第51話: 最後の回廊、ヴァロワールの守護者たち
外部からの障害をほぼ全て排除し、レガシー・コロッサスの機能も一部ながら麻痺させることに成功したクロエ・ワークライフとその仲間たち。
彼らの最終目標はただ一つ。王宮最上階、玉座の間に陣取るヴァロワール本人を打倒し、コロッサスの完全な制御を奪い、その暴走を完全に停止させること。
「…いよいよ最後の仕事ですね。
ここまで来たら、もう感傷も迷いもありません。
ただ効率的に、そして確実に、
この非効率な状況に終止符を打つのみです」
クロエはオプティマイザー・ロッドを握る手に力を込め、最終決戦の舞台となる玉座の間へと続く、長く荘厳な回廊を仲間たちと共に進んでいた。
しかしヴァロワールもまた、そう簡単には彼らを玉座へとは辿り着かせなかった。
◇
回廊を進むにつれてクロエたちは、ヴァロワールが放つ強大で禍々しい魔力が空間そのものを歪ませ、まるで重く粘り気のある水の中を進むかのように、歩くだけでも激しい体力と精神力を消耗させられるのを感じた。
これはヴァロワールがレガシー・コロッサスと半ば融合し、その莫大なエネルギーを自身の魔力として取り込み始めている証拠でもあった。
「くっ……!
なんだこのプレッシャーは……!
まるで空気が鉛になったみたいだぜ……!」
バーンズが苦しげに顔を歪める。
「おそらくヴァロワールがコロッサスの力を利用して、
この空間一帯に、指向性の重力場のようなものを
形成しているのでしょう。
厄介ですが進むしかありません」
クロエは冷静に分析する。
そしてその行く手を阻むように、ヴァロワールが最後の抵抗として放ったであろう恐るべき守護者たちが姿を現した。
まず回廊の壁や床からまるで亡霊のように、黒い靄を纏った人型の影が無数に滲み出してきた。
それらはかつてヴァロワールに忠誠を誓い、そして彼の計画のために命を落とした結社の幹部たちの怨念が魔法的に実体化したものか、あるいは彼が禁断の死霊術を用いて呼び出したアンデッドの軍勢のようだった。
軍勢は、生前の戦闘技術を保持したまま痛みも恐怖も感じることなく、ただクロエたちに襲いかかってくる。
さらに回廊の奥からは、全身が黒曜石のような硬質装甲で覆われ、両腕に巨大な回転刃を備えた、全長数メートルはあろうかという自律型の強力なガーディアンゴーレムが、重々しい足音を立てて複数体出現した。
それらはおそらく「王立先進魔導研究所」で開発された、最新鋭の戦闘兵器である。
動きは俊敏かつ正確で、並の魔術師では太刀打ちできないほどの戦闘能力を秘めている。
「……最後の障害といったところですか。
数も質も、これまでの敵とは比較になりませんね。
ですが我々には、
もう後退という選択肢はありません」
クロエは迫り来る絶望的な戦力を前にしても、一切怯むことなく仲間たちに指示を飛ばす。
「バーンズさん、アランさん!
あなた方はあの、
ガーディアンゴーレムの足止めをお願いします!
奴らの装甲は硬いですが
関節部と背面の冷却ユニットが弱点のはず!
連携してそこを集中攻撃してください!」
「シオンさん。
あなたは私と共に、あの亡霊どもを処理します!
奴らは物理攻撃が効きにくい可能性がありますが、
おそらく光属性や聖属性、
あるいは純粋な浄化系の魔力が弱点のはず!
あなたの古代魔法なら
何か有効な手段があるでしょう!」
『先輩! 私も援護します!
あの亡霊たちの魔力パターンを
解析して弱点属性を特定します!』
リリィの声も通信越しに届く。
——最後の総力戦が始まった。
バーンズとアランは互いに背中を預けながら、巨大なガーディアンゴーレムの群れに果敢に立ち向かう。
バーンズの渾身の爆裂魔法がゴーレムの注意を引きつけ、その隙にアランが高速で懐に飛び込み、弱点である関節部を的確に攻撃する。
何度も吹き飛ばされ、傷つきながらも彼らは決して諦めず、一歩も引かなかった。
クロエとシオンは無数の亡霊兵士たちを相手に、華麗な魔法戦を繰り広げる。クロエの最適化された光属性の魔法が亡霊たちを聖なる炎で焼き払い、シオンの予測不能な古代の言霊が、亡霊たちの存在そのものを霧散させていく。
リリィからの的確な情報支援も、彼らの戦いを有利に進める上で大きな助けとなった。
仲間たちは満身創痍になりながらも最後の力を振り絞り、互いを信じ、助け合い、そして——それぞれの役割を完璧に果たしていく。完璧な効率化。
まさに死闘だった。しかし彼らの心は、不思議なほどに澄み渡っていた。この戦いを乗り越えれば、必ずヴァロワールへと辿り着ける。そしてこの悪夢を終わらせることができるのだ、と。
「……道が、開けました……!」
数十分にも及ぶかと思われた激闘の末、ついに最後のガーディアンゴーレムが爆散し、最後の亡霊兵士が光の中に消え去った。
クロエたちの目の前には、荘厳な——だがしかし今は禍々しいオーラに包まれた、玉座の間へと続く巨大な扉だけが残されていた。
「行きましょう。ヴァロワールの元へ。
そしてこの非効率な戦いに、決着をつけましょう」
クロエは仲間たちにそう告げると、迷うことなくその重い扉へと手をかけた。