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第80話: 灯台下暗し——王都地下の『オリジン・ヘブン』と仲間の再結集

 賢者ヴァイスクの次なる狙いを突き止めたクロエ・ワークライフ。しかし計画の核心、「万象廻るヘキサグラマトン」に関する正確な情報は、まだ多くの謎に包まれていた。


(とにかく、最終目的を徹底的に破壊すること。

 どんなに大変でも、これが最も効率的です。


 『模造品』だったとはいえ、

 ヴァイスクが私たちに仕掛けた罠に

 『星辰の碑文』を使った意味が必ずあるはず。


 どうせ手掛かりらしい手掛かりなんてないんです。

 これを探らない手はありません)


 ヘキサグラマトンの謎を解き明かすための鍵に最も近い情報——それは「兄弟団」が流した偽情報にあった魔導石板、「星辰の碑文」だとクロエは考えたのだ。


「完全な嘘というのはすぐにバレるものです。

 全員が騙されたということは

 ここに巧妙に“真実”を紛れさせていた——

 ということが十分ありえます」


 では「星辰の碑文」とは一体何なのか。そこに立ち返ることにした。


 ()()()星辰の碑文は、今では決して解くことのできない、極めて難解な古代の暗号で記述された『星の動きを記したもの』と言われており、パッと見は『ただの古代語の落書き』のような石板だという。


 そこに記された真意は、クロエのスーパーコンピューター並の演算能力をもってしても全く分からない。


 一方で、ヴァイスクが仕掛けた『模造品』ともまた違う、誰が見ても偽物のレプリカであれば、王都でも簡単に手に入る。


 クロエは、表通りの観光客向けの土産物店に立ち寄り、子供のころ以来に触れてみることにした。精巧に作られてはいるが、非常に軽い。書かれているものは実物と同様だと言われているが、何らの魔力も込められておらず、ただの『王都土産』に過ぎない。


「しかし——ここに彫られている暗号。

 複雑な天文学の知識と

 失われた古代カルドニアの神話体系

 さらに一際特殊な魔術的暗号が

 多重に組み合わさっているものでしょう。


 あまりに難解で誰にも解けないからと

 このように誰の目にも触れうる場所に

 『本物と同じ……と言われる文字列』が

 公然と陳列されているのです。


 今見ても、明確にちんぷんかんぷんです。

 ちんぷんかんぷんですが——

 これにトライするしかないのでしょう」


「500リールだよ」


 店主に言われるがまま支払い、クロエはその解読に取り組むことにした。


「こういう時は、リリィさんにも協力を仰ぎましょう」



 天文台のアジトに帰ると、クロエはあらゆる可能性を捨てずに解読作業に没頭していた。


 傍らにはもちろんリリィ・プランケットの姿があった。更にその傍らには、もちろん買収……いや、協力を仰ぐために用意したプディングが鎮座している。


「先輩、この部分のシンボル……

 もしかして魔導学校の指定教科書

 『沈黙の音階スケール・オブ・サイレンス』の

 第3章『シーマイナー』のあそこに似てません?」


「まさか……あんな誰でも一度は読む教科書に?」


「私も全文暗記していますが

 特定の順番で入れ替えながら

 『沈黙の音階スケール・オブ・サイレンス』と

 『星辰の碑文』のこの部分を交互に読むと——」


「……これは!

 意味を持つ文章になっていく……」


「そして、今度はその文章をこうやって……」


「——!」


「これは、古代の創世神話に登場する

 双子の星の神々の紋章と酷似しています」


「これはもはや、そのものと言ってよいでしょう」


「はい! そうするとこの星図は神話とリンクしていて

 ということは、ここに描かれているのは恐らく——」


 リリィの古代文献学の卓越した知識とまさに天才的とでも言うべき記憶力とひらめき。そしてクロエの超人的な計算能力とパターン認識能力——。


 二人の天才的な頭脳が融合した結果、これまで誰も解き明かすことのできなかった代物が、徐々にだが全貌を現しつつあった。


 しかしそれでも、最後の最も重要なピースがどうしても埋まらなかった。


「先輩——やはり見立てが誤っていたのでしょうか?

 ここまで解けたように見えていたものも

 もしかすると誰かの手中で

 ミスリードされていただけなのかもしれないです」


「リリィさん。

 本当にここまで粘り強く頑張りました——

 しかし『星辰の碑文』はやっぱり“本物”です……」


 解読作業は完全に膠着状態に陥ってしまった。


 その時だった。


『その解釈はおそらく間違っているぞ、クロエ……』


 アジトの通信機からか細いが、その奥には変わらぬ明晰な理性が宿っている声が聞こえてきた。声の主はアラン・クルツ——。


 魔術師団の医療施設で絶対安静の身ではあったが奇跡的に意識を取り戻し、クロエたちの状況を聞いて通信魔法で連絡をしてきたというのだ。


「アランさん!?

 あなた、意識が戻って——! 

 ですが、無茶をしてはいけません!」


『……問題ない。

 それよりも『星辰の碑文』の暗号……

 それは単なる天文学や神話の知識だけでは解けない。


 レプリカがどこにでも出回っているのには

 ちゃんと理由があるのだ。


 古代の軍事戦略における暗号理論の応用。

 ——騎士団のアカデミーで学んだ

 古代戦術論の視点から分析させてほしい』


 アランは明晰な頭脳と、彼にしか持ち得ない論理的な推理力と情報分析能力を駆使し、クロエとリリィの解読作業に決定的な視点をもたらした。



 クロエの計算能力。リリィの神話知識。そしてアランの戦略的思考。三人の異なる才能が一つになった時、奇跡は起こった。全ての暗号が解読されたのだ。


「先輩……!」

「クロエ、その時が来たようだ」

「ええ。これは——」


 『星辰の碑文』に隠されていた暗号。恐らく数百年は『王都土産』として時にタペストリーに、時にタオルに、時に玄関に飾る置物にもくっきりと描かれていた文様——それが示していたものは、クロエたちの想像を遥かに超える内容だった。


「……王都の地下深くに、古代文明が築いたという

 巨大地下空洞『オリジン・ヘブン』がある……。

 そこにヘキサグラマトン本体が隠されている——と」


 クロエは、あまりに『灯台下暗し』な事実に言葉を失った。


「クロエ……それが『真実』なのか……?」


 予想外の展開すぎたのか——アジトにはいたものの、その片隅でただ無力感に打ちひしがれていたバーンズが、ようやく口を開いた。


 アランが意識を取り戻し、仲間たちが再び立ち上がり絶望的な状況を打開するための大きな一歩を踏み出したこと。それらの事実は、バーンズの心に再び闘志の炎を灯すには十分だったようだ。


「——クロエ……いや、クロエ・ワークライフ。

 俺は……俺はまだお前のやり方が

 全部正しいとは思っちゃいねえ。だけど……」


 バーンズは震える声で続けた。


「だけどお前も、アランさんも

 リリィも——魔術師団の皆も、王都も……

 俺も守りたいんだ!

 俺のこの有り余る力を

 お前たちのために使わせてくれ!

 俺——勝手に動くと間違っちまうみたいだから

 お前が俺を、正しく導いてくれ!

 ——頼む!」


 魂からの叫びだった。


 クロエはそんなバーンズの姿を静かに見つめていた。彼女のいつもは冷静沈着な瞳の奥にほんの僅かな、しかし確かな温かい光が宿ったのをリリィだけは見逃さなかった。


「……分かりました、バーンズさん。

 あなたの真っ直ぐな覚悟、確かに受け取りました。

 期待していますよ。

 ただし、くれぐれも私の計算を狂わせるような

 無謀な暴走だけはしないように」


 クロエはそう言って、ほんの少しだけ微笑んだ。


「我々の推測が確かならば、賢者ヴァイスクは

 王都の地下『オリジン・ヘブン』を

 次の目標としているはずです。


 ——私の……私たちの定時退社を

 取り戻す、最後のチャンスかもしれません!」

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