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第34話: 老魔術師エリオットとヴァロワールの過去

 クロエが特定した老魔術師の名は、エリオット・グレイワンド。


 かつて「王立先進魔導研究所」で古代魔法の倫理規定や、その暴走リスク管理を専門とする部署に所属していたが、ヴァロワールの進める禁断の研究の危険性を訴え、彼と真っ向から対立した。


 その結果、不当な理由で研究所を追われ、その後は魔術師としてのキャリアを絶たれて世間から忘れられた存在となっていた。


 クロエは、数日間の慎重な調査の末、エリオットが王都のはずれ、忘れられた谷間の奥にある小さな小屋で、ほとんど自給自足に近い世捨て人のような生活を送っていることを突き止めた。


 彼は外部との接触を極度に嫌い、周囲には強力な魔術的・物理的な防御結界を張り巡らせているらしい。


「……かなり警戒心が強いようですね。

 まあ、彼の過去を考えれば当然でしょうが。


 正面から接触するのは困難。かといって不法侵入は

 彼の信頼を完全に失うリスクがある。


 どうしたものか……」


 クロエは天文台のアジトで作戦を練っていた。


 その時リリィから、彼女が調べていた古代文献に関する興味深い報告が入った。


「先輩!

 エリオット・グレイワンド氏に

 ついて少しだけですが、

 古いアカデミーの会報誌に、

 彼の論文の断片が引用されているのを見つけました!


 それは古代カルドニア文明で使われていた一種の

 『対話のルーン文字』に関する考察で……

 特定の組み合わせでルーンを提示する

 ことで相手の警戒心を解き、

 心を開かせる効果があると……」


「対話のルーン文字……?

 面白いですね、リリィさん。

 そのルーンの具体的な形状と、

 組み合わせのパターンをすぐに送ってください。


 もしかしたら、

 それが彼との接触の鍵になるかもしれません」


 クロエはリリィから送られてきた情報を元に、エリオットの防御結界を突破するのではなく、むしろ彼に「招き入れられる」形で接触するために、極めて特殊なアプローチを試みることにした。


 翌日、クロエは単身エリオットの隠れ家へと向かった。谷間の奥深くの鬱蒼とした森の中に、その小屋はひっそりと佇んでいた。周囲には確かに強力な魔力の気配と、物理的なトラップの痕跡が感じられる。


 クロエは、小屋から少し離れた場所で立ち止まると、オプティマイザー・ロッドを取り出し、その先端で空中にリリィが教えてくれた「対話のルーン文字」を一つ一つ丁寧に、しかし正確な魔力制御で描き始めた。


 それは攻撃的なものでも、威圧的なものでもない。ただ静かに、相手への敬意と、対話を求める純粋な意思を示すための古代のコミュニケーション魔法だった。



 しばらくすると、小屋の扉がギィ、と重い音を立ててゆっくりと開いた。その中から、手入れされていない豊かな白髪と白髭をたくわえており、その瞳にはまだ鋭い知性の光を宿した一人の老人が姿を現した。


 エリオット・グレイワンドその人だ。質素だが清潔な天然素材で作られたゆったりとしたローブのようなものを纏い、首からは古代のルーン文字が刻まれた木のペンダントをさげている。


「……そのルーンを知っているとは…

 お嬢さん一体何者かね?

 そして、わしに何の用だ?」


 エリオットの声は、長く人と話していなかったせいか少し掠れていたが、その口調には威厳があった。


「エリオット・グレイワンド先生と

 お見受けいたします。

 私はクロエ・ワークライフと申します。


 訳あって今は魔術師団を離れておりますが……

 先生にどうしてもお伺いしたいことが

 あって参りました。


 それはかつて先生が所属していらした

 『王立先進魔導研究所』と、

 その当時の所長であったヴァロワール

 という男についてです」


 クロエは率直に、しかし礼儀を尽くして用件を告げた。


 ヴァロワールの名前を聞いた瞬間、エリオットの表情が僅かに険しくなったのが分かった。


「……ヴァロワール……

 あの男の名を今更聞くことになろうとはな……

 お嬢さん悪いことは言わん。

 あの男とあの研究所に関わるのはやめておけ。


 それは触れてはならん、禁断の闇だ」


 エリオットは苦々しげにそう言うと、小屋の中に戻ろうとした。


「お待ちください先生!

 私はその『禁断の闇』の正体を突き止め、

 それを止めなければならないのです!


 このままでは王国が、いえ世界が、

 取り返しのつかない事態に陥って

 しまうかもしれません!


 どうか先生のお知恵をお貸しください!」


 クロエの必死の言葉にエリオットは足を止め、しばらく沈黙していた。やがて重い口を開いた。


「……分かった。

 そこまで言うのなら少しだけ、

 昔話をしよう。


 だが、聞けば後悔するかもしれんぞ。

 真実というものは時として人を傷つけ、

 そんなもの知らん方が幸せだったということもある」


 エリオットはクロエを小屋の中へと招き入れた。小屋の中は質素だが整理整頓されており、壁一面には無数の書物と、古代の魔道具らしきものが並べられていた。


 窓から差し込む柔らかな光が、彼の深い叡智と過去の苦悩を湛えた瞳を照らし出す。ゴツゴツとした手は長年の研究と労働を物語っていた。


 エリオットの口から語られたのは、衝撃的な過去の物語だった。


 若き日のヴァロワールは確かに天才的な魔術師であり、理想に燃える純粋な研究者だった。


 しかし当時の王国は、非効率な官僚主義と貴族たちの醜い権力闘争に明け暮れ、彼の革新的な研究は正当に評価されず、むしろ妨害され続けた。


 さらにその王国の失政が遠因となって引き起こされた悲劇的な紛争によって、ヴァロワールは彼の全てであった最愛の家族と生まれ育った故郷を、一瞬にして失ってしまったのだ。


 その絶望と世界への深い憎しみが、彼の心を歪ませた。彼は全ての悲劇の原因は、この世界の「非効率性」と「不完全さ」にあると断じ、「効率」という名の下に、いかなる非情な手段をも肯定するようになっていった。


 そして失われた古代魔法の力と、禁断の古代兵器「レガシー・コロッサス」の存在を知り、それを利用して世界を自分の手で「完璧に効率的なもの」へと作り変えるという狂気的な野望を抱くに至ったのだ。


 クロエがかつて経験した、研究所での悲劇的な事故もまた、ヴァロワールの計画の一部——彼の研究の邪魔になる可能性のあった良識的な研究チームを、口封じも兼ねて排除するための、巧妙に仕組まれた「事故」であった可能性が高いとエリオットは語った。


 その話を聞きながらクロエは、自身の心の奥底で、激しい怒りと同時にある種の言いようのない共感(世界への失望という一点においてのみだが)が渦巻くのを感じていた。


(——アステルは

 やはり、ヴァロワ―ルが……)


 クロエは、友人を失ったあの事故とヴァロワールの歪んだ思想が、今、確かに結びついたのを感じた。


「……ヴァロワールを止められる者がいるとすれば

 それは、彼と同じように

 この世界の『非効率』に絶望しつつも、

 彼とは異なる形で

 それを乗り越えようとする者だけ、かもしれんな…」


 エリオットは、クロエの瞳の奥にある複雑な光を見据えながらそう言った。


 そして彼は、レガシー・コロッサスの制御システムに関する、いくつかの重要なヒント――コロッサスの設計思想の中に潜む、ある種の「矛盾点」や古代文明が意図的に残したと思われる、暴走を防ぐための「フェイルセーフ機構」の存在など――を、クロエにそっと伝えた。


 それは、ヴァロワールの計画を阻止するための、決定的な鍵となるかもしれない情報だった。


「お嬢さん。

 君の進む道は茨の道だろう。


 だがもし君が、

 本気でヴァロワールを止めようというのなら、

 わしは陰ながら君を応援しよう。


 これ以上あの男の狂気を野放しにして

 おくわけにはいかんからのう…」


 クロエは、エリオットに深々と頭を下げて感謝の言葉を述べると、彼の隠れ家を後にした。彼女の胸にはヴァロワールに対する新たな怒りと、彼を止めなければならないという、より強固な使命感が燃えていた。


 それは、もはや単なる定時退社のためだけではない。失われた過去と、そしてまだ見ぬ未来のための、そんな使命感だった。

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