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第35話: 効率主義者の迷いと仲間たちの絆

 エリオット・グレイワンドから、ヴァロワールの過去と「レガシー・コロッサス」に関する衝撃的な情報を得たクロエ・ワークライフ。


 彼女の胸中には、ヴァロワールに対する怒りと、彼を止めねばならないという使命感が、これまで以上に強く燃え上がっていた。


 しかし同時に、彼女の心の中には、もう一つ別の感情も芽生え始めていた。


 それは、ヴァロワールが抱いた「この世界の非効率性への絶望」に対する、ほんの僅かな、しかし否定しきれない()()だった。


 クロエ自身もまた、日々、職場の非効率なシステムや理不尽な人間関係に辟易し、それを「効率」という名の力で排除しコントロールしたいと願ってきた。


 その根底にあるものは、もしかしたらヴァロワールが抱いた絶望とどこか地続きだったのかもしれない。


 もし自分があの時、友人を失うという決定的な悲劇を経験していなかったら?

 もし自分に、ヴァロワールほどの強大な力と世界を変える手段があったとしたら?


 自分もまた彼と同じように「効率」という名の狂気に囚われていたのではないだろうか…?


 普段の彼女からは考えられないような弱気で内省的な思考が、クロエの心を揺さぶり始めていた。


 彼女はその動揺を誰にも悟られまいと、天文台のアジトに戻ってからは、一人で黙々と情報分析と作戦立案に没頭し、バーンズやリリィ(彼女は定期的に食料や情報を持ってアジトを訪れていた)に対してもどこか壁を作り、距離を置こうとしているように見えた。


「私がしっかりしなければ……

 私が全てを効率的に判断し、実行しなければ……

 感情などに流されている場合ではない……」


 クロエは自分にそう言い聞かせるように、さらに作業に没頭しようとした。


 しかしそんなクロエの微妙な変化を、リリィ・プランケットは見逃さなかった。


 彼女は、クロエが淹れてくれたハーブティー(相変わらず完璧な温度と抽出時間だが、どこか今日のそれはいつもの香りがしないように感じられた)を一口飲むと——心配そうにクロエの顔を覗き込んだ。


「先輩……恐縮なんですが……

 あの、何か、

 思い詰めていらっしゃるのではありませんか……?


 なんだか今日の先輩、

 いつもの先輩と少しだけ違うような気がして……」


 リリィのその言葉に、クロエは一瞬、翠色の瞳がわずかに大きくなり、虚を突かれたような表情を見せた。が、すぐにいつもの冷静な仮面を被り直そうとした。


「……気のせいですよ、リリィさん。

 私はいつも通り効率的に

 すべきことを遂行しているだけです。

 あなたこそ、余計な詮索は非効率ですよ」


「でも……!」


 リリィは食い下がった。


「先輩!

 私たちは、ただの部下と上司じゃないですよね……?

 私たちは、仲間……ですよね?


 もし先輩が何か一人で抱え込んで

 苦しんでいるのなら、

 私にできることがあれば、

 何でも言ってください!


 私は、先輩の役に立ちたいんです!」


 リリィの真っ直ぐで純粋な言葉が、クロエの心の壁に小さなひびを入れた。


 そこへ、アジトの入り口を見張っていたバーンズがリリィの声を聞きつけて入ってきた。


「おい、ワークライフ! リリィの言う通りだぜ!


 なんだか今日のてめえは、

 いつにも増して、こう……近寄りがたいっつーか、

 一人で突っ走ろうとしてる感じがするんだよな!


 俺たちだって、お前の足手まといに

 ばかりなってるわけじゃねえはずだ!


 少しは、頼ってくれてもいいんじゃねえのか!」


 バーンズの言葉は、相変わらず不器用で乱暴だ。しかも熱血漢らしく、本のんも気づかないうちに、たくましい右腕は拳を握って力がこもっていたが、以前とは明らかに違うクロエへの信頼と、仲間としての気遣いが込められているのが感じられた。


 アジトのテーブルの上にはリリィが先ほど持ってきてくれた、手作りの(そして少しだけ形が不格好な)リンゴのパウンドケーキ。


 バーンズが、おそらくクロエの好みをリリィにこっそり聞いて買ってきたであろう、王都の高級店の少し珍しいフレーバーの紅茶の缶もさりげなく置かれている。


 それらは、クロエの言う「効率」という観点から見れば、全く不要なものかもしれない。いや、むしろ非効率であろう。


 しかしそこには、計算では測れない温かい「何か」が確かに存在していた。


 仲間たちの真っ直ぐな言葉。さりげない気遣い。そしてこの、非効率だがどこまでも温かい空間。


 それらが、クロエの心の奥底にあった固く凍りついていた何かを、ゆっくりと、しかし確実に溶かしていくのを感じた。


「……ありがとうございます。

 リリィさん、バーンズさん」


 クロエは、ふっと肩の力を抜いて珍しく弱々しい、しかしどこか安堵したような微笑みを浮かべた。


「少し……迷っていました。

 私が進もうとしている道が、

 本当に正しいのかどうか……


 私が信じている『効率』というものが、

 もしかしたら、

 あの男と同じ過ちを犯す危険性を

 孕んでいるのではないか——と」


 そしてクロエは、エリオットから聞いたヴァロワールの過去、彼が抱いた絶望、そして自分自身が感じた共感と葛藤を、包み隠さず正直に仲間たちに打ち明けた。


 それは、普段の彼女からは考えられないほど、感情的で人間臭い告白だった。



 リリィはクロエの話を涙ながらに聞き入り、バーンズは黙って、真剣な眼差しで彼女の言葉に耳を傾けていた。


 全てを話し終えたクロエは、どこか吹っ切れたような晴れやかな表情をしていた。


「ですが。

 あなたたちと話していて、分かりました。


 私が求める『効率』は、

 ヴァロワールのような、

 全てを切り捨て支配するための

 冷たい効率ではありません。


 私が守りたいのは——

 あなたたちのような、非効率で不器用で、

 それでも懸命に生きようとする人々と共に過ごす、

 この温かい日常とささやかな幸せなのです。


 そしてそれを守るために、

 私は——私たちは、私たちのやり方で、

 効率的に戦い続ける。


 それが、出すべき答えなのだと」


 クロエは仲間との絆を再確認し、自分自身の信念を再定義することで、迷いを完全に振り払った。


 彼女はもう一人ではない。効率だけが全てではない。人間的な感情や仲間との「非効率」な絆の価値を彼女は確かに認め、受け入れたのだ。


 そしてその絆こそが、これから立ち向かうであろう、さらに強大な困難を乗り越えるための何よりも強力な武器となることを、彼女は予感していた。


「さて、と。

 感傷に浸っている暇はありませんね。

 ヴァロワールの計画を阻止するための、

 より具体的な作戦を、

 効率的に立案し直しましょうか。

 皆さん、手伝っていただけますね?」


 クロエのその言葉に、リリィとバーンズは力強く頷き返した。天文台のアジトには再び、決意と希望の光が満ち溢れていた。

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