第58話: 戦後処理とクロエの現実的請求
レガシー・コロッサスの脅威が去り、宰相のヴァロワールの狂気的な野望が打ち砕かれた後。
カルドニア王都には、混乱と破壊の爪痕は深く残ってはいたものの、それと同時に、新たな時代の夜明けを予感させるような穏やかな光が差し込み始めていた。
レガシー・コロッサスは、クロエの最後の誘導によって幸いにも市街地への被害を最小限に抑える形で、王宮の庭園跡地に横たわるようにして完全に沈黙した。そのおかげで、そこに巨大なクレーターのようなものが出来てはいたが。
コロッサスの姿は、かつての威容を失い、ただの巨大な鉄と岩の塊となっていたが、同時に二度とこのような悲劇を繰り返してはならないという、無言の教訓を人々に示している遺構のようでもあった。
ヴァロワール本人と「黄昏の秘文字」の主要な残党たちはアラン・クルツ率いる騎士団の有志によって捕縛され、厳重な監視下に置かれた。
彼らの処遇については、今後新たに発足するという『暫定統治評議会』によって、時間をかけて慎重に決定されることになるだろう。
クロエ・ワークライフとその仲間たちの活躍は当初は「国家反逆者」として汚名を着せられていたものの、ヴァロワールの計画の全貌が明らかになるにつれて、一転して「王国を救った英雄」として正式に布告され、称えられることになった。
彼女たちがリークした情報と勇敢な行動がなければ、カルドニア王国は——いや世界そのものが取り返しのつかない破滅を、迎えていたかもしれないのだから。
王宮では、戦後処理と新たな統治体制の構築に向けた協議が、急ピッチで始められていた。
クロエもまた、その英雄的行為を称えるための叙勲式典や、祝賀会への参加を王宮の使者から丁重に(そして半ば強制的に)要請された。
しかし数日間の休養(という名の自宅ラボでの魔力回復と破損した魔道具の自己修復作業)を経て、ようやく公の場に姿を現したクロエの口から出た言葉は、使者たちの期待を、ある意味で見事に裏切るものだった。
「叙勲及び祝賀会への参加ですか?
大変名誉なことではございますが
残念ながら
そのような非生産的かつ時間拘束の
長い催し物に参加する予定は
現在のところございません。
私のスケジュールは
今後数ヶ月先まで、個人的な研究と
アフターファイブの充実のための予定で
既に完全に埋まっておりますので」
クロエは、一切の悪びれる様子もなく、にこやかに、しかしきっぱりとそう言い放った。
「それよりもむしろ、
私から王宮に対していくつか……
申請及び請求させて頂きたい事項がございます。
まず、今回の事件解決に際して
私が個人的に設計・開発・使用した各種特殊魔道具の
破損及び消耗に対する、正当な補償。
次に、作戦行動中に発生した
私の魔力及び精神力の過度な消耗に対する、
適切な医療費及び休養補償。
さらに、私の仲間たちが
今回の作戦遂行のために払った
多大な貢献と犠牲に対する然るべき報奨金の支払い。
そして何よりも私が——
本来の定時退社時間を大幅に超過して
王国の危機回避のために
尽力せざるを得なかったことに対する、
適正な時間外特別割増手当の
可及的速やかなる支給を、強く要求いたします」
クロエはそう言うと、どこからともなく取り出した分厚い羊皮紙の束を、呆気に取られている王宮の使者に丁重に手渡した。
その束は、彼女が今回の事件解決に要したありとあらゆる経費の記録と、時間外労働時間を秒単位で記録し、法的根拠と詳細な計算式まで添付した完璧な請求書だった。
「詳細につきましては
こちらの書類に全て記載してございます。
ご確認の上、期日までに
私の代理人を務めます法務専門の
魔導ギルドを通じて
後日正式な請求書を送付させていただきますので、
そちらに記載の指定口座へ
カルドニア王国リール通貨
もしくは当方が別途指定する現物資産にて
速やかにお支払いいただけますよう
よろしくお願い申し上げます。
もし支払いが遅延するような
非効率な事態が発生した場合には
残念ながら、年利15%の遅延損害金を
加算させていただくことになりますのでその点、
あらかじめご留意ください」
王宮の使者たちは、クロエのそのあまりにも現実的で、ある意味で強欲とも言える要求に言葉を失い、ただ唖然とするしかなかった。
彼らが想像していた「救国の英雄」の姿とはあまりにもかけ離れていた。
しかしクロエにとっては、これは当然の権利であり、そして何よりも、彼女の「効率主義」と「ワークライフバランス」の哲学に基づいた、正当な行動だった。
「これでようやく——心置きなく、
私の愛すべき定時退社ライフに戻れそうですね。
もちろん請求した金額が、
全額、期日通りに支払われるまでは、
油断はできませんが」
請求書の金額が、彼女の予想を僅かに上回る額になったことについて、クロエは少しだけ満足げな表情を浮かべると、颯爽と王宮を後にするのだった。
彼女の戦いは確かに終わった。
しかし彼女の「日常」と「アフターファイブ」を守るための、新たな戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。




