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第68話: 模倣犯たちの狂騒と歪んだ自己実現

 忘れられた地下街での一件から数日。


 クロエ・ワークライフは天文台の秘密アジトで、これまでに収集した「叡智探求の兄弟団フラタニタス・サピエンティアエ」に関する情報と、彼らが関与したと思われるいくつかの事件の関連性を改めて詳細に分析していた。


 ページのない魔導書、暴走自動書記人形、囁きの肖像画、歌うマンドラゴラ、魂なきマリオネット、そして今回の地下街の残響。これらの情報から、彼らの真の目的と次なる行動を予測しようと試みていた。


 壁一面に投影された複雑な相関図とタイムライン。無数の情報がクロエの脳内で高速で処理され、意味のあるパターンとして再構築されていく。


(やはり……これまでの事件は全て繋がっていますね。

 禁書庫から流出した、

 あるいは兄弟団が独自に再現した古代魔導書や

 禁断技術の『実験』と『実証』。


 その過程で得られたデータの収集と

 我々——特に私ですが、その対処能力の分析。


 彼らはまるで、何か巨大な計画の『準備段階』として

 これらの小規模な事件を意図的に、段階的に

 引き起こしているかのように見えます。


 最終目的は古代兵器『ヘキサグラマトン』の復活と

 それによる『世界の破壊と創造』——といったところ

 でしょうか……?


 ですが、そのためにはまだいくつかの

 重要な『ピース』が足りないはずです。


 彼らは次に何を狙ってくるのか……?)



 クロエが思考の迷宮に深く沈み込んでいた、まさにその時。アジトの警報システムが鳴り響いた。


 何者かがこの隠れ家への不正アクセスを試みている。それも極めて高度な、魔術的・物理的な複合ハッキング技術で。


「……ようやく、お出ましですか。

 待ちくたびれましたよ、兄弟団の皆さん。


 それとも、今回はもう少し『大物』が

 釣れたのでしょうか?」


 クロエは一切の動揺を見せず、冷静に迎撃準備を開始した。


 しかしその直後。アジトのメインコンソールに、アラン・クルツからの緊急通信が叩き込まれた。彼の声はいつになく切迫し、そして怒りに震えていた。


『クロエ! 大変だ!

 王都各地で、ここ数時間のうちに

 過去に我々が解決した事件と酷似した

 新たな事件が同時多発的に発生している。


 歌うマンドラゴラ事件や自動書記人形事件

 魂なきマリオネット事件も——

 手口も使用された魔力パターンも酷似している!

 

 だが、今回の模倣はあまりにも不完全で稚拙だ。


 その結果、被害はオリジナルよりも遥かに拡大し

 多くの無関係な市民が深刻なパニックと

 物理的な危険に晒されている!


 これは……これは、単なる模倣犯の仕業ではない!

 何者かが意図的に、

 我々の解決した事件をより悪質な形で『再現』し

 王都に混乱を引き起こし

 そして何よりも我々、特に君の評判を

 貶めようとしている!』


「私の、完璧に最適化された事件解決プロセスと 

 その後の情報管理プロトコルを稚拙な形で模倣し 

 あまつさえ被害を拡大させるとは……!


 断じて、許しがたい愚行です!


 これは私のプロフェッショナリズムと

 定時退社に対する明確な挑戦と受け取りました」


 クロエの表情からいつもの冷静さが消え、代わりに氷のように冷たく燃えるような怒りの光が宿った。


 それは彼女が心の底から大切にしている「効率」と「秩序」、そして何よりも「完璧な仕事」という美学を土足で踏みにじられたことに対する、プロフェッショナルとしての純粋な憤りだった。


 クロエは即座にアランと情報共有を開始。王都各地で発生している模倣事件の現場状況、被害の規模、そして犯行に使われている魔力パターンの詳細なデータをリアルタイムで収集・分析し始めた。


 その結果、驚くべき事実が判明した。


 模倣犯は複数存在しており、兄弟団から流出した不完全な魔導書複製技術と、クロエたちが過去に作成した事件調書を元に犯行を繰り返しているらしかった。


 「流出した」といっても、それは兄弟団が意図的に情報を流出させたもの——より危険な形でリークしたものである可能性が高かった。


 事件調書は魔術師団のデータベースに保管されていたはずだが、何者かによって不正アクセスされ外部に情報漏洩した疑いが濃厚だった。


 彼らは愉快犯的に、あるいは何らかの歪んだ思想に基づいてこの連続模倣事件を引き起こしている。


 さらに模倣犯たちは、魔法世界のSNSや非合法な魔導掲示板上で「叡智の継承者」や「真理の代行者」、「クロエ・ワークライフを超える者」などと自称し、自分たちの犯行を誇示し注目を集めようとしていた。


 クロエが解決したオリジナルの事件を「芸術的」と歪んだ形で称賛しつつも、「我々がそれをさらに刺激的に、そして『大衆にも分かりやすく』改良してやったのだ」などと言い出す始末だった。


「……なるほど。

 これは兄弟団による、極めて悪質で計算され尽くした

 『情報戦』の一環ということでしょうか。


 彼らは模倣犯たちを意図的に扇動し

 王都に混乱を引き起こす。

 それによって我々の注意をそちらに向けさせ

 その間に何か別のより重要な計画を進行させよう

 としている。


 同時に、私の社会的信用を失墜させ

 私を孤立させようと目論んでいる。

 ——そんなところでしょう。


 ですが、その稚拙な模倣と

 自己顕示欲に満ちた行動パターンは

 逆に言えば彼らを特定し一網打尽にするための

 絶好の『手がかり』ともなり得ます」


 クロエは模倣犯たちがSNSに残した魔導フットプリントと、彼らが犯行に使った不完全な魔術の痕跡を徹底的に解析し始めた。


 魔力痕跡、使用言語の癖、投稿時間帯のパターンなどだ。自身の持つ全ての情報分析ツールと、自作のプロファイリングシステムを駆使するクロエ。


 数時間後。


 クロエは驚異的な速さで、複数の模倣犯グループのリーダー格の正体と、彼らがアジトとして利用している王都の廃墟ビルの一室の正確な座標を完全に特定することに成功した。


「アランさん、バーンズさん。

 ターゲット捕捉完了しました。

 これより速やかに『害虫駆除』を開始します。


 リリィさん。

 あなたは後方から彼らの通信傍受と逃走経路の予測、

 そして万が一の際のバックアップをお願いします。


 今回の目的は模倣犯たちの捕縛と

 彼らに情報を流した兄弟団の連絡員の特定。

 そして何よりも、

 私の完璧な事件解決プロセスを汚したことに対する

 徹底的な『お説教』です。


 もちろん、定時までに全てを終わらせますが」


 クロエの言葉にはいつもの冷静さに加えてほんの少しだけ、「プロの仕事」を邪魔されたことに対する容赦のない怒りが込められていた。



 廃墟ビルへの突入はまさに電光石火だった。アランが先行し、隠密行動で見張りたちを無力化。バーンズがクロエの指示通り、破壊力を最小限に抑えた威嚇攻撃でアジト内部の模倣犯たちを混乱させ、確実に相手の戦意を喪失させる。


 そこにクロエがすっと現れ、彼らが最後の抵抗として発動しようとした不完全で危険な古代魔法の術式をその場で瞬時に解析。カウンター魔法で無効化した。


 こうしてあっという間にアジトは制圧され、十数名の模倣犯たちがクロエの前に引き据えられた。


 模倣犯たちは若者だった。現実社会に何らかの不満やコンプレックスを抱えており、兄弟団の甘言に乗せられてこの愚かな犯行に手を染めた、未熟な魔術師の卵たちだったのだ。


 クロエは彼ら一人一人を、まるで査定でもするかのように冷徹に、どこか哀れみを含んだ眼差しで見つめると、静かに、厳しく説くのだった。


「あなたたちがやったことは

 単なる模倣や悪戯ではありません。


 情報の価値も他者の努力も、

 自分自身の才能の可能性すらも理解せずに

 ただ他者の模倣で自己満足に浸り

 結果として多くの無関係な人々に

 多大な迷惑と恐怖を与えたという

 創造性のない唾棄(だき)すべき愚行です。


 もしあなたたちに

 本当に何かを変えたいという意志があるのなら

 そして

 自分自身の価値を証明したいという欲求があるのなら


 その有り余るエネルギーを

 他者を傷つけるためではなく

 自己研鑽と社会への具体的な貢献へと向けなさい。

 それがあなたたちがこの過ちから学び

 真に成長するための唯一の道です。


 ……まあ、もちろんそのための具体的な行動計画と

 進捗管理については

 私が特別に——もちろん有料で

 コンサルティングして差し上げても構いませんが?」


 クロエのド正論と、どこか商魂たくましい説教に、模倣犯たちはただただ呆然とし、心からの反省とほんの少しの恐怖を覚えるしかなかった。



 事件解決後。魔術師団内部の情報管理体制の甘さに対し、クロエが改善提案書を団長に叩きつけた。


なぜ、また誰によってクロエたちの事件調書が漏洩したのか。それに関する調査と処罰の提言も含む、全500ページに及ぶ詳細なものだ。


団長は顔面蒼白になりながらも、なぜかそれを即日受理させたのは言うまでもない。


 疲労困憊のクロエは、自分への最高のご褒美としてパティスリー「ラ・レジェンド」のモンブランの元に駆け付けた。


幸運にも予約できたのは、一日五個限定「模倣厳禁!オリジナル・モンブラン~叡智の結晶仕立て~」。王都で最も入手困難と言われる逸品の一つだ。口にすると至福の時間が過ぎていく。


 ——だがもちろん、モンブランの影では恐るべき計画が静かだが着実に進行していた。

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