第26話: 迷宮遺跡のめんどくさいトラップとシオンの真価
オペレーション・サブタレイニアン・スイープ決行の夜。クロエ率いる潜入チームは、王都の地下に網の目のように広がる、忘れられた古代下水道網の一つから、目的の遺跡へと通じる秘密の入口へと到達していた。
その入口は巧妙に隠蔽されており、シオン・アークライトが持っていた古文書の記述と、クロエの高性能センサーの複合解析によってはじめて発見できたものだった。
「ここから先は未知の領域です。
古代遺跡内部の構造は、
我々が持っている地図データとも
完全に一致するとは限りません。
トラップや予期せぬ敵の出現も十分に考えられます。
各自、警戒を怠らず、
常に私の指示に従って行動してください。
特にバーンズさん。
あなたの単独での先行や不必要な破壊活動は、
チーム全体を危険に晒すことになりますので
——厳に慎むように」
クロエは潜入直前に改めてチームメンバーに注意を促した。バーンズは「分かってるよ!俺だって、少しは学習したんだ!」と不満げに口を尖らせているが、その言葉の信頼性は定かではない。
アランは黙って頷き、既に臨戦態勢を整えている。シオンは、まるで遊園地のアトラクションにでも入るかのように、好奇心に満ちた表情で周囲を見回している。
リリィは地上の移動司令部から、「皆さんお気をつけて!いつでもサポートできるよう待機しています!」と、緊張しながらも力強い声を送ってきた。
一行はクロエを先頭に、慎重に遺跡内部へと足を踏み入れた。
◇
内部は、ひんやりとした空気が漂い、カビ臭い匂いが鼻をつく。壁や天井には苔むした古代文字のようなものがびっしりと刻まれ、時折、ぼんやりとした燐光を放っている。
通路は狭く入り組んでおり、まさに迷宮の様相を呈していた。
「ふむ、この壁画の様式……
おそらく、カルドニア王国建国以前、
第一次魔導文明期のものですね。
だとすれば我々が知る現代魔法とは
異なる法則で動く、
かなり厄介なトラップが
仕掛けられている可能性が高い」
シオンが、壁に描かれた奇妙な図形を指差しながら専門家らしい分析を口にした。彼の古代遺跡に関する知識は、確かに本物のようだ。
実際に彼が、古文書の知識に基づいていくつかの隠し通路や安全なルートを発見したおかげで、チームは最初の数時間は比較的スムーズに遺跡の深部へと進むことができた。
クロエも「さすが専門家ですね。あなたの参加は今のところ有益と判断できます」と珍しく素直にシオンの能力を認めていた。
しかしアジト本体が近づいてきたのか、行く手を阻む要因が目立ってきた。
まず物理的な罠だ。床に仕掛けられた落とし穴、通路の壁から飛び出す回転刃、天井から降り注ぐ毒ガス。
これらは、アランの鋭い五感と彼の持つ特殊な探知魔道具によって事前に発見され、クロエが指示する解除手順に従って、バーンズが(時には力任せに)無力化していった。
次に魔法的なトラップ。特定の床を踏むと発動する重力異常ゾーン、近づく者を攻撃する幻影兵士の召喚術、精神に直接作用して方向感覚を狂わせる混乱魔法。
これらは、クロエのアナリティカル・レンズと彼女の高度な魔法解析能力によって、その術式構造が瞬時に見破られ、的確なカウンター魔法で無効化されていった。
しかし中には、クロエの知識や現代魔法の範疇では、すぐには対処できない、極めて異質で強力な古代魔法のトラップも存在した。
例えば、ある広間に出た時、突然、周囲の空間が歪んで時間の流れが極端に遅くなるという現象に遭遇した。
チームメンバーの動きはカタツムリのように鈍重になり、このままでは敵の格好の的だ。
クロエが、その異常現象の原因となっている古代術式の解析に手間取っていると、シオンがふわりと前に出た。
「ここは僕に任せてもらおうかな。
この術式は、おそらく『クロノス・バインド』。
失われた時を操る魔法の一種だ。
現代魔法では干渉しにくいが、
古代カルドニア語の特定の
『解錠の詩』を逆詠唱することで、
一時的にその効果を中和できるはずだ」
シオンはそう言うと、誰も聞いたことのない不思議な抑揚を持つ古代言語で、まるで歌うかのように呪文を詠唱し始めた。
そのやや青白い肌が、周囲の燐光を浴びて一層人間離れした雰囲気を漂わせる。髪の間から覗く耳には、古代文字が刻まれた小さなイヤリングが微かに揺れていた。
——と間もなく、歪んでいた空間が徐々に元に戻り、時間の流れも正常化したのだ。
また、ある通路では、強力な魔力障壁が行く手を阻んでいた。クロエがその障壁の構造を解析し、破壊するための魔法を準備しようとした瞬間、シオンが「おっと、力ずくは感心しないな。もっとエレガントに行こうじゃないか」と言いながら壁に手を触れ、何やら複雑な紋様を描き始めた。
すると驚くべきことに、堅固だったはずの壁の一部が、まるで幻影だったかのようにすり抜けられるようになり、チームは魔力障壁を迂回して先に進むことができたのだ。
「……アークライトさん。
あなたのその能力、
一体どこで身につけたのですか?」
クロエは、さすがに驚きを隠せない様子で尋ねた。
「さあね。
企業秘密、と言っておこうかな。
まあ強いて言うなら、
知的好奇心と少しばかりの『悪戯心』の賜物だよ」
シオンは悪戯っぽく笑って答えるだけだった。
クロエは、シオンのその底知れない能力と掴みどころのない性格に、改めて警戒心を強めると同時に、彼の存在がこの作戦の成功に不可欠であることも認めざるを得なかった。
いくつもの巧妙なトラップゾーンを、チームの連携と、そしてシオンのトリッキーな活躍によって突破し、一行はついに、地下アジトの中枢区画——訓練場や武器庫が存在すると予測されるエリア——へと到達した。
しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは、静寂ではなかった。
彼らの侵入は、既に完全に感知されていたのだ(当然と言えば当然だが)。
広大な地下空間には、黒ずくめのローブを纏った「黄昏の秘文字」の戦闘員たちが、数十人、いや——百人以上はいるだろうか。
整然と隊列を組み、武器を構えて待ち構えていた。その目には、狂信的な光と、侵入者に対する明確な敵意が宿っている。
「…どうやら、盛大な歓迎を受けているようですね。
まあ、これだけの数のネズミが、
そう簡単に黙って掃除されるとは
思っていませんでしたが」
クロエは、オプティマイザー・ロッドを構え直して冷静に呟いた。
「では皆さん。始めましょうか。
オペレーション・サブタレイニアン・スイープ、
第二フェーズ。
これより、目標エリアの制圧を開始します。
私の定時退社のためにも、
ここは効率的に、
そして迅速に片付けさせてもらいますよ」
クロエのその言葉を合図に、地下遺跡の奥深くで、壮絶な戦いの火蓋が切られた。




