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第03話: 王宮の典型的な非効率会議と謎の通信

 スライム討伐任務から早々に帰還したクロエは、こうした外勤後に許されるシャワーを浴びて装備をメンテナンスした後、午前中の残りの時間を割り当てられていた報告書の分析業務に充てていた。


 もちろん、バーンズが討伐現場で非効率の限りを尽くしたせいで余計にかかった時間も、きっちり「外部要因による遅延」として記録している。定時退社のためには、一分一秒たりとも無駄にはできない。


 昼休憩も、自席で栄養バランスと摂取効率を計算し尽くした特製レーションバーを齧りながら、専門書に目を通す。同僚たちが食堂で談笑している時間も、クロエにとっては貴重な自己投資の時間だ。


 午後イチで、王宮の大会議室に召集がかかった。議題は「頻発する魔力インフラの不具合に関する原因究明と対策について」。


 先日クライン課長から押し付けられた報告書も、これに関連するものだった。いよいよ本格的に動き出すらしい。


 大会議室の重厚な扉をくぐり、指定された席に着いたクロエは、集まった顔ぶれを見て内心で深々とため息をついた。


「これは……!

 典型的な『議題が綺麗に発散して

 結論が出ないメンバー構成』ですね」


 魔術師団からは自分やクライン課長を含めた数名。騎士団からは制服組の幹部と、情報部らしき鋭い目つきの男。アラン・クルツだ。


 その男は、丁寧に整えられた銀髪を持ち、氷のように冷静なアイスブルーの瞳で、会議室の喧騒から一歩引いたように状況を観察している。


 王宮からは各省庁の高級官僚たち、王室経済顧問を名乗る胡散臭い男爵。


 そして、なぜか魔導具製造ギルドの代表や、エネルギー供給利権に深く関わる大商人の代表まで招集されている。


 これは会議ではなく、各々の立場からの意見表明と利権主張の場になることが目に見えている。実によくな……あ、いや典型的なメンバー構成である。


 壁に設置された大型の魔晶ディスプレイには、王国全体の魔力供給量の推移と、最近急増している魔力コストの高騰を示すグラフが虚しく映し出されている。


 その数字の深刻さを、この部屋にいる何人が本当に理解しているのだろうか。


 クロエはそっと魔導端末を取り出し、議事録作成アプリとを起動させたが、脳内ではもう一つ、独自開発した「非効率発言カウンター」を起動させるのだった。


 今日の定時までに、この会議は終わるのだろうか。モンブランの次は、新作ハーブティーが待っているというのに。


 会議はクロエの予想通り、開始早々から迷走を極めた。


 まず、王宮筆頭魔術顧問である老公爵が、自身の若い頃の武勇伝と、いかにして過去の魔力危機を「気合と根性」で乗り越えたかという、現状とは何の関係もない話(しかも長い)を延々と披露する。


 次に財務省の役人が、予算不足を盾に新たな対策への支出を渋り、現状維持か、さもなくば魔術師団の予算削減を示唆する。


 それに対して、魔術師団の代表——クライン課長よりもいくつか上の役職者だが、クロエはあまり関わりもなく興味がない——が技術革新の必要性を訴えるが、その具体策は曖昧で精神論に終始する。


 騎士団の代表は、インフラの不具合が治安悪化に繋がる可能性を指摘し、警備予算の増額を要求。


 魔導具製造ギルドの代表は、これを機に最新型魔導コンデンサへの全面切り替えを提案するが、その見積もり額は天文学的だ。


 大商人の代表は、安定供給のためと称して、魔力エネルギーの市場価格の(さらなる)引き上げを暗に求める。


 責任のなすりつけ合い。自部署・自組織の利益誘導。過去の成功体験への固執。具体的なデータに基づかない印象論。まさに、非効率な会議の見本市だ。


 クロエは、淡々と魔導端末に議事録を記録していく。魔法によって音声認識された発言はリアルタイムでテキスト化され、同時にキーワードで分類、論点マップが自動生成されていく。


 一方で、彼女の脳内「非効率発言カウンター」の数値は、既に三桁に達しようとしていた。


 クライン課長はといえば、有力な貴族や官僚の発言には「ごもっともですな!」「慧眼恐れ入ります!」などと大げさに相槌を打ち、自身の意見はほとんど述べない。


 典型的な風見鶏上司ムーブだ。彼がこの会議に貢献している要素は今のところゼロである。


「この無駄な時間で、

 新しい魔導回路の設計がどれだけ進むか。


 あるいは積読(つんどく)になっている

 古代魔法語の文法書が何ページ読めるか……」


 クロエは内心で苛立ちを募らせていたが、表情には一切出さない。今はデータを収集し、最適な介入タイミングを見極めるフェーズだ。


 その時、クロエの魔導端末に、極めて秘匿性の高い暗号化通信が着信した。発信元は不明。しかし、その通信プロトコルには見覚えがあった。


 それは、騎士団情報部に所属する、アラン・クルツという男が使う特殊なもので、彼の研ぎ澄まされた思考そのものを反映したかのような、無駄のない、それでいて高度な暗号化だ。


 彼とは以前、別の事件で僅かな面識があった。極めて有能で合理的だが、組織の論理には染まらない一匹狼のような男。()()()()で通信してくる種類の人間だ。


『会議室の北西、第三資料室。

 王宮魔力系統図の初期設計データに

 興味深い改竄痕跡を発見。


 現在の公式図面とは異なる

 エネルギーバイパス回路が存在する可能性あり。

 ——要確認』


 簡潔なメッセージ。改竄痕跡?バイパス回路?それが現在のインフラ不具合とどう繋がるというのか。クロエの脳が高速で思考を巡らせる。


「……なるほど、これは重要な情報かもしれませんね」


 議論が完全に膠着し、参加者たちの間に疲労と諦めの空気が漂い始めたタイミングを見計らい、クロエはすっと右手を挙げた。


「発言、よろしいでしょうか」


 その凛とした声に、ざわついていた会議室が一瞬静まり返る。ほとんど発言しなかった若い女性魔術師からの突然の挙手に、皆の視線が集中した。


 クラインは「余計なことをするな」と言いたげな、苦々しい表情を隠そうともしない。


 議長役の老公爵が、やや訝しげに「うむ、ワークライフ君といったかな。何か意見があるのかね?」と促す。


「はい。

 これまでの皆様の貴重なご意見を

 統合・分析させていただいた結果、

 現状の論点は主に以下の三点に

 集約されるかと存じます」


 クロエは立ち上がり手元の魔導端末を操作すると、正面の大型魔晶ディスプレイに、彼女がリアルタイムで作成していた論点マップと、そこから抽出された要点が簡潔に表示された。


「第一に、原因特定のための

 客観的かつ定量的なデータが

 圧倒的に不足している点。


 第二に、各部署・組織間での

 責任の所在が不明確であり、

 連携が機能不全に陥っている点。


 第三に、暫定的な対策を講じるにしても、

 その予算とリソースの配分基準が定まっていない点。

 

 ——以上です」


 よどみない説明と、視覚化された分かりやすい資料に、先ほどまで好き勝手な意見を述べていた者たちも、ぐうの音も出ない。


「そしてこれらの課題に対し、

 私から具体的なアクションプランを

 三段階で提案させていただきます。


 フェーズ1:

 魔術師団と騎士団情報部の合同による、

 魔力インフラ全域の徹底的な再調査と

 データ収集チームの即時編成。


 フェーズ2:

 収集データに基づく多角的な原因分析と、

 影響範囲・緊急度の客観的評価システムの導入。


 フェーズ3:

 評価結果に基づく、短期・中期・長期の

 具体的な対策ロードマップの策定と、

 それに対応した予算・リソース配分案の作成。


 各フェーズの担当部署、必要人員、期待される成果、

 及びリスクアセスメントの詳細は、

 こちらの資料をご参照ください」


 クロエが再び端末を操作すると、ディスプレイには、それぞれのプランに関する膨大だが完璧に整理された資料がツリー構造で表示された。


 彼女がこの会議中に、他の参加者の非効率な発言を聞き流しながら、並行して作り上げたものだ。


 具体的な提案とそれを裏付ける詳細なデータ、そして何よりもその圧倒的な情報処理能力。会議室は完全に沈黙し、誰も反論の言葉を見つけられない。


 渋々ながらも、老公爵が「…う、うむ。ワークライフ君の提案、まことに合理的かつ具体的だ。このプランをベースに、細部を詰めていく方向で進めたいと思うが、皆、異論はあるかな?」と問いかけるも、反対意見は出なかった。


 こうして数時間に及ぶかと思われた非効率会議は、クロエの介入により予定より大幅に早く終了の目処が立った。


 クライン課長は、手柄を横取りされた(というより自分の無能さが露呈した)ことで、クロエを蛇蝎のごとく睨みつけていたが、彼女は全く意に介さない。


「では、私はこれにて失礼いたします。

 緊急の別件が待っておりますので」


 会議の細部を詰める作業は他の者に任せ、クロエはアラン・クルツとの接触(という名の情報交換)のため、足早に、しかし優雅に会議室を後にした。


 王宮の闇は、彼女が考えているよりも深く、そして複雑に絡み合っている可能性もある。だが、それが彼女の定時退社を脅かすのであれば、容赦なくその非効率性を暴き出し、最適化するだけだ。

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