったが、この罠は脳筋のバーンズにだけは効かず、『発動スイッチ』になっていた書物を、実にあっさりと元の場所に戻すことが出来た。


「余裕じゃねーか!」


 と言っていたのも束の間。古代の高度な魔法罠に加え、『書き換え』によってセキュリティが甘くなった王立禁書庫に潜入していた「兄弟団」の残党も襲い掛かってきた。


「ヴァイスク様の邪魔はさせん!」


「君たちこそ、我々の邪魔はさせない!」


 アランが一閃すると呆気なくその場に倒れた。


 しかしそれだけには留まらず——魔法で作られた「兄弟団」の残党を水増しするような幻影や、貴重な書籍を破壊しようとする自律型のガーディアンゴーレムも、クロエたちは退けなければならなかった。


「先輩、古代の魔法トラップに比べれば

 『兄弟団』の浅知恵なんか楽勝ですね!」


「リリィさん……。

 本当によくやってくれました。

 ですが、油断は禁物ですよ」


 と言いつつ、クロエはリリィの成長ぶりに驚くと同時に誇らしく感じていた。もはや彼女は、新人だった頃の面影もなく、自らの知識と知恵で道なき道を切り拓いていく、チームの頼もしい一員であった。


「もちろんです、先ぱ——!?」


 そこに現れたのは、情報生命体インフォ・エレメンタルだった。巨大な百科事典のようなビジュアルだが、明らかに生命を有しており、魔獣のような頭部・胸部・四肢が一体化している。


「——情報生命体インフォ・エレメンタルだね。

 まさか実物をこの眼で見る日が来ようとは」


 シオンの興奮をよそに、リリィはここでも目を見張る活躍だった。


 火を吹くように身を護り、水を纏うように攻撃してくる。かと思いきや足を踏み鳴らし空間を震わせ、クロエたちの行動を妨害する。


 情報生命体インフォ・エレメンタルの不可思議な行動パターンを即座に分析し、特定の音の周波数や光の波長に弱いという弱点までもを瞬時に見抜き、クロエ、アラン、バーンズに的確な指示を出していた。


「うおおおおお!」


 リリィの綿密なガイドもあり、バーンズのああ見えて意外と繊細な炎のコントロールによって、延焼しないように情報生命体インフォ・エレメンタルのみを燃やすことに成功。


 謎に満ちた生命体は霧消し、禁書庫の空間へと消えていった。


「リリィさん。もう何も言うことはありません……

 あなたの判断で行動し

 必要に応じて私たちに指示を出してください。

 それがきっと

 私たちチームに最善の結果をもたらします」


「先輩……!」


 こうしてついに、クロエたちは王立禁書庫の地下、失われた王国の記録庫アーカイヴ・オブ・ロスト・キングダムズのそのまた最深部に辿り着いた。


「やはり、ここに来て正解でしたね」


 目の前には巨大な石板があり、そこにはヘキサグラマトンの設計図らしきものが記されている。


「この情報があれば、我々にも勝ち目があります」


「おい、これは——?」


 バーンズが気に留めたのは不自然な文様だった。


「これは……『開発者の落書き』いや、

 『開発者からの警告文』ですね」


 リリィが神妙な面持ちで言った。


 そこには、ヘキサグラマトンのあまりにも強大すぎる力への警鐘と、万が一暴走した場合に備えて、意図的に仕込んだ『緊急停止シーケンス』について書かれていた。


 しかし——。


「ここから先が、削り取られ、詠めなくなっているね」


「兄弟団の仕業ですね。

 ですが——」


 クロエは決して諦めなかった。


「しかしこちらには

 古代魔法理論のプロであるシオンさんと

 古代文献学の専門家であるリリィさんがいます。


 お二人の力を合わせれば

 欠けた部分の推測など——」


「ロジックボム・ポイント」


 クロエが言い終わるよりも早くシオンとリリィはブツブツと言いながら、答えを導いていた。


「二人とも! さすがで——」


「システムの論理的な矛盾が収束する場所」


「そこに、外部からのトリガーを打ち込む……と。

 これによって恐らく引き起こすのは——」


「「連鎖的自己崩壊!」」


 クロエが言葉に詰まり、一方でシオンとリリィがハモり、緊張の糸が一気に切れたのか——皆、笑いが止まらなくなってしまった。


「——世界の一大事だというのに、皆さん。

 ははは……」


「クロエ、お前もツボに入ってんじゃねえか!」


「——!」


 バーンズのツッコミによってようやくいつものクロエを取り戻し、リリィに告げる。


「リリィさん。

 やはり、あなたの情報分析能力と

 古代文献解読のポテンシャルは並外れています。


 私の算定では

 王都随一の三ツ星レストラン『かささぎ』の

 ディナーフルコース招待券ペアチケットに

 十分に相当する価値がありました」


「先輩——!」


 クロエに認められ、リリィが涙ぐむ一方で——。


「クロエ。僕には何もないのかい?」


 シオンが悪い笑みを浮かべながらふざける。


「シオンさん。あなたは最初から規格外なので

 算定基準の対象外です」


「——つれないなあ」


 シオンの珍しく人間的なリアクションに、再び笑いに包まれるクロエたち。もちろん、これが束の間の和やかな時間だということに全員が気づいていたが、全員がこの一瞬を噛みしめていた。


 しかし——その時、アランのアイスブルーの瞳が大きく見開かれた。視線の先には、小さな小さな漆黒の羽根——の産毛が床に落ちている。窓もなければ鳥などいるはずのない、この場所に。


(これは……

 騎士団情報部の秘匿通信用魔道具

 『影鴉(シャドウクロウ)』——!


 ひび割れに挟まって

 自動消滅機構が動作不良を起こしたのか?

 しかしなぜこんな場所に……?)


 不審に思いつつもアランが手に取った瞬間、自動消滅機構が作動し霧消した。しかし、ほのかに魔力の残滓も飛散するのをアランは見逃さなかった。


「——なっ、バカな!」


 思わず声を上げたが、慌てて口を塞ぐアラン。


(このクセの強い残滓は、ヴォルフラム将軍——?

 そして、僅かだが別の誰かの魔力も帯びていた……)


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