第33話: 地下潜行と過去を知る者への手がかり
完全に地下に潜行し、王国から追われる身となったクロエ・ワークライフ。
彼女の当面の目標は、ヴァロワールが進める「レガシー・コロッサス計画」の全貌を解明し、その起動を阻止するための具体的な方法を見つけ出すことだった。
そのためには、断片的にしか掴めていない情報を繋ぎ合わせ、巨大なパズルの最後のピースを埋める必要があった。
「ヴァロワールが、
なぜあれほどまでに『効率』に執着し、
世界を『剪定』しようなどという
狂気的な思想を抱くに至ったのか。
その根源にある彼の過去、
特に『王立先進魔導研究所』での経験と、
彼が失ったとされる『何か』。
そこに全ての謎を解く鍵が隠されているはずです」
クロエは、アランが以前用意してくれた、王都のはずれにある、今は使われていない古い天文台を新たなアジトとしてそこを拠点に調査を再開した。
天文台は外部からのアクセスが困難で、かつ高台にあるため監視にも適している。内部の設備は古いが、クロエの魔導技術で改造すれば十分な情報処理能力と防御機能を持たせることが可能だった。
リリィ・プランケットは、表向きは通常通り魔術師団に勤務しながらも、クロエの指示を受け、危険を冒して外部から情報を集め、暗号化された通信でクロエに送り届けていた。
彼女の純粋さと健気さは、時に周囲の警戒心を解き、思わぬ情報源にアクセスすることを可能にした。
バーンズ・ゲイルは相変わらず不器用ではあったが、クロエの指示に従って食料や物資の調達、アジト周辺の物理的な警備などを担当していた。
彼はクロエが追われる身になったことに強い憤りを感じており「必ずお前を無実にしてやる!」と息巻いていたが、その熱意が空回りしないよう、クロエは彼に具体的かつ達成可能なタスクを与えるようにしていた。
なお、シオン・アークライトは相変わらず神出鬼没だった。時折ふらりとクロエのアジトに現れては、独自に入手したと思われる真偽不明だが興味深い情報を(まるでゲームでも楽しむかのように気まぐれに)提供し、そしてまた煙のように姿を消す。
彼の真の目的は依然として不明だが、今のところはクロエたちにとって有益な情報をもたらすことの方が多かった。
調査を進める中でクロエの仮説は、より確信に近いものへと変わっていった。ヴァロワールが宰相になる以前にトップを務めていた「王立先進魔導研究所」。
そこが現在の「黄昏の秘文字」の思想的・技術的な母体であり、そして「レガシー・コロッサス」の研究・開発が秘密裏に行われていた場所であるという可能性が限りなく高まってきたのだ。
しかしその研究所に関する公式な記録は、クロエが以前アクセスした以上に徹底的に消去・改竄されており、まるで最初から存在しなかったかのように扱われていた。
当時の関係者も既に亡くなっていたり行方不明だったり、あるいは何かを恐れているのか、固く口を閉ざしている。
ヴァロワール自身もまた、自身の過去や現在の計画に関する情報をメディアコントロールや情報操作によって巧みに隠蔽し、あるいは美化して流布しており、その真の姿を掴むことは極めて困難だった。
クロエは貴重な睡眠時間を大幅に削り、入手可能な全ての情報を文字通り寝食を忘れて分析作業に没頭した。
彼女の脳は常にフル回転状態であり、その瞳には、疲労の色と共に、真実への渇望と強大な敵への静かな怒りが宿っていた。
(記録がない……関係者の口も堅い……
ならば……!)
クロエはふと発想を転換した。
「記録が消されているのであれば、
あるいは改竄されているのであれば、
もはやそれを追うのは非効率です。
ですが人の『記憶』というものは、
そう簡単には消せないし改竄することもできない。
ならば当時の研究所に所属し、
ヴァロワールの狂気に気づきながらも、
何らかの理由で生き延び、
そして今もなお、
その記憶を抱えて密かに暮らしている人物が
いるのではないか…?」
それは一縷の望みに近い仮説だった。しかしクロエの直感がその可能性を強く示唆していた。
彼女はデータベースの片隅に残っていた当時の研究所の職員名簿と、現在の王国の住民基本台帳(これもアランの協力を得て極秘裏に入手したものだ)を照合して膨大なデータの中から、たった一人の可能性のある人物を絞り出すことに成功した。
その人物は、かつて研究所で古代魔法の倫理的問題について警鐘を鳴らし、ヴァロワールと対立した結果、不当に解雇され、その後は世間から隠れるように王都のはずれでひっそりと暮らしているという一人の老魔術師だった。
「……見つけました。
この人物ならばヴァロワールの過去と
研究所の秘密について何かを知っている
可能性が高い。
接触して情報を引き出す価値は、十分にあります」
クロエは、その老魔術師の隠れ家を特定し、彼に安全に接触するための新たな潜入(というよりは、説得交渉に近いが)計画を慎重に練り始めるのだった。
それは危険な賭けだった。しかし今の彼女には、それしか道は残されていないように思えた。




