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第71話: 風魔法の密室殺人と見えざる暗殺者の正体

 アウレオリス・マグヌスの遺品盗難事件が解決し、クロエ・ワークライフの周囲にもようやく数日間の比較的平穏な日々が訪れるかと思われた。


 しかし、そんな彼女の淡い期待はまたしても無残にも打ち砕かれることになる。王都で新たな、そして極めて不可解な事件が発生したのだ。


 王都の高級貴族街の一角にある豪奢な屋敷。その主である武器商人の男爵、バルカス・グリードが自室で奇妙な状況で死亡しているのが発見された。


 彼は強欲で悪名高く、多くの人々から恨みを買いその命を狙われていると常に噂されていた人物だった。


 死体発見時の状況はまさに「密室」。部屋の扉と窓は全て内側から厳重に施錠されており、外部からの侵入形跡は一切見当たらない。


 死因も当初は不明とされた。


 外傷はなく毒物反応も検出されなかった。ただ部屋の窓ガラスだけが内側から、まるで強力な爆風を受けたかのように粉々に砕け散っていた。そして室内にはごく微弱ながらも、清浄な風の属性を持つ魔力の残滓が漂っていたという。


 騎士団の捜査部門がこの不可解な事件の捜査に乗り出したが、完全に行き詰まっていた。業を煮やした騎士団上層部から、アラン・クルツを通じてクロエに対してまたしても協力要請がなされた。


 おそらく被害者が有力貴族であったため早期解決への圧力がかかっていたのだろう。もちろんいつも通り非公式かつ極秘裏の依頼だ。


「クロエ。

 今回の事件、あまりにも不可解な点が多すぎる。

 まるで、見えざる何者かが風を操り

 密室殺人を成し遂げたかのようだ。


 君のその『魔力効率学』の観点から

 何か我々が見落としている手がかりはないだろうか?

 このままでは迷宮入りは必至だ。


 そして何よりも王都の治安に対する

 市民の信頼が失墜してしまう」


 アランの声には珍しく、焦りと疲労の色が濃く滲んでいた。彼は連日この難事件の捜査に忙殺され、十分な休息も取れていないようだった。


 クロエは内心では即座に断りたい衝動に駆られた。


「私の専門は魔力効率学であり

 警察業務でも探偵業務でも

 ミステリー小説のトリックネタバレ投稿で

 自己顕示欲を満たすことでもありません。


 死者を弔う心は持ち合わせていますが、

 私の貴重なアフターファイブの時間を

 他人の非効率な死の後始末に費やすのは

 いささか、私の信念からは距離があります」


 しかも被害者は自業自得の可能性が高い。強欲な男爵の非業の死に興味は持てなかったが、現場に残されていたという「清浄な風の魔力の残滓」はクロエの好奇心を掻き立てるものがあった。


 清浄な魔力と、他人を殺害するという邪悪な意図。完全に対照的なものがなぜ——。


 そしてアランからの追加情報。その魔力パターンの中に、ごく微弱ながらも過去に「叡智探求の兄弟団」のメンバーが使用していた古代の風属性魔導書の痕跡と僅かな類似性が見られるというのだ。


 その魔導書は対象の周囲の気圧を局所的に操作し、真空状態や逆に超高圧の空気弾を作り出すことを可能にするという極めて危険な代物だという。


 これにはさすがのクロエも、知的好奇心という『非効率な謎への挑戦欲』が刺激されたということを否定できなかった。


(もしこの事件の背後に、またしても

 兄弟団の影が潜んでいるのだとしたら……?

 彼らは一体何を企んでいるのか?


 そしてなぜこのような

 一見すると無意味で効率の悪い方法で

 一人の武器商人ごときを排除しようとしたのか……?


 そこには何か、我々がまだ気づいていない

 より大きな目的が隠されているのかもしれない……)


 クロエはこの事件の調査に限定的ながらも協力することを、不承不承ながらも承諾した。


 もちろん条件は「調査は私の定時までに可能な範囲で行うこと。そして私の分析結果と推理が必ずしも事件解決に繋がるという保証はしないこと」。


 アランはそのあまりにもドライな条件に苦笑しつつも、他に頼る()()がなく、それを了承した。



 クロエはアランと共に、事件現場となった男爵の屋敷を訪れた。そこは悪趣味なまでに豪華絢爛な調度品で埋め尽くされている一方で、どこか空虚で死の匂いが漂う陰鬱な空間だった。


 問題の密室となった書斎は騎士団によって厳重に封鎖されていたが、アランと同行していれば特殊な許可を求められることもなく、内部に足を踏み入れることが出来た。


 部屋の中は窓ガラスが粉々に砕け散って書物や書類が床に散乱している以外は、特に争ったような形跡は見られない。


 男爵の死体は既に検死のために運び出されていた。彼が最後に座っていたと思われる豪奢な革張りの椅子には、まだ微かに彼の恐怖と絶望の残留思念が感じられた。


 クロエはアナリティカル・レンズで部屋の隅々まで、そして窓ガラスの破片一つ一つに至るまで詳細にスキャンし分析を開始した。


「……なるほど。

 窓ガラスは確かに内側からの

 極めて強力でかつ指向性の高い『圧力』によって

 破壊されていますね。


 爆発物や物理的な衝撃によるものではありません。

 そしてこの部屋に残る風の魔力残滓……


 これは通常の風魔法とは異なり

 極めて高密度に圧縮されたうえで

 特定の『ベクトル』を持って操作された痕跡が

 見られます。


 まるで不可視の『空気の槍』か

 あるいは『真空の刃』のようなものが

 この部屋の中で生成され

 そして男爵を襲ったかのようです」


 クロエの分析はまさにアランが抱いていた疑念を裏付けるものだった。


「だがクロエ。

 それだけでは説明がつかない。


 もし犯人が室内にいて

 そのような魔法を使ったのだとしたら

 どうやって密室を作り上げたのだ?


 そして犯人自身の痕跡が

 なぜ一切残っていないのだ?」


 アランが鋭く問いかける。


「……確かに、そこがこの事件の最大の謎ですね。

 ですがアランさん。

 あなたは一つ重要な可能性を見落としています。


 もし犯人が最初から

 『人間』ではなかったとしたら……?


 あるいは人間の姿をしていても

 その『存在』そのものが、我々の常識とは異なる

 特殊なものであったとしたら……?」


 クロエはそう言うと、書斎の壁の一点、ちょうど男爵が座っていた椅子の頭部の高さにあたる部分を指差した。


 そこには肉眼ではほとんど見えないがアナリティカル・レンズの超高感度センサーだけが捉えることのできる、極めて微細な金属質の光沢を放つ「何か」が数本、壁に突き刺さっているのが確認できた。


 まるで蜘蛛の糸のようだ。


「これは……!?」


 アランもその存在に気づき、息を呑んだ。


「……おそらく。

 これは兄弟団が以前の『魂なきマリオネット事件』で

 用いた技術のさらなる応用でしょう。

 

 彼らは極めて精巧で

 かつ人間と見分けがつかないほどの

 自律型の暗殺用魔導人形を開発した。


 それにあの古代の風属性魔導書の力を組み込み

 この犯行を実行させたのではないでしょうか。


 人形ならば人間には不可能な方法で密室に侵入し

 そして痕跡を残さずに任務を遂行することも

 可能でしょう。


 そしてこの壁に残る微細な金属繊維は

 おそらくその人形が任務完了後に自己分解

 あるいは小型の転移魔法で離脱する際に

 僅かに残した『残骸』の一部……」

 

 クロエのその推理はあまりにも大胆で、そして恐ろしいものだった。だがそれは、不可解な密室殺人の謎を全て合理的に説明できる唯一の仮説でもあった。


 アランはしばらく言葉を失っていたが、やがて苦々しげに呟いた。


「……兄弟団め。

 ……非人道的的とは言え、そこまで高い技術力を

 こんな下劣な暗殺のために使うとは……!

 断じて許せん!」


「ええ。ですがアランさん。

 今は感情的になっている場合ではありません。


 もし私のこの推理が正しいとすれば

 彼らはこの暗殺用魔導人形を他にも

 複数体保有している可能性があります。


 次なるターゲットが誰になるのか……

 それは我々にはまだ予測できません。


 ですが一つだけ確かなことがあります。


 彼らはこのカルドニア王国で何か

 とてつもなく大きな『混乱』を

 引き起こそうとしている。


 そのために邪魔になる可能性のある人物を一人

 また一人と確実に、

 効率的に排除しようとしているのです」


 クロエの翠色の瞳には冷たい怒りの光と、そしてこの見えざる敵とのより困難で知的な戦いへの新たな決意が燃え上がっていた。



 その日のアフターファイブ。クロエは事件のことで頭がいっぱいになり、楽しみにしていたブックカフェの新作スコーンの味もどこか上の空だった。


 しかし彼女の脳内では既に、兄弟団の次なる行動パターンと彼らが使用するであろう暗殺用魔導人形の弱点、そしてそれに対抗するための最適化された迎撃システムの設計が猛烈な速度で構築され始めていた。


 彼女の「名探偵」としての思わぬ才能の開花は、あるいはこの世界の非効率な悪を根絶するための新たな武器となるのかもしれない。


 もちろん、そこにどんなに世の中からのニーズがあったとしても、そのための残業は彼女の信条に反するものである。

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