第13話: 第二波襲来と本部の無策
一体目の巨大ゴーレムは、クロエ・ワークライフの圧倒的な実力と効率を極めた戦術によって、わずか数分で沈黙した。
その鮮やかすぎる手際に、現場にいた魔術師も騎士も、そして指揮官であるベルクナー侯爵さえも、言葉を失うしかなかった。
しかし、これで全てが終わったわけではなかった。
「……まだ、活動は完全に停止していませんね。
オリジンコアセクターの
遺跡本体から放出される異常な魔力の流れは、
依然として継続中です。
むしろ、先ほどよりも増している
ように感じられます」
クロエはアナリティカル・レンズで遺跡方向の魔力パターンを再計測しながら、眉をひそめた。
ゴーレムは倒したが、その動力源となっていたであろう遺跡の活動は、むしろ活発化しているように見える。地鳴りのような不気味な振動も、断続的に続いている。
「第二波。
あるいは、さらに厄介な何かが来る
可能性が高いと判断すべきでしょう。
——警戒を継続します」
そして、彼女の予測は、残念ながら的中することになる。
一方、魔術師団本部では、このオリジンコアセクターのゴーレム出現事件に関する緊急対策会議が招集されていたが、その内容はクロエが現場で繰り広げた効率的な戦闘とは似ても似つかない、非効率の極みであった。
議題の中心は、なんと「クロエ・ワークライフの命令違反行為に対する処遇」と「ベルクナー侯爵の指揮責任問題」という、およそ現状の危機とはかけ離れた、責任のなすりつけ合いだったのだ。
「ワークライフ君の行動は、
確かに結果としてゴーレムを撃破したが、
上官の命令を無視した独断専行であり、
魔術師団の規律を著しく乱すものだ!
厳罰に処すべきである!」
「いやいや、ベルクナー侯爵の硬直した指揮こそが、
被害を拡大させかけた元凶ではないのか?
もしワークライフ君の機転がなければ、
我々は全滅していたかもしれんのだぞ!」
クライン課長は、ここぞとばかりにクロエを声高に非難し、ベルクナー侯爵に取り入ろうと必死だ。
一方で、現場の状況を辛うじて把握していた一部の良識派からは、クロエを擁護する声も上がってはいたが、その声は小さい。会議は完全に紛糾し、罵声すら飛び交う始末。
その間にも、オリジンコアセクターからは、新たな脅威が姿を現しつつあった。
先ほどの巨大ゴーレムほどではないが、それでも全長数メートルはあろうかという中型ゴーレムが、複数体、まるで蟻の行列のように遺跡から湧き出してきているのが、遠隔監視魔法の映像で確認されたのだ。
「な、なんだと!? 第二波だと!?
まだゴーレムが残っていたというのか!」
「侯爵! 早く指示を!
このままではヘイステリア市が!」
会議室は再びパニックに陥る。ベルクナー侯爵は顔面蒼白で、的確な指示など出せる状態ではない。
クロエは、魔導通信で本部のその混乱ぶりと、無意味な議論に終始する上層部の無策ぶりをリアルタイムで把握し、深い、深いため息をついた。
「この組織のシステム的欠陥と、
構成員の平均的非効率性は、
あの古代ゴーレムよりも
よほど性質が悪いかもしれませんね。
ある意味、不治の病です」
このまま組織の論理に従い、彼らの指示を待っていては、被害は拡大する一方だ。そして何よりも、自分の平穏な日常、愛すべきアフターファイブが、永遠に脅かされ続けることになる。
それは、クロエにとって到底容認できることではなかった。
「待っていても——
誰も何も解決してはくれない。
いえ、解決できない。
それが現状の客観的な評価です。
ならば私が根本原因を、
この非効率な状況を生み出している
元凶そのものを排除するまでです」
彼女は、命令違反の処分がどうなろうと、もはや意に介さない覚悟を決めた。自分の行動の正しさは、結果が証明する。そしてその結果とは、一刻も早い事態の収拾と、定時退社の日常への復帰だ。
クロエは、第二波として出現した中型ゴーレム群の編隊を冷静に観察しながら、遺跡暴走の真の原因究明とその完全なる解決に、本格的に乗り出すことを決意した。
それは、魔術師団の一員としてではなく、クロエ・ワークライフ個人としての、戦いの始まりでもあった。
「まずは、あの忌々しい魔力の流れを
止めないことには話になりませんね。
オリジンコアセクターの遺跡内部に
直接アクセスする必要がありそうです。
もちろんその前に、
あのうっとうしい中型ゴーレムたちを
効率的に掃除しておかなければなりませんが」
彼女の瞳には、一切の迷いも、恐怖もなかった。ただ、目の前にある「解決すべき問題」に対する、冷徹なまでの分析と、それを処理するための最適解を求める、純粋な探求心だけが燃えていた。