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第15話: 謹慎処分と過去への扉

 魔術師団本部に戻ったクロエ・ワークライフを待っていたのは、称賛でも感謝でもなく、冷ややかな視線と命令違反に対する査問委員会開催の通告だった。


 ベルクナー侯爵と彼に取り入るクライン課長が、今回の事件の責任をクロエ一人に押し付けようと画策しているのは明らかだった。


「ワークライフ君。

 君の今回の行動は、

 結果としてゴーレムの脅威を排除したとはいえ、

 上官の命令を無視して独断で危険な作戦を実行した、

 という事実に変わりはない。


 これは魔術師団の規律を著しく乱す行為であり、

 看過することはできん。

 後日、正式な査問委員会を開き、

 君の処遇を決定する。


 それまでは自宅にて謹慎しているように」


 魔術師団長(彼もまた、事なかれ主義の典型的な官僚タイプだ)から下された命令は、まさにクロエの予想通りだった。


「承知いたしました。

 謹慎処分、謹んでお受けいたします。


 ただし、

 今回のオリジンコアセクターの暴走事件に関する

 私の詳細な報告書と、今後の対策に関する提言は、

 既にシステムにアップロード済みです。


 私の個人的な処遇よりも

 王国の安全を優先されるのであれば、

 そちらを熟読し、

 迅速かつ適切な対応を取られることを、

 強く推奨いたします」


 クロエは一切の感情を込めずにそう返答し、一礼するとさっさと魔術師団長室を後にした。彼女にとって形式的な手続きや保身に走る上層部の思惑など、もはやどうでもいいことだった。


 重要なのは、オリジンコアセクターの謎を解明し、この非効率な事件を根本から解決すること。そして何よりも、一刻も早く、平穏な定時退社ライフを取り戻すことだ。


(形式的な謹慎処分は

 むしろ好都合かもしれませんね。

 これで表向きの業務からは解放され、

 心置きなく独自調査に専念できますから。


 もちろん、

 謹慎中の行動に関する報告義務など

 遵守するつもりはありませんが——)


 クロエは自席に戻ると手早く私物をまとめ、髪留めを外し、誰に咎められることもなく魔術師団庁舎を後にした。


 彼女の頭の中では、既にオリジンコアセクターの遺跡内部への潜入計画と、そこで遭遇するであろう様々な障害への対処法が、いくつものシナリオとして構築され始めていた。


 その夜、クロエは自宅(王都郊外にある、魔導セキュリティで厳重に守られた一軒家。もちろん、内部は彼女の趣味と実益を兼ねた様々な自作魔道具で満たされている)の地下にある、私設ラボラトリーに籠っていた。


 壁一面に設置された大型ディスプレイには、オリジンコアセクターの遺跡に関するあらゆる情報——歴史的文献、過去の調査記録(断片的なものが多いが)、周辺の地質データ、そして今回観測された異常な魔力パターン——が表示され、それらが複雑なアルゴリズムによって解析・関連付けられていく。


「この遺跡は、

 表向きは古代カルドニア文明の

 祭祀場とされています。


 しかしその構造と魔力配置は、

 明らかに何らかの巨大な『装置』

 としての機能を示唆しています。


 そして今回観測された魔力の流れは、

 その装置が何者かによって

 強制的に再起動させられた結果

 ——と考えるのが最も合理的でしょう」


 クロエは、収集した膨大なデータを分析しながら思考を深めていく。

 彼女の脳裏にはいくつかの疑問が渦巻いていた。誰が、何のために、この古代の装置を再起動させたのか?その目的は?そして、なぜ今なのか?


 そして彼女の中で一つの強い確信が芽生え始めていた。この事件の背後には、単なる事故や偶発的な暴走ではない、明確な意思と高度な知識を持った「組織」が存在するのではないか、と。


 シオン・アークライトが言っていた「未知の魔法体系」や「異次元からの干渉」という言葉もあながち的外れではないのかもしれない。


「私の平穏な日常、そして、

 私の愛すべきアフターファイブ…

 それを脅かす存在は、

 たとえそれが国家レベルの陰謀であろうと、

 あるいは世界の理に反するような

 超常的な脅威であろうと、

 断じて許すわけにはいきません。


 ——必ず、この手で排除します」


 クロエの瞳に、冷たく、しかし燃えるような決意の光が宿った。


 彼女は、表向きは謹慎処分を受け入れつつ、水面下で、このオリジンコアセクターの遺跡暴走事件の元凶を突き止め、それを打倒するための本格的な調査と行動を開始することを決意した。


 それは、魔術師団や王国のためではない。あくまで、自分自身の「定時退社」と「アフターファイブの平和」を守るため。そして、その結果として、もし王国が救われるのであれば——それはそれで効率的な副産物と言えるだろう。


 彼女は、数少ない信頼できる協力者——騎士団情報部のアラン・クルツと、新人だが意外な才能の片鱗を見せ始めているリリィ・プランケット——に、秘匿回線で連絡を取った。


『アランさん。

 例の遺跡の件ですが、

 いくつか興味深い仮説が浮上しました。


 近いうちに、

 直接お会いして情報交換を。

 場所はいつもの「隠れ家」で』


『リリィさん。

 あなたの古代文献学の知識を

 お借りしたい案件があります。


 オリジンコアセクターに関する記述で、

 何か特異なもの、

 あるいは公にされていない伝承などがあれば、

 至急調査をお願いします。


 報酬は、

 パティスリー・グリモワールの

 特製ケーキ一週間分でいかがでしょう?』



 こうして物語は、クロエ・ワークライフという一人の異端な魔術師の、極めて個人的な動機から始まった戦いが、やがて王国全体の運命を左右する巨大な陰謀との対決へと、大きく舵を切ろうとしていた。


 クロエは、その壮大な物語の幕開けと知ってか知らずか——多分知らないまま——お気に入りのハーブティー(カモミールとレモングラスのブレンド、蜂蜜をほんの少しだけ添えて)を片手に、冷静に、そしてどこか楽しむかのように迎えるのだった。


「さて、と。まずは——

 あの忌々しい遺跡のセキュリティシステムを

 どうやって効率的にハッキングするか、ですね。


 公的なデータベースへのアクセス権は、

 おそらくこの謹慎処分と同時に、

 大幅に制限、

 あるいは完全に停止されているでしょう。


 王立図書館の最深アーカイブや

 魔術師団の非公開サーバーとなれば、

 通常業務時ですら

 厳重なアクセス許可と多重認証が必要。


 今の私が正面からアクセスするのは不可能に近い。


 ですが……」


 クロエはほんの少しだけその翠色の瞳を見開き、不敵な笑みを浮かべた。


「『正面から』でなければ、話は別です。

 幸い、過去に『研究目的』で

 いくつかのシステムに

 『興味深い脆弱性』を見つけておきましたし、

 アランさん経由で入手可能な

 『裏口』の情報もいくつかある。


 少々骨は折れますが、私の定時退社のためなら

 これくらいの非効率な手間は厭いません。


 私の専門分野が、

 ようやく本領を発揮することになったようです」


 彼女の定時退社を守るための、本当の戦いが今、始まろうとしていた。

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