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第59話: 業務効率化委員会という非効率な委員会と、変わらぬ日常

 レガシー・コロッサス事件からしばしの月日が流れただろうか——


 カルドニア王国はクロエ・ワークライフとその仲間たちの活躍、そして国内外からの支援によって驚くべき速さで復興を遂げ、徐々にではあるが、かつての平穏と活気を取り戻しつつあった。


 ヴァロワール元宰相とその一派は、クロエが提供した膨大なデータがその公正さを担保した正式な裁判によって、その罪状に応じた然るべき処罰を受け、二度と王国の政治に関わることはできなくなった。


 魔術師団や王宮では、今回の未曾有の危機と組織内部の腐敗に対する深い反省から「業務効率化及び危機管理体制刷新委員会」なるものが、鳴り物入りで発足した。


 その初代議長には、なぜか今回の事件で英雄的な活躍(主に防御面で)を見せたバーンズ・ゲイルが、周囲からの(半ば強引な)推薦によって祭り上げられ、そして書記には、その実直さと分析能力を買われたリリィ・プランケットが任命されていた。


 しかしその「業務効率化及び危機管理体制刷新委員会」の議論は、クロエの目から見れば相変わらず非効率の極みであった。


「だから!

 書類の電子化とペーパーレス化は

 初期投資こそかかるが

 長期的には大幅なコスト削減と

 業務効率の向上に繋がるんだ!

 なぜそれが分かんないんだ!」


「しかしバーンズ君。

 伝統ある羊皮紙の記録には

 それなりの意味と重みがあってだな……

 それに全ての魔術師が

 最新の魔導端末を使いこなせるとは、

 限らんのだよ……」


「第一、予算が……前例が……」


 委員会の会議室からは今日もまた、バーンズの熱意に満ちた怒声と、旧体制派の長老たちの、のらりくらりとした反対意見が、延々とラリーを繰り広げているのが聞こえてくる。


 リリィはその両者の間で、必死に議事録を取りながら時折、バーンズを援護するための的確なデータや資料を提示し、健気に奮闘しているようだった。


 アラン・クルツは騎士団情報部のトップに抜擢され、今回の事件の教訓を活かして情報公開の推進と不正監視システムの強化に尽力していた。


 彼は時折、例の「バーンズ仕切りの不毛な委員会」にもオブザーバーとして参加し、その冷静な分析と的確な助言で、議論の軌道修正を試みてはいたが、長年染み付いた組織の悪習は、そう簡単には変わらないようだった。


 シオン・アークライトは相変わらず神出鬼没で、気が向いた時にだけ委員会にふらりと現れては、誰も思いつかないような斬新で面白い提案(とほんの少しの混乱)を撒き散らし、そしてまた煙のように姿を消すという、自由奔放なスタイルを貫いていた。あまりにもフリーダムである。



 数日後。


 魔術師団庁舎の一室ではクライン課長が山のような証拠書類を突きつけられ、血の気の引いた顔で喚き散らしていた。


「ば、馬鹿な!

 これは何かの間違いだ!

 私は何も知らん!


 全てはヴァロワール様が!

 いや、ワークライフだ!

 あの女が私を陥れようと!」


 しかし彼の見苦しい言い訳は誰にも聞き入れられず、周囲の同僚たちからは冷ややかな視線が注がれるばかり。


 かつての威勢は見る影もなく、彼はただ自身の招いた破滅を前に、無様に狼狽えることしかできなかった。


 クロエ・ワークライフが、その光景をどこかの情報端末で(もちろん業務時間外に、ほんの数秒だけ)確認し、小さく「非効率な人間の末路としては、ある意味で最適化された結果ですね」と呟いたかどうかは——定かではない。


 これが決定打となり、これまでヴァロワールに媚びへつらってクロエを陥れようとしていたクライン課長は、逆にヴァロワールの不正に加担していた共犯者としての疑惑をかけられ、全ての地位と権限を剥奪され、失脚。


 後に、辺境の閑職へと左遷(という名の事実上の追放処分)されることがほぼ確定した。まさに因果応報。自業自得の末路だった。


 そしてクロエ・ワークライフは——といえば。


 彼女はもちろん「バーンズと長老が延々と噛み合わない主張でラリーする委員会」には一切参加していなかった。


 彼女は相変わらず定時ジャストで魔術師団(彼女は一連の騒動の後も結局元の部署に戻り、以前と変わらぬ業務を淡々とこなしていた)を退勤し、ある意味で熱い委員会の会議室の横を涼しい顔で通り過ぎながら、その非効率な議論の様子を(ほんの少しだけ面白がりながら)横目で観察しているだけだった。


「……まあ、彼らが自分たちの力で

 少しでも、この組織の非効率性を改善しようと

 努力しているのであれば、

 それはそれで良い傾向なのかもしれませんね。


 もちろん、

 私が直接手を貸すつもりは毛頭ありませんが。


 私の専門は、あくまで実践と

 そしてアフターファイブの充実ですから」



 ある日の定時後。


 クロエは珍しくリリィとバーンズ、そしてアランを誘って(シオンはまたどこかへ「面白いもの」を探しに行って不在だった)王都の隠れ家カフェ「静寂(しじま)のインク壺」を訪れていた。


「委員会。

 相変わらず大変そうですね、バーンズ議長殿?」


 クロエがわざとらしくそう言うと、


「誰が議長だ! ——いや俺が議長か……


 そんなことより

 お前が少しでも手伝ってくれれば

 もっと効率的に進むんだぞ!


 この、定時退社の魔法使いめ!」


 と、いつものように怒鳴り返してきたが、その声には以前のような刺々しさはなく、むしろどこか親しみが込められているように感じられた。


「私の専門は問題解決の実践であり、

 非効率な会議への参加ではありませんので

 悪しからず。


 ですがもし、具体的な業務プロセス改善に関する

 コンサルティングをご希望でしたら

 まだ設立していませんが……

 私の個人事務所を通じて

 有料にて承ることも可能ですよ?


 もちろん料金は時間単位で

 ——いえ、ここはひとつ『秒単位』で、

 きっちり請求させていただきますが」


「この——

 定時退社の守銭奴魔法使いめ!」


 そんな彼ららしい、和やかで、そしてどこか「非効率」な会話が、カフェの落ち着いた空間に響き渡る。


 クロエは、マスターが淹れてくれたいつもの「深淵の静寂(しじま)」を味わいながら、ふと窓の外の夕焼け空を見上げた。


 戦いは終わった。しかし、日常は続く。


 いや——戦いが終わったからこそ、日常が続くのかもしれない。


 そして日常の中には、相変わらず多くの非効率と、理不尽と、そしてほんの少しの、愛すべき人間臭さが満ち溢れている。


 そんな日常を、これからも自分らしく効率的に、そして何よりもアフターファイブを最大限に楽しみながら生きていくのかもしれない、などとクロエは考えていた。


 彼女の何かが惹きつけたのか、傍らにはいつの間にか、かけがえのない仲間たちの姿があった。


 彼らとの「非効率」な時間は、もはやクロエの人生にとって、なくてはならない大切な一部となっているのかもしれない。



 そうこうするうちにマスターが、奥から、最近クロエが夢中になっている「古代文明の超難解な知恵の輪」のさらに新しいバージョンを持ってきた。


「クロエさん。

 また新しいのが手に入りましたよ。

 これはかなり難しいようですが……

 挑戦してみますか?」


「ええ、ぜひ。

 私のこの完璧なアフターファイブを

 さらに充実させてくれそうですね」


 クロエは楽しげに微笑みながら、その新たな「非効率な時間の塊」を嬉しそうに受け取るのだった。

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