第21話: バーンズの空回りの正義と、その操作法
クロエ・ワークライフがアラン・クルツとの共同作戦「オペレーション・ナイトフォール」の最終準備を進め、神経を研ぎ澄ませていた頃。
魔術師団の訓練場では、バーンズ・ゲイルが一人、焦燥感に駆られていた。彼の赤毛も琥珀色の瞳も、一段と色濃くなっているように見える。
クロエは謹慎処分となり、表立った行動を控えている(とバーンズは思っている)。アランも騎士団内部での立場が悪化し、思うように動けないらしい。
そんな中、オリジンコアセクターの事件以来、王国各地で「黄昏の秘文字」と思しき連中による不審な活動が、散発的にだが報告されるようになっていた。
「くそっ!
ワークライフの奴は謹慎、
アランさんも動きにくいとなると、
俺が何とかするしかねえじゃねえか!
あいつらにばっかり良い格好させてたまるか!
……いや、そういうことじゃねえ。
俺だって、少しは役に立ちてえんだ。
クロエの奴には色々言われて頭にくるが、
あいつの実力は認めざるを得ねえ。
リリィだって必死に頑張ってる。
俺だけが、
何もできねえでいるわけにはいかねえんだ!」
そういうと、右手の拳を左の掌に当て、パン! と打ち鳴らした。思考はまとまりがないようだが、その分、筋トレには励めているようである。
バーンズは持ち前の正義感と、そしてクロエに対する一方的なライバル心(と、ほんの少しの劣等感)から、一人で何とか状況を打開しようと息巻いていた。
先日のゴーレム戦で、クロエから指摘された「効率」という概念。バーンズなりにそれを意識して訓練に取り組んではいた。
無駄な魔力消費を抑え、より効果的な術式の使い方を模索する。しかし元々の猪突猛進な性格と長年染み付いた「気合と根性」のスタイルは、そう簡単には変わらない。
焦りは禁物だと頭では分かっていても、いてもたってもいられなくなる男である。
バーンズは、独自に情報を集め(主に、街のチンピラや情報屋からの、信憑性の低い噂話レベルだが)、「黄昏の秘文字」の結社員と思しき人物が最近頻繁に目撃されているという、王都の旧市街——通称「スラム街」へと単身乗り込むことにした。
「よし、まずは効率的に情報を聞き出してやる!
あのいけ好かないワークライフよりも先に
「黄昏の秘文字」の
アジトの一つでも突き止めて、
ぎゃふんと言わせてやるぜ!」
鼻息荒くスラム街に足を踏み入れたバーンズだったが、彼の「効率的な情報収集」は、開始早々から壮大な空回りを演じることになる。
◇
手始めに、いかにも悪そうなチンピラ風の男たちに詰め寄り「おい、お前ら!最近この辺りで、黒ずくめの怪しい連中を見なかったか!?正直に話せば、痛い目には遭わせねえぞ!」と、完全に威圧的な態度で尋問を開始。
もちろん、そんなやり方で有益な情報が得られるはずもなく、逆にチンピラたちの反感を買い、あっという間に乱闘騒ぎに発展してしまった。
バーンズは魔術師としての実力は確かだが、いかんせん頭に血が上りやすく、手加減というものを知らない。
数で劣勢ながらも、チンピラたちを次々となぎ倒していくが、その過程でスラム街の建物をいくつか派手に破壊し、無関係な住民たちを恐怖に陥れるという、本末転倒な結果を招いてしまう。
その後、ようやく手に入れた(実は、「黄昏の秘文字」が意図的に流した偽の)アジト情報——「港近くの廃工場に、奴らの武器庫があるらしい」——を鵜呑みにしたバーンズは、何の疑いも持たずに、罠が巧妙に仕掛けられたその廃工場へと勇んで向かってしまう。
そのバーンズの一連の非効率極まりない行動は、彼を密かに監視していたアランの部下(まだ数少ない、信頼できる者)を通じて、クロエの元へとリアルタイムで報告されていた。
「……やれやれ。
彼の学習能力というパラメーターは、
残念ながら著しく低いままのようですね。
このままでは犬死にするか、
あるいは敵に捕らえられて
厄介な人質になるか、そのどちらかでしょう。
——いや、両方の可能性も……
どちらに転んでも、
こちらの計画に支障をきたす可能性が高いですし、
そんなのはまっぴら御免。
非効率オブザイヤー確定です」
クロエは、私設ラボラトリーで「オペレーション・ナイトフォール」の最終シミュレーションを行いながら深い溜息をついた。
バーンズの行動は、善意からくるものだとは理解できる。しかし、その結果が常に最悪の方向へと転がっていくのは、もはや彼の特殊能力とでも言うべきなのかもしれない。
「仕方ありませんね。
多少の予定変更は
常に織り込んでおくべきリスクです」
クロエは、匿名かつ発信元を完全に秘匿できる特殊な通信魔法を起動すると、バーンズの魔導端末に向けて、極めて簡潔な警告メッセージを送信した。
『廃工場は巧妙な罠。ターゲットは別。
スラム街中央広場、
忘れられた教会の地下聖堂を探れ。
ただし単独行動は避け、
必ず信頼できるバディと連携すること。
これは、忠告ではない。命令だ。
……クロエ・ワークライフより
(冗談。差出人は気にするな)』
メッセージの最後には、ほんの少しだけ彼女らしい遊び心を加えることも忘れなかった。
一方、廃工場に到着し、まさに内部に突入しようとしていたバーンズは、手元の魔導端末に突然表示されたその謎のメッセージを見て、動きを止めた。
「な、なんだこの通信は!?
誰からだ!?
クロエ・ワークライフだと!?
いや、冗談だとは書いてあるが…
しかし、この指示……
やけに具体的じゃないか…?」
——ほんの少しだけのはずの遊び心がこうなることをクロエは完全に予想していたのだろう。バーンズは、疑念と混乱に眉をひそめた。
しかし、同時に、メッセージの内容が、妙に的を射ているような気もしたのだ。廃工場の雰囲気は、確かにどこか不自然で、罠の気配が濃厚に感じられる。
「…ちっ、訳の分からん指示だが、
このまま突っ込んで犬死にするよりは
マシかもしれん。
それに、もしこれが本当にクロエの
奴からの指示だとしたら、
恩を売られたみたいで癪だし
後で何て言われるか……」
バーンズは、しばらく葛藤した後、結局、その謎のメッセージの指示に従うことにした。彼は廃工場から踵を返し、スラム街の教会へと向かう。
その判断が、彼自身の命を救い、そして結果的にクロエたちの計画を間接的に助けることになるとは、この時のバーンズは知る由もなかった。
彼は教会地下で、結社の小さな連絡拠点と思しき場所を発見し、いくつかの暗号化された通信記録や、不審な薬品のサンプルといった、ささやかながらも重要な証拠品をいくつか押収することに成功する。
「へへっ! 俺だって、やればできるじゃないか!
これでワークライフの奴の鼻も、
少しは明かしてやれるぜ!」
バーンズは、少しだけ自信を取り戻し、意気揚々と(そして相変わらず非効率に大声で)その場を後にするのだった。
彼が、自分が何者かの掌の上で踊らされていた可能性など、微塵も考えていないことは言うまでもない。




