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第72話: 王立禁書庫の最深部『虚無のアーカイブ』と最後の儀式

 武器商人バルカス・グリード男爵の密室殺人事件。


 その背後に「叡智探求の兄弟団」と、彼らが開発したと思われる自律型暗殺用魔導人形の存在がほぼ確実なものとして浮かび上がってきた。


 クロエ・ワークライフの卓越した分析力とアラン・クルツの粘り強い捜査によるものだ。


 しかしその事実はあまりにも衝撃的で危険すぎるため、騎士団上層部によって厳重な情報統制が敷かれ公にはされなかった。


 その結果、事件は依然として「原因不明の怪事件」として迷宮入りの様相を呈している。


(……実に、典型的な隠蔽工作ですね。

 真実から目を背け問題を先送りする行為は

 結果としてより大きく取り返しのつかない

 悲劇を招くだけだと相場が決まっています。


 どうして組織というものは

 こうも学習能力が低いのでしょうか……)

 クロエは天文台の秘密アジトで、今回の事件に関する最終報告書をまとめながら王国の中枢に巣食う腐敗とそれに伴う情報操作の深刻さを改めて痛感していた。


 が、その一方で彼女の分析は恐ろしい結論へと達しようとしていた。


 これまでの兄弟団による一連の事件。禁書庫からの魔導書流出、古代技術の悪用、そして今回の暗殺事件。これらは全て『ある一つの壮大で狂気的な目的』のために、巧妙かつ段階的に実行されている「計画」なのではないか、と。


 目的は、やはりあの古代超魔導技術「万象廻るヘキサグラマトン」の復活。そしてそれによる世界の法則そのものを書き換え、兄弟団の理想とする「調和の取れた新世界」を強制的に創造するという途方もない野望。


 禁書庫から流出した魔導書のリスト、兄弟団の活動拠点、彼らが収集していると思われる古代のアーティファクト、そして賢者ヴァイスクという謎の指導者——。これらは「点」で見ると断片に過ぎないが、全てがもし何か一点で繋がりうるとしたら……?


 クロエはこれまでに収集した全ての情報を、開発した『未来予測シミュレーションプログラム』に打ち込み、「計画」の最終目標と、計画が実行された場合に世界にもたらされるであろう壊滅的な影響を正確に予測し始めた。


(こういう時は、感情に左右されないほうが

 正確に予測できるものです——)



 数日後。クロエはいつものメンバーをアジトに呼んだ。バーンズが呑気に言う。


「何だよ、話があるってもったいつけやがって」


「もったいつけたくもなるような

 そんな話だからです。

 まあ——見てもらったほうが納得するでしょう」


 クロエはそういうと、魔導端末のディスプレイに恐るべきシミュレーション結果が表示させた。


「……こういうことです。

 覚悟はしていましたが——


 彼らの真の狙いはヘキサグラマトンを

 単に『起動』させるだけではないのですね。


 起動させた後、王都カルドニアのまさに心臓部……

 王宮の地下深くに存在する

 古代から受け継がれてきた

 世界最大級の『龍脈の源流点』に突入させて

 莫大なエネルギーを吸収、暴走させることで

 カルドニア王国を物理的に完全に『消滅』させ

 新世界の『礎』にする……?


 なんという狂気の計画……!」


 覚悟はしていたものの、あまりにも愚かで衝撃的な結論に、クロエもさすがに言葉を失い戦慄した。しかももしシミュレーションの通りだとすれば残された時間もほとんどない。兄弟団はおそらくこの数日のうちに、その最終計画を実行に移してしまう。


(壮大な計画のくせに、時間もない——と)


 と、このタイミングで騎士団情報部から決定的な情報が入り、クロエのその予測を裏付けることになった。


 アラン曰く、兄弟団の協力者の疑いがあった連中が一斉に姿を消したのだと。それは先の事件でクロエたちが特定を試みた、禁書庫の幹部クラスの司書たちだった。


 しかも記録によると彼らが最後にアクセスしていたのは、禁書庫の最深部、通常では誰も立ち入ることのできない禁断の異次元的領域「虚無のアーカイブ」と呼ばれる場所だった。


 時間と空間の概念そのものが歪んでいると言われる場所で、最も危険な魔導書の書架が並んでいるという。指導者である賢者ヴァイスクも世界の真理を探求するためにそこに長年籠っている——そんな可能性も示唆されている。


 なおかつ、シミュレーションによればヘキサグラマトンの起動に必要な最後の『鍵』となる何かが隠されている可能性が極めて高い、危険な聖域。


「……全てのピースが揃いましたね。

 賢者ヴァイスクと兄弟団の残党は

 今まさに『虚無のアーカイブ』で

 ヘキサグラマトンの最終起動準備

 あるいはそのための重要な『儀式』を行っている。


 そしてそれが完了するなり

 彼らはカルドニア王国——

 いやこの世界の運命を賭けた

 最後の賭けに出るつもりなのでしょう」


 クロエは固い決意を込めつつ、そう結論付けた。


「皆さん。

 いつか来るかもしれないと思っていましたが

 ついにこの日が来てしまいました。


 これから我々は、王立禁書庫ビブリオテカ・プロヒビタの最深部

 『虚無のアーカイブ』へと突入します。

 目的は、敵の指導者・賢者ヴァイスクを補足し

 ヘキサグラマトン復活計画を最終段階で止め

 その先に進行させないことです。


 これが我々に残された最後のチャンス。

 失敗は世界の終焉を意味します。


 ……そして何よりも

 私のアフターファイブが永遠に喪失します」


 クロエは天文台のアジトに集結した仲間たちに最終作戦の開始を宣言した。リリィ、バーンズ、アラン、そしてシオン・アークライト。「面白いものが見られそうだから」という理由で、しれっと風のように現れたという。


 壮大な計画とその阻止——それぞれの表情には極度の緊張と、強い覚悟と使命感が浮かんでいた。



 その頃、王立禁書庫の最深部「虚無のアーカイブ」。時間の流れも空間の構造も現実世界とは完全に異なる異次元の書庫。


 その中央に、純白のローブを纏い、瞳には深淵のような叡智と底知れぬ狂気を宿した一人の男が静かに佇んでいる。——賢者ヴァイスク。


 周囲には絶対的な忠誠を誓う兄弟団の最高幹部数名が厳粛な面持ちで控えている。先の事件でクロエたちにこてんぱんにやられたはずのグリスベルの姿もなぜかそこにあった。


 何らかの禁呪によってより強力な、あるいは人間性を失った存在として『再生』させられたのか——。


 目の前には、床から突き出した巨大な祭壇。謎めいた光沢を放つ奇妙な形状の祭壇には、複雑な幾何学模様の魔法陣が描かれ、周囲の空間からおびただしい量の魔力と「虚無のアーカイブ」に蓄積された膨大な「知識」そのものを吸い上げ凝縮し始めている。


 まるで生きているかのようだ。


 そう、これは——ヘキサグラマトンを起動させるための最後の重要な儀式。


「……ふふふ。ようやくこの時が来たか。

 長きにわたる探求と幾多の試練の果てに

 ついに我々は真の叡智の扉を開き

 この停滞し腐敗した世界を

 あるべき姿へと『調律』するのだ」


 賢者ヴァイスクは恍惚とした表情でそう呟いた。その声は穏やかでありながら絶対的な自信と、どこか人間離れした冷たい響きを帯びていた。


「まもなくヘキサグラマトンは完全に覚醒し

 この旧世界は我が理想の下に美しく

 効率的に再構築される。


 ……クロエ・ワークライフ。


 お前のような小賢しい知恵と

 時代遅れの感傷に囚われたイレギュラーが

 いくら足掻こうとも、

 もはやこの流れを止めることはできぬのだ。


 お前のその『効率』という概念もまた

 我が『絶対的な効率』の前には

 あまりにも矮小で無力であるということを

 その身をもって知るがいい——」


 賢者ヴァイスクはまるでクロエたちの接近を既に完全に予知しているかのように、不気味な笑みを浮かべた。


 王都カルドニアの、そして世界の運命を賭けた最後の戦いが今まさに始まろうとしていた。この戦いはクロエ・ワークライフにとって、彼女自身の信じる「効率」という価値観そのものが問われる最も過酷な試練となるのかもしれない。


 クロエもシミュレーションこそ重ねていたものの、定時退社が叶わないだけでなく、世界の存亡をかけた壮絶な『残業』が待ち受けていることまでは、想定できていないのだった。

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