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第103話: 新たな脅威の目覚め——遠くルヴァリア皇国をのぞみながら

 こうして王都には平和が戻り、クロエ・ワークライフもまた完璧な定時退社ライフを謳歌しているかのように見えた。


 しかし、復興が進む王都の目抜き通りを歩きながら、彼女は憂慮していた。


 ヴァイスクが夢見た「効率による世界の調律」——これは歪んでいる一方で、ある種の純粋さを持った「理想」に向かう思想であり、恐らく完全には消え去ってはいないこと、そしてもし消えたとしても、いずれ必ず“再燃”する思想である、ということを。


叡智探求の兄弟団フラタニタス・サピエンティアエ

 組織には確かに壊滅的な打撃を与えたはずです。

 ですが、その思想の種子は——

 アステル……いえ、ヴァイスクに心酔していた

 一部の残党たちの心の中に

 まだ深く、熱く

 生き残っているのではないでしょうか)



 クロエの不安の通り、彼らは水面下で再び集結し始めていた。しかし、その目的はもはや世界の「調律」などという壮大なものではなかった。


 一方で、極めて人間的で、厄介で、ピュアなものだった。


「指導者ヴァイスクと理想の実現を阻んだ

 クロエ・ワークライフとカルドニア王国に

 死の裁きを——」


 そう……感情的な復讐である。加えて、行き場のない感情の“行き場”を求めた衝動——ヴァイスクの遺した禁断の知識のかけらを利用した無差別な破壊、である。


 最も狂信的な者たちは賢者ヴァイスク自身の「復活」さえも本気で試みようとしていた。


 アランの情報網とリリィが禁書庫の資料から発見した新たな手がかり——兄弟団が秘密裏にどこかに隠し持っていたヴァイスクの研究データの一部や、兄弟団が潜伏している可能性のある隠れ家のリストだったを通じて、クロエたちはその不穏な動きをいち早く察知していた。


「……ヘキサグラマトンの小型版の設計図や

 より強力な精神操作技術や

 『パフュームオブソウル』の悪用法などを考案し

 新たなテロ計画を企てているようですね」


 クロエは集めた情報を冷静に分析していた。


「目的は、おそらく王国の主要な

 魔力のラインを汚染し

 再び局地的な法則崩壊を引き起こすこと。

 あるいは王宮の要人をターゲットとした

 大規模な暗殺計画か……」


 クロエは深いため息をついた。


「やれやれ。

 非効率な残業はどうやらまだまだ

 終わりそうにはありませんね。

 ですが、残党の小さな火種を放置すれば

 いずれまた私のアフターファイブが

 根本から脅かされることになる。


 ……ならば早期に

 この問題を根本から処理する必要あります」


 クロエは仲間たちと共に兄弟団残党の掃討作戦に乗り出すことを決意した。


「——皆さん、世直しです」


 もはや王国からの公式な任務の命令を待つまでもない。クロエたちの自主的なボランティア活動、あるいは平和維持活動とでも言うべきものだ。


 もちろん活動に必要な経費は後日きっちりと王国に請求するつもりだったが。



 ある兄弟団の残党たちとの戦いの後、クロエは不気味な違和感を覚えた。


「兄弟団の魔法や魔道具ですが

 明らかにヴァイスクがいた時のものと違いました。

 ——より古く、より根源的な邪悪さが

 あったような……」


 アランも深く頷きながら、一方でもう一つ気がかりなことがあったという。


「ああ。それに——錯乱状態の中で呟いた言葉。


『……大いなる……獣が目覚める

 ……星を……喰らい……

 全ては……混沌に……還る……』


 大いなる獣、星を喰らう、混沌に還る——

 ヴァイスクとは違う思想が

 芽生え始めているのではないだろうか」


「トップを失った組織に目を付けた『次のトップ』が

 首だけを挿げ替えて乗っ取った——

 そういうことでしょうか」


 と、その時。アジトにふらりと姿を現したシオンが、その言葉を聞いて珍しく表情を曇らせた。


「……どうやら

 賢者ヴァイスクという巨大な蓋が外れたことで

 この世界のさらに深い場所に眠っていた

 より古く、より厄介な『何か』が

 目を覚まし始めてしまったのかもしれないね。


 あるいは兄弟団の残党たちは

 新たな脅威に気づかぬうちに利用されている——

 哀れな駒に過ぎないのかもしれない、と」


 シオンはそう言って、窓の外の遥か遠く……ルヴァリア皇国の方角を見つめた。


 その瞳にはこれまでにない深い警戒と、そしてある種の諦観のような色が浮かんでいた。


「クロエ。君の定時退社ライフは

 どうやらこれからもっと

 エキサイティングなものになりそうだね。


 この世界の『混沌』への渇望は

 そう簡単にはなくならない——。


 むしろ新たに、厄介な『物語』が

 始まろうとしているのかもしれない」


「——シオンさんがそう言うのであれば

 間違いないのでしょう。

 私の定時退社の障壁となる『何か』がもう

 動き出している——そういうことですね」

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