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第76話: タブロイド紙「週刊王都の囁き」と捻じ曲がったジャーナリズム

 王都カルドニアの街角のニューススタンドや人々が交わす噂話の中に、一つの悪意に満ちた毒が静かに撒き散らされようとしていた。


 その毒の名はタブロイド紙「週刊王都の囁き」。


 それは真実と「巧妙に織り交ぜられた嘘」を扇情的な見出しと読者の感情に直接訴えかけるようなドラマチックな筆致で書き立て、市民の抗いがたい好奇心と不信感を煽ることを得意としていた。


 今、このタブロイド紙の格好の餌食となっていたのが、先のレガシー・コロッサス事件以降その権威が大きく揺らいでいた魔術師団と騎士団だった。


『衝撃! 魔術師団幹部、禁書庫の魔導書を

 不正流出させ闇市場で荒稼ぎか!?』


『騎士団内部に深刻な腐敗!

 上層部は若手騎士の不審死を隠蔽していた!』


『王国を救った英雄、クロエ・ワークライフの

 知られざる黒い素顔!

 彼女は本当に正義の味方なのか!?』


 情報源は常に「匿名の内部告発者」や「信頼できる筋からの情報」などと曖昧にされてはいるものの、記事の内容はあまりにも具体的で説得力に満ちていた。


 王都の民衆は、センセーショナルな記事に瞬く間に飛びつき、魔術師団や騎士団に対する不信と疑惑の目は日に日に強まっていた。


「……これは単なるゴシップ記事ではない。

 明らかに我々騎士団と魔術師団の権威を失墜させ

 王国内に社会的な混乱を引き起こすことを目的とした

 高度な情報操作、プロパガンダの類のものだ」


 騎士団情報部の薄暗いオフィスでアラン・クルツは、悪趣味なタブロイド紙の一面を苦々しげに睨みつけながらそう断じた。


 しかも——アランはこの情報戦の背後にまたしても「叡智探求の兄弟団」の狡猾な影がちらついていることを確信していた。


 アランは、姿がはっきりとは見えない、厄介な敵との戦いに本格的に乗り出すことを改めて決意したのだ。



 ——と、決意したにせよ、本気のアランの、騎士団情報部としての卓越した調査能力には目を見張るものがあった。


 タブロイド紙「週刊王都の囁き」の編集長であるバーナード・アシュトンという男。この男が「兄弟団」から金銭的な支援を受けているということや、「真実を暴くための貴重な情報」という名目で「兄弟団」に都合の良いように偏向され改竄された情報を秘密裏に提供され、「取材源の秘匿」を盾に、その怪しい情報を元に記事を執筆していたという動かぬ証拠を掴んだのだ。


 アシュトン編集長はかつて理想に燃える正義感の強いジャーナリストだった。しかし命がけで掴んだ大企業の不正や貴族の汚職に関するスクープ記事は、その影響を恐れた「強大な権力の圧力」によって何度も握り潰された。


 その上、彼自身も不当に職を追われたという苦い過去を持っており、そうした絶望と権力への深い憎しみが、彼のジャーナリズムに対する価値観を歪めてしまったのだ。


「大衆には真実を知る権利がある。

 そのためなら多少強引な手段も

 危険な情報源との取引も厭わない。

 それこそが権力という巨悪と戦うための

 唯一の武器なのだ!」


 彼はそう信じ込み、「兄弟団」の甘い囁きに乗ってしまったのだ。


 そして、アラン・クルツは決定的な悍ましい証拠に近づいていた。「兄弟団」はアシュトン編集長に「真実のインク」なる、特殊な魔法のインクを提供していたのだ。


「——これが真実だとすれば

 何という悍ましい魔道具なのか……」


 それは「真実のインク」で書かれた文章は読む者の無意識に働きかけ、書かれた内容を無批判に、感情的に信じ込んでしまうという、微弱ながらも持続的な暗示効果を持つ、情報操作のための悪魔の道具だったのだ。


 この厄介な状況を打開するためアランはクロエに協力を仰いだ。


「クロエ、頼む。

 君のその魔術的な分析能力で

 あの『真実のインク』の特性を解明し

 効果を中和する方法を

 見つけ出してはもらえないだろうか——


 それができれば、この悪辣な「デマの連鎖」を

 断ち切ることができるかもしれない」


「……承知いたしました。

 私の専門分野ではありませんが

 そのインクの化学的構成及び魔術的組成を

 分析することは可能でしょう」


(許しがたい魔道具ですが

 研究対象として見れば、実に興味深い——)


 クロエはアランが秘密裏に入手したインクのサンプルを自身のラボで徹底的に分析し、数時間後、驚くべきメカニズムと「唯一の弱点」を見事に解明した。


「このインクは特定の魔力波長に共鳴し

 それによって活性化することで

 読む者の脳内の認知バイアスを

 増幅させる効果を持っています。


 ですが逆に言えば、その共鳴周波数と

 全く異なる逆位相の魔力波長をぶつけることで

 魔術的な結合を破壊し

 暗示効果を完全に霧散させることが可能です」


「クロエ。さすがだな、君は!」



 こうして反撃の準備は整い、その夜アランは一人タブロイド紙の編集部へと乗り込んだ。


 編集長のアシュトンはアランの突然の訪問に驚きながらも、臆することなく彼を迎え入れた。


「……何の用だね、騎士団のお偉いさん。

 また我々のペンの力を恐れて

 圧力をかけに来たのかね?」


 アシュトンは皮肉な笑みを浮かべる。


「いや、今日は君と少し話をしに来ただけだ。

 一人の読者としてね」


 アランは静かに、既に掴んだ「兄弟団」との繋がりの証拠と、「真実のインク」の正体をまとめた羊皮紙の資料をアシュトンの目の前に突きつけた。


「君が追求している『真実』は

 本当に君自身の意志によるものかな?

 ——実態は、誰かに与えられ、操られた

 偽りの正義感に過ぎないのではないか?」


 アランの鋭い問いにアシュトンは激しく動揺し、そして逆上した。痛いところを衝かれた人間の行動は実にワンパターンである。


「だ、黙れ!

 お前のような権力の犬に何が分かる!

 俺は真実を追求する。

 真実を追求するためならどんな犠牲も払うんだ!

 そしてこれが俺の最後の切り札だ!」


 アシュトンは机の引き出しから一枚の印刷原稿を取り出した。


 そこには『王国を救った英雄、クロエ・ワークライフ。その正体は『叡智探求の兄弟団』と通じる危険な反逆者だった!』という衝撃的な見出しと、巧妙に捏造されたクロエの告発記事だ。


 もちろんそれは「真実のインク」で書かれている。


「この記事が、明日の朝

 王都中にばら撒かれれば

 お前たちの権威も信用も完全に地に落ちる!

 これこそが、人々が今読みたい『真実』

 ——そして俺の正義だ!」


 アシュトンが狂気に満ちた笑みを浮かべたその瞬間。

クロエが遠隔操作で編集部の印刷機をハッキングし、機能を完全に停止させ、カシャン、と静かな音がした。


 その音を聞き、アランは静かに、だが魂を込めてアシュトンに語りかけた。


「……君の言うその『正義』は

 誰かを、無実の人間を傷つけるための

 凶器になってはいないか?


 真のジャーナリズムとは

 ただ権力を監視するだけではない。


 絶望の中にいる人々に希望を与え、

 未来を見据えるための

 正しい判断材料を提供することではないのか?


 君が本当にやりたかったことは

 こんなことではなかったはずだ——!」


 アランの言葉はアシュトンの心の奥底に凍りついていた、かつて夢に燃える若い記者だった頃の理想と誇りをゆっくりと溶かしていく。


 アシュトンはその場に崩れ落ち、自らの過ちに気づき涙を流した。


「俺はいつから、道を踏み外してしまったのか。

 人々に寄り添わずして、何がジャーナリズムだ……」


「報道の自由も、責任と倫理観——

 そして『事実を伝える』という、

 基本を忘れてしまっては

 それはただの非効率な扇動道具に過ぎません。

 そうするとそれは、

 いともたやすく、悪の手に落ちてしまうのです」


 後日クロエはアランから顛末を聞いて、静かにそう総括した。



 こうして編集長アシュトンは逮捕され、タブロイド紙「週刊王都の囁き」も廃刊となった。


 アランはこの事件を通じて情報というものの恐ろしさと、真実を伝えることの重い責任について改めて深く感じ入るのだった。


 一方のクロエは——


「信じるべきは、自分の目で確かめた客観的な事実と

 複数の独立した信頼できる情報源だけです。

 何事も現場で得た情報にはそうそう勝てないのです」


 きっぱりそう論じると「この非効率な情報戦で疲弊したアランの頭脳を癒すため」と称して、アランに、王都で話題の逸品——苦味と酸味と甘味のバランスが絶妙なブラックコーヒーとそれに完璧にマッチするビターチョコレートのセット『真実の味』——を見繕ってあげるのだった。


 もちろんその代金も後日きっちりと騎士団との合同調査経費として計上してあった。

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