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第74話: 模倣品だらけの工房と錬金術師の成れの果て

 司書ヘンドリックからの決死の内部告発。それによって「叡智探求の兄弟団」に協力する禁書庫内部の裏切り者たちのリストと、彼らの活動に関する重要な情報を入手したクロエ・ワークライフ。


 彼女は早速その情報を元に兄弟団の禁書庫内ネットワークを壊滅させ、彼らの資金源の一つを叩くための次なる作戦の準備に取り掛かっていた。


「ヘンドリックの情報によれば

 兄弟団は禁書庫から不正に持ち出した

 古代の錬金術や魔道具設計に関する文献を

 王都の闇市場で活動する悪名高い闇ギルド

 「模倣者たちの工房」に横流ししていた——と

 そういうことですね」


 しかもただ横流ししていたわけではない。内容の一部を意図的に改竄したり、危険な副作用に関する記述を隠蔽したりした不完全で悪質な状態で渡している。


 そうすることで決定的な証拠を渡さないだけでなく、特定の効果を持つポーションや便利な生活魔道具の粗悪な模倣品を大量に製造させ、商売をしているのだとか。


 例えば一時的に魔力を大幅に増強するが、その代償として使用者の生命力を著しく削り取る危険な副作用を持つポーション。


 あるいは数回使用すると小規模な爆発を引き起こしたり、使用者の個人情報を外部に送信したりする悪質なトラップが仕掛けられた生活魔道具など……。


(こんなもの——

 存在しているというだけでも、十分に危険です)


 そんな悪質なものを模倣しただけの粗悪品を、兄弟団の非合法流通ネットワークを通じて、何も知らない一般市民や知識の乏しい新米冒険者たちに異常な安価で販売。その売り上げを彼らの莫大な活動資金の一部に充てているというのだ。


「まさに悪意の塊……嫌悪感がこみ上げてきますね」


 クロエの予感した通り、最近王都ではそのような粗悪な模倣品を使用したことによる健康被害や魔道具の暴走事故が急増し、市民の間に不安が広がっているという報告もアランの騎士団情報部から聞こえてきている。


「このような粗悪な模倣品が市場に出回ることは

 真に価値のある高品質な正規品の評判までをも

 貶めてしまいますね。


 例えば私が愛してやまない

 パティスリー・グリモワールの完璧なモンブランの

 巧妙な偽物が出回ったらどうなるというのですか。


 想像するだけでもぞっとします」


 そんな不純な——いや、ある意味で純粋な動機から、クロエはこの「模倣者たちの工房」の壊滅と、兄弟団の資金源の一つを断つことを、次のステップと定めた。



 工房のリーダーはグレイヴンという名の元錬金術師だった。かつて正規の錬金術師ギルドに所属していたが、自身の才能が周囲に正当に評価されず、排斥の対象となった結果、ギルドを追放されたと、本人は固く信じている。


 そうやって事実を捻じ曲げて解釈し、闇堕ちしたという典型的な「挫折した天才(自称)」タイプだ。


 「本物を超える完璧な模倣品を作り出し、私を認めなかった腐った世界と才能のない凡庸な連中に復讐してやるのだ!」という、どこまでも歪んだ野望を抱いているらしい。


(……自己評価と他者評価の著しい乖離

 過去の失敗に対する責任転嫁

 そして現実逃避的な誇大妄想……

 典型的な破滅型のパーソナリティですね。

 このような人物が危険な知識と技術を手にした場合

 どのような悲劇を引き起こすか

 予測するのは容易です。


 責任の一端は、彼を正しく導けなかった

 当時の錬金術師ギルドの

 人材育成システムにもあるのかもしれませんが

 ——それはまた別の問題ですね)


 クロエはアランとバーンズと共に「模倣者たちの工房」の秘密工場への潜入調査を開始した。ちなみにリリィは、今回は後方での情報支援役だ。



 秘密工場は王都の地下深く、今は使われていない下水処理施設を無断で改造したものだった。


 工場内部はクロエの想像を遥かに超える劣悪な環境だった。薄暗く換気も不十分な空間には有害な薬品の刺激臭と何かが焦げるような異臭が立ち込めている。


 働かされている人たちも、ろくな防護服も与えられないまま危険な材料を扱い、奴隷のように模倣品の製造作業に従事させられていた。


 中にはまだ幼い子供たちの姿も少なからず見受けられた。彼らの顔には疲労と絶望の色が濃く浮かび、まるで生気のない人形のようだった。


「……これは……酷すぎます。

 児童労働、強制労働、

 そして何よりもこの非人道的な労働環境。

 グレイヴンという男の歪んだ野望は

 多くの無辜(むこ)の人々の

 犠牲の上に成り立っている。


 背後で糸を引く『兄弟団』もまた同罪です。

 このような人間性を否定するシステムは

 一刻も早く完全に解体しなければなりません」


 そう言うと、クロエの翠色の瞳に確かな怒りの炎が灯ったようだった。


 作戦として、まず工場で働かされている人々を安全に解放することを最優先とした。手始めにアランが工場の警備システムに手をかけると——


「おい——もう開いたぞ」


「これでは——さすがに警備システムの

 (てい)を為していませんね」


 思わずそんな声が漏れるくらいに、驚くほど旧式で脆弱なものだった。


 バーンズが見張りのチンピラたちを、得意の脳筋爆炎魔法で瞬く間に片付ける。もちろん殺傷能力を極限まで抑えつつも確実に戦意を喪失させる、クロエ完全監修の「効率的制圧を目指した脳筋魔法」だ。


 続いてクロエが特殊な睡眠ガスを工場全体に散布し、全ての労働者たちを安全かつ迅速に眠らせ保護した。もちろん人体には無害で数時間後には代謝して自然に覚醒するタイプの『超人道的特製ガス』だ。


 こうして効率的に進軍し、工場の最深部——グレイヴンが自身の研究室として使用している一室へと辿り着いた。見ようによっては豪華に見えるが、客観的には悪趣味な装飾に満ちた部屋だった。


 グレイヴンはクロエたちの突然の侵入に驚きながらも、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。


「やはり君たちか。招かれざる客どもめ……

 いつか来るとは思っていたぞ。


 お前たちが私の完璧な『芸術作品』の

 流通を邪魔している魔術師団の犬だということは

 私にも筒抜けだ。


 だが無駄だ。

 私の錬金術はもはや神の領域に達している!

 お前たちのような凡俗には

 この真価を理解することなどできまい!」


 グレイヴンは周囲に並べられていた様々な色と形状の液体の入った瓶や奇妙な音を発する魔道具、鉄くずのようなものを次々とクロエたちに投げつけてきた。


「あっ! あぶねえ!!」


 バーンズが反射的に避けながらそう言ってしまうくらいには、単調でオーソドックスな『ぶん投げ攻撃』にも見えた。しかし、何らかの意図を込めたものを特定の順番で放り込んでいるようにも感じられた。


「こういうシンプルな攻撃ほど注意しなければ

 ——えっ?」


 クロエのアナリティカル・レンズの分析によれば、グレイヴンの投げつけてきているものは、どれも極めて不安定で危険な副作用が懸念される『欠陥品』だった。


「グレイヴンさん。

 あなたのその『芸術作品』とやらは

 残念ながら創造性のかけらもない

 ただの危険な模倣品に過ぎないようです。


 ——あなたもそれに気づくくらいには

 才能があるでしょう。


 しかし、気づかなかったことにしているのは

 あなたの歪んだ

 自己顕示欲と責任転嫁の思考パターン。


 これではあなた自身を、

 そして周辺の多くの人々を、不幸にするだけです」


 ——クロエはグレイヴンの「ぶん投げ攻撃」を着実に回避しながらも、彼の精神的な脆弱性と技術的な欠陥を的確に容赦なく指摘していく。


「本物の価値は、模倣では決して生み出せません。

 地道な努力と失敗から学ぶ謙虚さ……

 確固たる倫理観があってこそのものです。


 他者への敬意が微塵も感じられないあなたの行いは

 ただの自己満足と醜悪な破壊行為でしかありません」

 

 クロエのその言葉はまるで鋭い刃のようにグレイヴンの心の最も痛い部分を抉り、そこに巣食う歪んだプライドを粉々に打ち砕いた。


 顔面蒼白になりわなわなと震えながら、ついにその場に崩れ落ちるグレイヴン。


「……う……嘘だ……

 私の才能は……私の錬金術は……

 完璧なはずだ……!」


 しかし言葉とは裏腹に、もはや彼に抵抗する力は残っていなかった。


 クロエは力なくうなだれているグレイヴンをアランに引き渡し、この非人道的な工場を完全に閉鎖する手配を指示した。


 工場に残されていた「兄弟団」との連絡に使われていたと思われる暗号化された通信記録や、彼らが適当に改ざんしたうえで横流ししていた古い文献のデータの一部を重要な証拠として押収した。


 その中には「パフュームオブソウル」を生きている人間から強制的に抽出するという、これまた非人道的な計画を示唆するようなおぞましい記述も含まれていた。


「これは——!

 古代の禁忌技術を不完全な状態で再現し

 それを生きている人間に……

 なんと恐ろしい発想でしょうか。


 こんな倫理観の欠片もない計画は

 阻止一択です」


 こうして今回の事件を通じて「兄弟団」の活動資金源の一つに打撃を与え、押収物からは新たな非人道的計画の一端を垣間見たのだった。


 この日のアフターファイブ。王都の老舗甘味処「甘露庵」を訪れた。職人が丹精込めて作り上げた一切の妥協も模倣もない本物の「元祖あんみつ~匠の技と、秘伝の黒蜜を添えて~」を心ゆくまで味わうのだ。


「お待たせしました、クロエさん。」


「いえ……楽しみにしていましたので」


 はやる気持ちを押さえながら、木製のスプーンで蜜とと豆をすくい、口に運ぶ。


 そして静かに確信に満ちた表情で呟くのだった。


「やはり、模倣品より本物に限りますね。

 特にスイーツと

 私の定時退社という『作品』は——」

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