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第78話: 謎の魔導石板『星辰《せいしん》の碑文』と『処刑人』イレントスの凶刃

 先日のゴーレムの件も然り、何だかんだでクロエ・ワークライフと仲間たちは着々と叡智探求の兄弟団フラタニタス・サピエンティアエの計画の芽を摘み取っていた。


 その事態に業を煮やした指導者・賢者ヴァイスクは、クロエたちの結束を忌々しく思っており、これまでのように外からではなく内側から破壊することを企図し、本格的かつ悪辣な罠を仕掛けた。


 実行の時——王都カルドニアの複数箇所で同時多発的、かつ無差別に『それ』はスタートした。禁書庫から流出した複製魔導書による魔法テロだ。


 商業地区ではあちこちで火災が発生し、人々はパニックに陥っている。住宅街では局地的な魔力ストームが発生し、家々の窓ガラスを粉々にしている。広場では広範囲幻覚魔法によって道行く人々がありもしない怪物の幻影に怯え逃げ惑う。


 ——王都は一瞬にして、無秩序と混乱の坩堝へと叩き込まれ、魔術師団と騎士団は未曾有の事態の収拾に追われ、ほぼ機能停止に陥っていた。


「何ということでしょう……

 しかし、こういう時こそ冷静に。

 ——これは明らかに陽動です」


 魔術師団の緊急対策本部で、クロエは刻一刻と変わる被害状況の報告を冷静に分析しながら、そう断じた。


「これだけの規模の陽動を行うということは

 敵の本命の狙いは、よほど重要な何か……

 あるいは我々を直接狙った『罠』という可能性が

 極めて高いと考えるのが合理的です」


 クロエは最大限の警戒を持ちながらも、この混乱を一刻も早く収拾するため、各現場へと的確な指示を飛ばしていた。


 その混乱の真っ只中、捕縛した「兄弟団」の下級構成員が騎士団の厳しい尋問の末、ついに核心に迫る情報を漏らした。


「急報! 急報!!

 クロエさん、皆さん! 新情報です!

 ついに……奴らが口を割りました!」


「なんですって?」


「兄弟団の真の狙いは

 王都中央大聖堂の地下深くに

 遥か昔から秘匿されてきたという魔導石板

 ——『星辰(せいしん)の碑文』!

 これこそが

 ヘキサグラマトンの復活に必要不可欠な最後の鍵!


 今まさに「兄弟団」の別部隊が

 回収すべく最終作戦を実行している

 ……とのことです!」


 その情報に対策本部は騒然となった。


「星辰の碑文だと……!?

 もしそれが奴らの手に渡れば…!」


「直ちに部隊を大聖堂へ向かわせろ!」


「いや——」


「クロエ、どうした?」


「いいえ……何でもありません!

 今すぐ、可能な限り速やかに大聖堂へ!」


(くっ……

 突拍子もないのはいつものことですが

 怪しすぎます——

 しかし……万が一にも本当の情報だった場合

 ヘキサグラマトンが復活……


 それはつまり、

 私のアフターファイブと王都の

 不可逆的な消滅を意味します——!)


 クロエは罠である可能性を十分に疑っていた。しかし、最悪のリスクを無視することもできずにいた。


(……これは危険な賭けです。

 ですがここで動かなければ

 全てが手遅れになるかもしれない。


 『やらない後悔より、やってからの後悔』です!


 ……今は信じるしかありません。

 皆さんの力を!!)


 クロエは苦渋の決断を下した。


「アランさん、バーンズさん。

 あなたたち二人は、少数精鋭の部隊を率いて

 直ちに大聖堂の地下へと向かってください。


 そして『星辰の碑文』を確保

 もしくは跡形もなく破壊してください。


 私は本部の指揮と

 他の陽動現場の鎮圧を続けます


 リリィさん。

 あなたは情報支援と

 負傷者の救護に当たってください!」


 クロエはこれが「兄弟団」の狙い通り、自分たちを分断するための策という『最悪の可能性』を頭の片隅に置きながらも、自分と皆の能力を信じ、役割を果たすという選択をした。


 しかし——これはあまりにも甘い判断だった。この一瞬の判断の迷いが取り返しのつかない悲劇を招くことを、クロエはまだ知らなかった。



 クロエの指示を受け、アランとバーンズが率いる少数精鋭部隊は陽動の喧騒が遠くに聞こえる中、静寂に包まれた王都中央大聖堂へと到着した。


 荘厳な扉を抜け、地下へと続くヒンヤリした石の階段の踊り場で、アランは立ち止まった。先を急ごうとするバーンズの肩に手を置き、低い声で告げた。


「バーンズ。今回の作戦、敵の指揮官は

 『処刑人』イレントスとの情報だが

 部隊には『戦鬼』のフェルヴォがいる可能性もある。

 ……分かっているな?」


 その名を聞いた瞬間、バーンズの筋肉で盛り上がった肩に一層力がみなぎった。黙ってうなずき、拳にも力を込めた。


「フェルヴォ——

 かつては『殺戮の傭兵』フェルヴォと呼ばれた男。

 恐らくはお前の過去を知っているだろう」


「チッ! あんたまで俺のこと調べたのかよ」


「まあ、悪く思うな……

 これも仕事なんだ」


「……」


「——いずれにしても

 我々のメンバーを知った上で

 ヴァイスクが仕掛けてきた作戦だということを

 忘れないでほしい」


「分かったよ!

 ……だがな、アランさん。

 もし奴が出てきやがったら

 俺だって黙っちゃいられないぜ!

 あの時とは違うんだ。

 俺だって——!」


 バーンズもいつになく冷静に言葉に力を込めていた。アランも意気に感じ、静かに頷くと部隊に突入の合図を送った。



 アランとバーンズが率いる精鋭部隊が足を踏み入れた大聖堂の地下。そこは、ヴァイスクがこの日のために周到に、悪趣味なまでに巧妙に罠という罠を仕掛けた『死の迷宮』の様相を呈していた」。


 ガシャアアアン!!


「痛ってえー! なんだこれ!?」


 バーンズが叫ぶ。同時に、アランの元にも何かが襲い掛かってくる。頬に手を当てると、血がべっとりとついている。


(刃——か? いや、違う……魔法?)


 その後も間断なく、物理か、魔法か、判断のつかない刃のようなものが次々に縦横無尽に襲い掛かってくる。それは、古代魔法と最新の魔導技術を組み合わせた解析困難なトラップのようだった。


「バーンズ。これはマズいぞ——!!」


「分かってるって! こうなったら全部燃やす!」



 全身に傷を負いながらも、『星辰の碑文』を求めて辿りついた最深部。


 そこでバーンズたちを待ち受けていたのは、兄弟団の中でも最も残忍で、最も強力な暗殺者として恐れられている、ヴァイスクの腹心の幹部・『処刑人』のイレントスと、彼が率いる精鋭部隊だった——。


 イレントスは姿を完全に消して気配を絶ち、対象の魂に直接作用する『一撃必殺の呪殺魔法』を操るという、恐るべき暗殺者だった。


「——ようこそ、愚かなネズミども。

 こんなに聖なる場所で死ねるなんて

 お前たちはなんて幸せ者なんだ!!」


「ヘッ……お前が親玉だな!

 待ってろ、今すぐ燃やしてやるぜ!」


 バーンズのいつもの減らず口もむなしく、イレントスの口上と共に、どこからともなく心臓を凍らせるような冷たい“何か”がバーンズとアランに襲い掛かってきた。


「なっ……息が——できない!」


「バーンズ! 奴の声に耳を傾けてはいけない!」


「はははは! 無駄だよ!

 君たちは確実にここで心臓が止まるんだ!」


 敵はイレントスだけではない。迂闊に声を聞いてしまうと、その隙に精鋭部隊の攻撃も飛んでくる。


「クソッ……!」


 アランとバーンズは何とか攻撃をしのぎながら様子を見ては反撃を繰り出すという作戦をとった。こちらも精鋭部隊もどうにか奮戦するが、見えない攻撃というのはどうにも分が悪い。


 こうして、イレントスの目に見えない攻撃と、完璧に連携の取れた敵の波状攻撃の前に、アランとバーンズたちは確実に追い詰められていった。


「どこから攻撃してきやがるんだ!

 埒があかない!!」


 バーンズが苛立ちの声を上げる。その瞬間。


 イレントスの見えない『呪いの刃』がバーンズの無防備な背中を狙った。


「バーンズ! 危ない!」


 アランは咄嗟にバーンズを突き飛ばし、その凶刃を自らの体で受け止めてしまった。


「ぐっ……ぁ……!」


 アランの体から鮮血が噴き出し、その場に崩れ落ちた。ほどなく、瞳は焦点が合わなくなっていく。


「アランさん!?

 しっかりしろ! なんで? アランさん!!

 何なんだ! 何なんだこの攻撃は!?」


 バーンズの悲痛な叫びが地下に反響する。


 しかしこの怒りと絶望もまた、虚しいことにイレントスの計画通りだった。冷静さを失ったバーンズはイレントスの巧みな挑発に乗り、あっけなく動きを封じられ、追い込まれてしまった。


「クソッ! 何でいつも俺はこうなんだ……!」


 その絶望的な状況を、リリィからの涙ながらの緊急連絡で知ったクロエは全てを悟った。


「ああ、バーンズさん……」


 と、バーンズをいつものように諫めようとしてクロエは悟った。


「いえ——

 これはバーンズさんのせいなんかではありません。

 全て、全て私の責任です」


 自身の判断の甘さ。敵の罠の巧妙さ。そして、かけがえのない仲間を取り返しのつかない危険に晒してしまったという深い深い後悔。


(私が……私が間違っていた……!

 私の判断がアランさんを、バーンズさんを——!)


 クロエは激しい自責の念に駆られ顔面蒼白となりながら、二人を助けるために大聖堂へ急いだ。


 しかし、彼女が到着したのは全てが終わった後だった。深手を負い意識不明の重体に陥っているアランと、心身ともに打ちのめされ、ただ呆然と立ち尽くすバーンズ。そして二人が率いた少数精鋭部隊は全員、地べたに突っ伏していた。


「はっはっはっは……!

 ここまで見事に術中にハマるとは

 哀れ以外に語彙の持ち合わせがないな——!」


 勝ち誇った様子で頭上から悠然と姿を現した賢者ヴァイスク。その手には古代文字が彫られた石板、「星辰の碑文」を掲げ、顔には嘲笑を浮かべていた。


「ヴァイスク——!

 それは、まさか『星辰の碑文』!」


「——の、『模造品』だよ。

 クロエ・ワークライフ」


「……!」


(やはり『星辰の碑文』など

 最初からなかった——

 何もかもが彼らの偽情報だったようですね)


「——愚かなり。

 お前たちの正義感と脆く儚い仲間意識こそが

 最大の弱点なのだよ、クロエ・ワークライフ。


 君の自慢の『効率』とやらも

 絶対的な力と、自らの予測不能な『感情』などという

 ノイズの前には、全くの無力であろう?」


 賢者ヴァイスクはそう言い残すと、『星辰の碑文』の『模造品』を空間に放り、高笑いと共に闇の中へと消えていった。


 ヴァイスクの姿が消えると同時に、パサッ——と、今までに聞いたことのないような乾いた音を立てて『星辰の碑文』の模造品は床に落ち、今度は音もたてずに霧となって消えた。


 クロエはただ立ち尽くすことしかできなかった。


 誰も守れなかったという深い絶望。完璧だったはずの計算が完全に打ち砕かれたという無力感。そして、心の底から自分の弱さを悔いた。


 翠色の瞳には、涙が溢れていた。

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