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第32話: 孤立無援と魔術師団からの召喚状

 アラン・クルツ襲撃事件は、騎士団内部ではヴァロワールの巧みな情報操作と圧力によって、残念ながら「訓練中の不慮の事故」として早々に処理されようとしていた。


 アラン自身が重傷で意識不明とされていたため反論することもできない。ヴァロワールの影響力が、既に騎士団の上層部にまで深く浸透していることを示す何よりの証拠だった。


 クロエは魔術師団内部の数少ない良識派と思われる先輩魔術師や、かつて世話になった恩師などに個別に接触した。


 ヴァロワールの危険性と、彼が進めている「レガシー・コロッサス計画」の恐るべき情報を、もちろん情報源は秘匿した上で伝え、協力を求めようとしたのだ。


 しかし、彼らの反応は、クロエの期待を裏切るものばかりだった。


「ワークライフ君。

 君の言うことは分からなくもない。

 だが相手はあのヴァロワール宰相だぞ?

 確たる証拠もなしに、

 我々が動けるわけがないだろう。


 今は時期が悪い。もう少し慎重になるべきだ」


「君の優秀さは認めるが、

 少々思い込みが激しすぎるのではないかね?


 古代兵器? 世界の剪定? まるで御伽噺だ。

 もう少し現実的な視点を持つべきだよ」


 彼らは、保身かあるいは事の重大さを理解できないのか、及び腰な態度に終始し、クロエの訴えに真剣に耳を傾けようとはしなかった。


 中にはクロエを「危険思想の持ち主」と見なして距離を置こうとする者さえいた。


 組織というものは、一度腐敗し始めると、その自浄作用を失って内部からの改革を拒絶するようになる。


 今の魔術師団や騎士団は、まさにその典型的な状態に陥っているのかもしれない。


 そして追い打ちをかけるように、クロエに対して魔術師団長(もちろん、ヴァロワール派の傀儡だ)の名で、一通の召喚状が届けられた。


『クロエ・ワークライフ。

 地下アジト襲撃事件への関与疑惑等、

 先の謹慎処分中の度重なる問題行動——及び、

 王国の平和と秩序を乱す可能性のある

 危険思想の流布に関して、

 魔術師団規律委員会による再査問を実施する。


 指定日時に魔術師団本部へ出頭し、

 弁明の機会を与えるものとする』


 これは明らかにクロエを公的な場で拘束し、その動きを完全に封じ込めるためのヴァロワール側からのあからさまな罠だった。


 この召喚に応じれば、おそらくそのまま捕らえられ、二度と自由の身にはなれないだろう。証拠などいくらでも捏造できる。


 リリィやバーンズもまた、クロエとの接触を禁じるかのような無言の圧力を、周囲から感じ始めているようだった。彼らの身にも危険が迫りつつある。


「……どうやら、公的な組織やこれまでの人脈は、

 全く頼りにならないようですね。

 むしろ足枷にしかならない。

 ならば選択肢は一つしかありません」


 クロエは、その召喚状を冷ややかに一瞥すると、迷うことなく暖炉の火の中に投げ入れた。炎は一瞬でその紙を灰に変えた。


「これより私は、魔術師団及び

 王国法の下での全ての公的立場を、

 一時的に放棄します。


 完全に地下に潜り非正規の手段で、

 ヴァロワールと

 黄昏の秘文字(ヒエログリフ)に立ち向かう。


 それが現時点での最も効率的かつ現実的な選択です」


 彼女は自身の身分を証明する魔術師団の認識票を静かに外し、机の引き出しの奥へとしまった。


 そして自身の魔力パターンや生体情報を魔法的に偽装し、王都の監視網や追跡システムから完全に逃れるための高度な準備を開始した。


 それは彼女にとって苦渋の決断ではなかった。むしろ、ようやくしがらみから解放され、自分の信じるやり方で自由に戦えることへの、ある種の解放感すら感じていた。


「ここからは、より高度な情報戦と、

 完璧な隠密行動が求められますね。


 私の真の能力を存分に発揮できる舞台が整った、

 というわけですか。

 実に、楽しみです」


 こうしてクロエ・ワークライフは、王国から追われる身となった。しかし彼女の翠色の瞳には、絶望など微塵も映っていなかった。


 そこにはただ、強大な敵に対する揺るぎない闘志と、そして必ずや勝利を掴み取り、再び平穏な定時退社ライフを取り戻すという絶対的な自信だけが燃え盛っていた。

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