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第08話: 非効率ないつもの会議と異端の天才の登場

 王宮の一室で、先日クロエが強引に方向性を示した「魔力インフラ不具合の原因究明と対策に関する委員会」の第二回会合が開かれていた。


 しかし、その進捗はクロエの目から見て絶望的なまでに非効率だった。


 クロエが提示したアクションプランのフェーズ1、つまり「データ収集チームの編成」こそ実行されたものの、集まってきたデータは玉石混交。


 各部署が自分たちに都合の良い情報だけを提出し、肝心な部分が欠落していたり、フォーマットがバラバラで統一的な分析が困難だったりする。まさに典型的な縦割り行政の弊害だ。


 そして今日の議題は、その集まってきた(不完全な)データを見て、再び責任のなすりつけ合いと予算の分捕り合戦を繰り返すという、第一回と何ら変わり映えのしない展開に終始していた。


「ですから、

 我が騎士団の情報収集能力には限界が…」


「いやいや、魔術師団こそが専門のはず…」


「そもそも予算が…」


「前例では…」


 クロエは早々にこの不毛な議論に興味を失い、持参した魔導端末で、先日手に入れた古代カルドニア文明の超難解な立体パズル(もちろん魔導データ版。物理的なパズルを持ち歩くのは非効率だ)を解いていた。


 これは彼女の数少ない趣味の一つであり、同時に高度な論理思考と空間認識能力を鍛えるための優れたトレーニングツールでもあった。


 この委員会に出席しているよりこのパズルを解いている方が、よほどカルドニア王国の未来にとって生産的で有益だと、クロエは本気で考えていた。


「この円環構造と多重フラクタル配置……

 見事な論理の城ですね。

 設計者の知性に敬服します。


 それに比べて、この会議の論理構造は

 ——まるで迷路にすらなっていない、

 ただの行き止まりの連続ですが」


 内心の毒は相変わらずキレが良い。そんな停滞した空気を切り裂くように、一つの声が響いた。


「皆様の議論、拝聴しておりましたが、

 いささか——

 現状維持バイアスに囚われすぎているように

 見受けられますが、いかがでしょうか?」


 発言したのは、今回の委員会から新たに参加した一人の若い魔術師だった。癖のあるアッシュブロンドのミディアムヘアが、その掴みどころのない雰囲気を助長している。


 歳の頃はクロエと同じくらいか少し下くらいに見えるだろうか。その物腰は落ち着いており、知的な鋭さを感じさせる涼やかな目元は、角度によって僅かに色を変える紫色の光を宿している。


 胸に輝いているのは、魔術師団ではなく王立アカデミー所属であることを示す徽章だ。


「過去のデータや前例に固執する

 あまり、本質的な問題解決から

 遠ざかっているように思えてなりません。


 ここは一度、ゼロベースで

 新たな可能性を探るべきではないでしょうか?


 例えばですが……

 この一連の魔力インフラの異常が、

 我々の既知の魔導物理学の範疇を超えた

 全く新しい魔法体系による影響、

 あるいは——


 可能性は低いかもしれませんが、

 異次元からの干渉であるという仮説も、

 検討に値するかもしれませんよ?」


 よどみない口調で、しかしどこか挑発的とも取れる響きを込めて、大胆な仮説を次々と披露していく。


 その言葉は、凝り固まっていた委員会の空気に一石を投じるには十分なインパクトがあった。


 一部の若い委員は彼の斬新な視点と流暢な弁舌に感心したように頷き、一部の保守的な委員(クライン課長などはその筆頭だ)は「何を突拍子もないことを……」「アカデミーの若造が……」と露骨に不快感を示している。


 クロエも解いていたパズルから一瞬だけ顔を上げ、その発言の主を観察した。


(……シオン・アークライト。


 王立アカデミーの特待生で、

 専門は古代魔法理論及び異次元物理学。

 二十歳——私よりもいくつか若いのに

 複数の興味深い論文を発表している『天才』ですか。


 確かに面白いことを言いますね。

 根拠は現状では薄弱ですが、

 既存の枠組みに囚われない視点は悪くない。


 ただ……少し——少し芝居がかった話し方が

 気になりますが)


 クロエの脳内データベースが瞬時にその情報を検索・表示した。


 一方、シオン・アークライトは周囲の反応を意に介さず、さらに言葉を続けた。


「原因究明のためには、

 従来とは全く異なるアプローチが

 必要かもしれません。


 例えば、王立図書館の禁書庫に眠る

 古代魔法に関する稀覯書(きこうしょ)の再調査、

 あるいは、辺境の地に住まう

 少数民族にのみ伝承されている、

 忘れられた精霊魔術の聞き取り調査なども、

 有効な手段となり得るのではないでしょうか?


 非効率に見えるかもしれませんが……

 時に真実は、最も光の当たらない場所に、

 隠されているものですから」


 彼はそう言うと、ニコリと、どこか挑戦的な笑みを浮かべた。


 クロエは内心で——


「古代魔法に精霊魔術、ですか。

 確かに可能性としては否定できませんが、

 調査コストと時間的制約を考慮すると

 現実的ではありませんね。


 ですが、発想の転換を促すという意味では

 興味深い挑発です」


 ——と評価した。


 結局シオンの革新的な提案も、保守的な委員たちの


「前例がない」

「予算がない」

「現実的でない」

「担当できる人がいない」


 ——といういつもの「ないない四重奏(カルテット)」によって一蹴され、委員会はまたしても何の具体的な結論も出ないまま閉会となった。非効率の極み。


 クロエは、他の委員たちがぞろぞろと退室していく中、一人だけ異なる方向に歩き出そうとしていたシオン・アークライトに声をかけた。


「アークライトさん、でしたか。

 クロエ・ワークライフと申します。


 先ほどの異次元干渉説、

 及び古代魔法に関するご見解、

 もう少し詳しくお聞かせ願えませんか?


 特に、最近観測されている

 特異な魔力パターンとの関連性について、

 何かご存知のことがあれば」


 彼は、クロエに声をかけられたことに少し驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの人懐こい(しかしどこか底の知れない)笑顔に戻った。


 その笑顔は魅力的だが、どこか本心を見せない紫色の瞳の奥の輝きと相まって、見る者を不思議な感覚に陥らせる。


「これはこれは、ワークライフさん。

 先日のスライム討伐でのご活躍、

 その他にも噂はかねがね。


 まさか、あなたのような超効率主義の方が、

 私の非効率極まりない与太話に

 興味を持たれるとは——少々意外でした」


「効率とは目的達成のための最適手段の選択です。


 もしあなたの『与太話』の中に、

 現状の膠着状態を打破するヒントが

 隠されているのであれば、

 それを検証することは決して非効率ではありません」


 クロエは淡々と答えた。


「ふふ、なるほど合理的ですね。

 いいでしょう。

 少しだけなら私の考察をお話ししても構いませんよ。


 立ち話もなんですし、

 どこか静かな場所でお茶でもいかがです?

 私、美味しいスコーンが

 食べられる店を知っているのですが」


(スコーン……!)


 一瞬、心が揺らぐ音が聞こえた気がしなくもなかったが、何事もなかったかのようにクロエは続けた。


「結構です。情報はここで、簡潔に。

 時間は有限ですので」


 クロエのあまりにきっぱりとした態度にシオンは肩をすくめたが、特に気を悪くした様子もなく、自身の考察の一端を語り始めた。


 それは、クロエが漠然と感じていた魔力パターンの異常性と、アランから得たバイパス回路の情報、そして古代遺跡・オリジンコアセクターの存在を奇妙な形で結びつける、刺激的な内容だった。


 短い情報交換を終え、クロエは「貴重なご意見、感謝します。参考にさせていただきます」とだけ告げてその場を後にした。


 庁舎に戻る途中、クロエはアラン・クルツに秘匿通信を送った。


『シオン・アークライト。

 王立アカデミー所属。

 彼の身辺及び最近の行動について、

 可能な範囲で調査を依頼します。


 特に、オリジンコアセクター周辺

 での目撃情報があれば、優先的に』


 新たなプレイヤーの登場。そして深まる謎。クロエの平穏な定時退社ライフは、徐々にではあるが、確実に厄介な事件の渦へと引き寄せられつつあった。


 それでも彼女は、十七時ジャストのチャイムと共に、颯爽とオフィスを後にする日常を、まだ手放すつもりはなかった。

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