第11話: 独断の最適解と不協和音を奏でる組織
滞空しながら巨大ゴーレムの全身をスキャンしていたクロエのアナリティカル・レンズが、数秒後、詳細な解析データを彼女の網膜に投影した。
「構造材質:
超高密度岩石と未知の合金。
魔力伝導率、極めて良好。
動力源:
遺跡地下に存在する高濃度マナ溜まりからの
直接供給と推定。
制御システム:
胸部中央に位置する大型魔晶コア、
及び全身に分散配置された複数の
補助制御ノードによる自律型、もしくは遠隔操作型。
そして…」
クロエの口元に、ほんの僅かな、しかし確かな笑みが浮かんだ。
「発見しました。弱点。
関節部の駆動系ユニットの装甲が、
他の部位と比較して相対的に薄い。
特に、脚部と腕部の付け根、計六箇所。
これらのユニットをピンポイントで破壊、
あるいは機能を停止させれば、
ゴーレムの動きを大幅に制限できるはず。
そして、胸部メインコア。
現在は多重の複合魔力障壁によって
厳重に防御されていますが、
駆動系ユニットの機能不全により
ゴーレム本体の魔力バランスが崩れれば、
障壁の出力も一時的に低下する可能性が高い。
その瞬間を狙ってコアを直接攻撃するのが、
現時点での最適解と判断します」
まるで精密機械の設計図を読むかのように、クロエはゴーレムの弱点と、それを突くための具体的な手順を瞬時に割り出した。必要な魔力量、攻撃のタイミング、角度、全て計算済みだ。
クロエは、現場指揮官である老齢の貴族魔術師、アルフレッド・フォン・ベルクナー侯爵(その無能ぶりは先ほどの指示で既に露呈しているが、形式上は彼が最高責任者だ)に対して、通信魔法でコンタクトを取った。
「ベルクナー侯爵閣下。
第三課所属、クロエ・ワークライフです。
ただいまゴーレムの構造解析を完了し、
有効な攻撃プランを策定いたしました。
ご許可いただければ私が単独で実行し、
五分以内にゴーレムを無力化してご覧にいれますが」
クロエの冷静で自信に満ちた声は、拡声魔法を通じて戦場に響き渡った。その場にいた誰もが、一瞬、戦闘の手を止めて彼女に注目する。
しかし、ベルクナー侯爵からの返答は、クロエの予想を裏切らない、非効率極まりないものだった。
「な、何を馬鹿なことを言っておるか、
小娘が! た、単独でだと?
ふざけるのも大概にせよ!
この私が、
王国騎士団と魔術師団の精鋭たちを率いて
これだけ苦戦しておるのだぞ!
それを貴様一人の力で、しかも五分だと?
身の程を知れ!」
侯爵の声は怒りと侮蔑に震えていた。先の戦闘で、彼の指揮する部隊が大きな損害を出し、彼のプライドが深く傷ついていたことは想像に難くない。
そんな状況で、若い、しかも女性の魔術師から「自分ならもっとうまくやれる」と言われたことが、彼の逆鱗に触れたのだろう。時代錯誤な価値観だ。
「第一、貴様のような若輩者の
根拠も不明な作戦案など、誰が信用できるか!
いいか、総員に告ぐ!
私の指示通り、ゴーレムの胸部コアを集中攻撃せよ!
最大火力でだ!
数で押し切れば、いずれあの忌々しい
障壁も破れるはずだ!
それが、伝統あるカルドニア王国魔術師団の、
正々堂々たる戦い方というものだ!
小細工は無用!」
ベルクナー侯爵は、クロエの提案を一蹴し、完全に的外れでしかも状況をさらに悪化させる可能性の高い命令を、再び戦場に響かせた。魔力の無駄遣い。人的資源の浪費。
そして何よりも、貴重な時間の浪費。クロエの評価では、彼の指揮は無能を通り越して有害レベルに達していた。
クロエは、通信魔法を通じて、努めて冷静な声で応答した。
「…承知いたしました、
閣下(表向きは、ですが)。
閣下のご武運を、心よりお祈り申し上げております
(そんなものが存在すれば、の話ですが)」
そして、彼女は一方的に通信を切った。
「——ですが、残念ながら、
私はあなたのその非効率な精神論と
心中するつもりも、
私の貴重なアフターファイブを
これ以上あなたのような無能な
指揮官のために犠牲にするつもりも、ありません。
私は私の計算と、私の導き出した最適解を、
そして何よりも、
定時退社と美味しいスイーツを信じます」
クロエは小さく呟くと、オプティマイザー・ロッドを再び構えた。彼女は、ベルクナー侯爵の命令を完全に無視し、単独での最適化作戦を実行することを、改めて固く決意した。
たとえそれが、後に命令違反として厳しく処罰される可能性があったとしても、今の彼女にとってはどうでもいいことだった。
非効率な状況を放置することこそが、最大の罪なのだから。