第12話: 翠色の閃光、ゴーレムを穿つ
ベルクナー侯爵の号令の下、魔術師団の魔術師たちが、再びゴーレムの胸部コア目掛けて、一斉に最大火力の攻撃魔法を放ち始めた。
色とりどりの魔力の激流が、巨大なゴーレムへと殺到する。しかし、その結果は先ほどと何ら変わらなかった。
多重複合魔力障壁はびくともせず、全ての攻撃を容易く弾き返すか、あるいは吸収してしまう。
それどころか、大量の魔力を吸収したゴーレムは、その体表に浮かぶ古代文字の輝きをさらに増し、胸部コアを中心に、周囲の空間が歪むほどの凄まじいエネルギーを溜め込み始めた。
それは、明らかに、先ほどバーンズたちを吹き飛ばした衝撃波よりも数段強力な、広範囲殲滅攻撃の予兆だった。
「な、なんだと!? エネルギー反応、急上昇!
まずい! 総員、退避! 退避ーっ!」
ベルクナー侯爵が、裏返った悲鳴のような声を上げる。しかし、もう遅い。
ゴーレムがそのエネルギーを解放するまで、あと数秒もないだろう。現場の魔術師や騎士たちは、絶望的な表情でその瞬間を待つしかなかった。
その、誰もが死を覚悟した瞬間。
一条の翠色の閃光が、空を切り裂いた。
クロエ・ワークライフが、ゴーレムの足元、まさにこれから放たれようとしている広範囲衝撃波の爆心地と予測されるポイントへと、信じられないほどの高速で降下したのだ。
その無謀とも思える行動に、戦場にいた誰もが息を呑んだ。
「なっ…ワークライフ君!?
何を考えておるか! 無駄死にするだけだぞ!」
ベルクナー侯爵の驚愕の声が響く。
しかし、クロエは完全に冷静だった。彼女のアナリティカル・レンズは、ゴーレムが衝撃波を放つ正確なタイミングと、そのエネルギーの指向性を完璧に予測していた。
衝撃波が放たれる、まさに0.5秒前。
「地盤構造最適化。
ターゲット座標、ゴーレム右脚部接地ポイント。
術式:
局所的液状化現象誘発及び支持力低下。実行」
クロエがオプティマイザー・ロッドを地面に突き立てると同時に、ゴーレムの右脚が踏みしめている地盤が、まるで泥沼のように、一瞬だけその支持力を失った。計算され尽くされた、精密な地盤沈下魔法。
巨大なゴーレムは、予期せぬ足場の不安定化に、その巨体をごろりと大きく傾がせた。そして、その体勢が崩れたことで、溜め込んでいたエネルギーは、あらぬ方向へと暴発した。
轟音と共に放たれた衝撃波は、天高く舞い上がり、雲を吹き飛ばしたが、地上の魔術師たちには何ら被害を与えなかった。
そして、ゴーレムが体勢を崩したことで生まれた、ほんの一瞬の隙。その隙に、普段は分厚い装甲と魔力障壁で守られている脚部及び腕部の関節駆動系ユニットが、無防備に晒された。
クロエはその千載一遇のチャンスを見逃さなかった。
「連鎖式小型魔力榴弾『ピンポイント・クラスター』。
ターゲット、関節駆動系ユニット六箇所。
同時多重ロックオン。発射」
オプティマイザー・ロッドの先端から、翠色の光を曳く数十発の小型魔力弾が、まるで蜂の群れのように一斉に射出された。
それらは複雑な軌道を描きながら、ゴーレムの六箇所の関節部へと吸い込まれるように正確に命中し、内部で連鎖的に爆発。駆動系ユニットの繊細な機構を、完全に破壊した。
ギャリギャリ、ゴウンッ!という鈍い金属音と共に、巨大なゴーレムは膝をつき、両腕をだらりと垂らして、その動きを完全に止めた。
動きを止められたゴーレムの胸部コア。先ほどの体勢崩壊と、駆動系ユニットの機能不全により、案の定、それを守っていた多重魔力障壁の出力が、目に見えて低下している。
赤い光の明滅も弱々しくなっている。まさに、クロエの計算通りだった。
「最終フェーズ。
対物魔力障壁貫通特化型
収束魔力ランス『ゼロ・ディバイダー』。
魔力チャージ100%。
ターゲット、胸部メインコア。……執行します」
クロエのオプティマイザー・ロッドの先端に、翠色の魔力が螺旋状に収束し、目も眩むような輝きを放つ一本の鋭利な槍を形成する。
それは、彼女の持つ全魔力と、極限まで高められた魔力効率の全てを注ぎ込んだ、文字通りの必殺の一撃。
ズゥゥンッ!
魔力ランスは、大気を切り裂く轟音と共に射出され、弱体化したゴーレムの魔力障壁を紙のように貫き、そして、胸部中央の魔晶コアを、寸分の狂いもなく正確に直撃、破壊した。
バチバチバチッ!という激しいスパークと共に、ゴーレムの体表に浮かんでいた古代文字の赤い光が完全に消え失せ、その巨大な体は、まるで生命を失ったかのようにゆっくりと前方に倒れ込み、地響きを立てて完全に沈黙した。
戦場は、一瞬にして静寂に包まれた。
ベルクナー侯爵は、目の前で起こった信じられない光景に、怒りも、驚きも、そしておそらくは安堵と恐怖も通り越して、ただ口をあんぐりと開けたまま呆然と立ち尽くしている。
クロエは、静かに滞空魔法を解除し、ゆっくりと地上に降り立った。そして、沈黙するゴーレムの残骸と、唖然とする周囲の魔術師たちを一瞥すると、淡々と、しかしはっきりと告げた。
「任務完了。被害最小。
時間効率、予測値比マイナス2分18秒。
概ね、良好な結果と言えるでしょう」
その言葉は、戦場の英雄の凱旋というよりは、むしろ複雑な実験を成功させた科学者の、冷静な所見発表のようだった。