第37話: 絶望的状況と捨て身の作戦(案)
リリィ・プランケットがヴァロワールに攫われ、絶体絶命の状況に追い込まれたクロエ・ワークライフ。
ヴァロワールからの要求は、リリィの命と引き換えにクロエが持つレガシー・コロッサスに関する全ての情報を引き渡し、さらにクロエ自身が投降してコロッサスの制御補助を行うという、あまりにも屈辱的、かつ危険なものだった。
しかしクロエは、この絶望的な状況下でさえ決して諦めてはいなかった。彼女の頭脳は、既にこの危機を打開し、リリィを救出し、ヴァロワールの野望を打ち砕くための次なる一手、いや二手三手先までを読み切った「大胆な作戦」を構築し始めていた。
「……ヴァロワールの要求は一見すると、
我々にとって絶望的に不利なものに見えます。
ですが見方を変えれば、
これは彼が我々を——特に私を相当に警戒し、
そして追い詰められている証拠でもあります。
そして……
リリィさんには申し訳ないですが、
彼がリリィさんを『生きたまま』
必要としているという事実は、
我々にとって最大のチャンスとなり得る」
クロエは、天文台のアジトに残されたバーンズとシオンを前に、冷静に状況を分析し、彼女が立案した作戦の概要を説明し始めた。
アランは先の襲撃で負った傷がまだ完治しておらず、前線には立てそうにないが、後方からの情報支援は可能、といったところか。
「私がヴァロワールの要求に応じるフリをして、
単独で彼らの拠点
——おそらく、王宮に秘密裏に建造された、
コロッサスの制御施設でしょう。
そこに赴き、投降します。
そしてコロッサスの制御システムに
アクセスする際に、
私が事前に仕込んでおいた
特殊な魔導ウイルスを注入し、
システムを内部から破壊、あるいは暴走させ、
その混乱に乗じてリリィさんを救出し、
私も脱出する。
これが現時点で最も成功確率が高く、
かつ効率的なプランです」
クロエは淡々と、しかし一切の迷いもなくそう言い切った。それは、あまりにも危険で、そしてクロエ自身の犠牲を前提としたかのような、捨て身の作戦だった。
案の定バーンズが猛反対の声を上げた。
「馬鹿野郎!
そんな無茶な作戦が認められるか!
お前一人に、
そんな危険な場所に乗り込ませてたまるかよ!
リリィが攫われたのは、お前のだけせいじゃねえ!
俺たちが、もっとしっかりしていれば…!
俺たちの責任でもあるんだ!
だったら助けに行くのも、
全員で行くのが当たり前だろうが!」
バーンズの琥珀色の瞳には、クロエを心配する真摯な思いと、そして自分たちの不甲斐なさに対する強い怒りが燃えていた。
シオンもいつもの掴みどころのない様子ではなく、真剣な面持ちで口を開いた。
「クロエ。
君のその自己犠牲的な精神は、
ある意味では美しいかもしれないが、
今回のプランは、
あまりにも生還率が低いように思えるね。
君ほどの才能をこんな形で失うのは、
カルドニア王国にとって——いや、
この世界にとって、取り返しのつかない損失だよ。
それに僕としても、最高のエンターテインメントを、
こんな序盤で終わらせたくはないからね。
もう少しスマートで、そして全員が楽しめるような、
別の方法があるはずだ」
アランも通信魔法を通じて、苦渋に満ちた声でクロエを諭した。
『クロエ……君の覚悟は理解できる……が、
バーンズ君やシオン君の言う通りだ。
君が一人で全てを背負い込む必要はない。
我々は、仲間だろう?
最後まで共に戦わせてくれ。
必ず、別の道があるはずだ』
仲間たちの強い反対の言葉。そして彼らが自分を、これほどまでに深く信頼し、心配してくれているという、温かい思い。
それらが、クロエの頑なだった心をゆっくりと揺り動かした。
彼女は、自分が知らず知らずのうちに、「効率」という名の独善に陥り、仲間たちの力を信じることを忘れていたのかもしれない——と気づかされたのだ。
「……皆さん……」
クロエは、ふっと息を吐き、ほんの少しだけ困ったような、あるいはどこか嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべた。
「……分かりました。
私の判断は確かに少々非効率で、そして何よりも——
仲間を信頼していない、
独りよがりなものだったかもしれませんね。
ご指摘、感謝します」
彼女は無理やりロジカルに食い下がることもなく、素直に自分の非を認めた。彼女の中で、大きな変化が起きつつあるのかもしれない。
「では、プランBです。
いえ、プランC……
いえ、際限がないので、
プランΩ(オメガ)とでも名付けましょうか。
作戦目標は変わらず、
リリィさんの救出とヴァロワールの野望の阻止。
ただしその手段は、私一人ではなく、
ここにいる全員の力を結集し、
それぞれの能力を最大限に活かした、
最適化された連携オペレーションによって達成する。
これで、よろしいですね?」
クロエは、仲間たちの顔を一人一人見回しながら、力強く言った。
バーンズは「おう! それでこそ、俺たちの知ってるクロエ・ワークライフだ!」と破顔一笑。
シオンは「やれやれ、ようやく僕の出番が来たようだね。期待しているよ、コマンダー」と意味深な笑みを浮かべた。
アランもまた『……ああ、それが最善だ。皆で、必ずリリィを助け出す』と安堵の声を漏らした。
クロエは、仲間たちのその言葉と表情に改めて勇気づけられた。彼女はもう、孤独な戦いを強いられているわけではない。
信頼できる仲間たちと共に、この絶望的な状況を必ずや打開してみせるという、強い思いを抱いていた。
「では皆さん。
早速ですがオペレーションΩの
具体的な戦術構築に取り掛かりましょうか。
時間は限られています。
効率的にそして大胆に、
最高のプランを練り上げますよ」
クロエの翠色の瞳には再び、冷静な分析力と揺るぎない決意の光が宿っていた。そしてその奥には、仲間への深い信頼と、共に未来を切り開くことへの、確かな希望が輝いていた。
チーム全員での、最後にして最大の戦いが、今、始まろうとしていた。




