第16話: 非公開アーカイブへの非合法的侵入
謹慎処分という名の「自宅での自由研究期間」を得たクロエ・ワークライフは、早くも、オリジンコアセクターの暴走事件の元凶と目される「黄昏の秘文字(仮称)」なるものに辿りついていた。
しかしさすがに詳細はまだ分からない。——まずは敵を知ること。それが、いかなる問題解決においても最も効率的なアプローチであると、彼女は信じていた。
「公的なデータベースへのアクセス権は、
おそらく一時的に停止されているでしょうね。
まあ、想定内です。
元々、彼らが有益な情報を素直に
開示するとは思えませんから」
クロエは私設ラボラトリーのメインコンソールに向かい、王立図書館のオンラインデータベース(もちろん、魔術的な多重暗号化と高度な防壁で守られている)や、魔術師団の非公開アーカイブサーバーへのアクセスを試みた。
表向きは、自身の研究論文に必要な参考文献を探している、という名目で。
案の定、オリジンコアセクター関連、古代魔法、あるいは過去の類似事件に関する重要度の高いデータには、軒並み最高レベルのアクセス制限がかけられていた。
それどころか、一部のデータは、意図的に削除されたか、あるいは内容が巧妙に改竄されている痕跡すら見受けられた。
「……これは、思った以上に
大規模かつ組織的な情報操作が
行われているようですね。
敵は、自分たちの存在と目的を、
徹底的に隠蔽しようとしている。
実に厄介ですが、同時に、彼らが
何か非常に重要なことを隠している
証拠でもあります」
クロエの白い透き通るような指が、コンソールのキーボードを高速で叩き始める。彼女がこれから行おうとしているのは、王国法に照らし合わせれば明確な不正アクセス行為、つまりハッキングだ。
しかし、彼女に罪悪感は微塵もなかった。これは真実を追求し、自身の平穏な日常を取り戻すための正当防衛のようなものだと考えていた。
「魔術師団のファイアウォール・システム
『イージス・シールドver.5.8.2』……
ふむ、相変わらず脆弱なパスワードポリシーと、
パッチの当たっていない既知の
脆弱性が散見されますね。
これでは、
私の作った自動侵入スクリプト
『サイレント・スパイダー』の餌食です。
三分もあれば、ルート権限を奪取できるでしょう」
クロエは、まるで詰将棋でも解くかのように、冷静にしかし確実に、次々とセキュリティホールを突破していく。
ログの痕跡を巧妙に偽装し、侵入検知システムを回避しながら、彼女はアーカイブサーバーの深層部へとアクセスすることに成功した。
そして、データの改竄作業が、王宮内部の、それもかなり高位の部署に割り当てられた特定の魔導端末から、極めて限定された時間帯に集中的に行われているという事実を突き止めたのだ。
「やはり内部に協力者が……
それも単なる末端ではなく、
情報統制に関わることのできる、
かなりの権力を持った人物が関与している、と
見るべきですね。
これで、敵の輪郭が少しだけはっきりしてきました」
さらに、クロエは高度なデータ復元魔法を駆使し、改竄される前のオリジナルのデータの断片をいくつか回収することに成功した。それらを繋ぎ合わせ、解析していくと、驚くべき事実が浮かび上がってきた。
この「黄昏の秘文字(仮称)」は、カルドニア王国の建国以前から存在し、古代魔法の復活と、それによる世界の「浄化」を目論んでいること。
彼らは、王国各地に点在する古代遺跡(オリジンコアセクターもその一つ)から、何らかのエネルギーを秘密裏に収集しており、その活動は少なくとも数十年、あるいは数百年の長きにわたって、極めて計画的かつ継続的に行われてきたらしいこと。
そしてその最終目的は、現代の魔法体系と、それに依存する社会システムそのものを破壊し、彼らが理想とする「原初の秩序」を取り戻すことにあるらしい、ということ。
「……敵は、私が想像していた以上に、
遥かに根が深く、
そして壮大な目的を持っているようですね。
これは、単なるテロ組織やカルト教団
といったレベルの話ではなさそうです。
——ですが、これで次の調査対象と、
アプローチの方向性が見えました」
クロエは、収集した全ての情報を暗号化し、自身のセキュアなストレージに保存すると、アラン・クルツに再び秘匿通信を送った。
『アランさん。
例の王宮内部の端末について、追加情報です。
使用者を特定し、
その人物と黄昏の秘文字との関連を、
極秘裏に調査してください。
危険が伴うかもしれませんが、
あなたなら可能でしょう。
報酬は、前回の成功報酬に上乗せで、
いかがですか?』
彼女の戦いは、既に始まっていた。それは、情報という名の見えない迷宮を攻略する戦いでもあった。