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第10話: 暴走ゴーレムと絶望の戦場

 空間転移特有の、一瞬の浮遊感(()()()())と視界のホワイトアウトの後、クロエの意識はクリアになった。眼下に広がる光景は、まさに地獄絵図の一歩手前だった。


「報告以上の惨状ですね…

 指揮系統は、果たして機能しているのでしょうか」


 クロエは滞空魔法(もちろんこれも魔力効率を極限まで高めた改良版)で高度を維持しながら、冷静に戦況を分析する。


 巨大、という言葉では生ぬるい。全長数十メートルはあろうかという、岩石と古代金属で構成された禍々しい姿のゴーレムが、ゆっくりと、しかし確実にヘイステリアの街に向かって進撃している。


 その一歩一歩が大地を揺るがし、周囲の木々をなぎ倒していく。ゴーレムの表面には、不気味な赤い光を放つ古代文字のようなものが無数に浮かび上がり、強力な魔力障壁を形成しているのが見て取れた。


 そしてその巨大ゴーレムの周囲では、既に先行して到着していた魔術師団の別部隊や、緊急出動した王国騎士団の騎士たちが、必死の抵抗を試みていた。しかし、その戦いは明らかに劣勢だった。


 現場指揮官らしき人物(拡声魔法で指示を飛ばしているが、その内容は曖昧で、しかも明らかにパニックに陥っている)の命令は、各部隊に混乱をもたらすばかりで、全く連携が取れていない。


 魔術師たちは、各々がバラバラに中途半端な威力の攻撃魔法をゴーレムに放っているが、そのほとんどは魔力障壁に弾き返されるか、あるいは傷一つ付けられずに霧散している。


 騎士たちは、勇敢にもゴーレムの足元に取り付こうとしているが、その圧倒的な質量とパワーの前に、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、次々と負傷していく。


 その中に、見知った姿があった。バーンズ・ゲイルだ。


「うおおおおっ! カルドニアの平和は、俺が守る!

 喰らええええっ!

 最大出力、爆炎衝破(フレア・バスター)!!」


 バーンズは、同僚数名と共に、ゴーレムの比較的装甲が薄そうに見える脚部関節を狙って、渾身の炎熱系攻撃魔法を叩き込んでいた。その威力と気迫は確かに目を見張るものがある。


 しかし、クロエのアナリティカル・レンズが瞬時に弾き出した分析結果は、非情なものだった。


「…効果は限定的です。

 バーンズさんの最大火力をもってしても、

 あのゴーレムの関節部装甲を貫通するには、

 威力が23.7%不足しています。


 魔力障壁による減衰を考慮すれば、

 深部への有効なダメージは期待できません。


 多少動きを鈍らせる程度の効果は

 あるかもしれませんが、

 むしろ、

 彼の攻撃はゴーレムの注意を不必要に引きつけ、

 反撃を誘発する危険性が高い……」


 クロエの予測通り、バーンズたちの集中攻撃を受けたゴーレムは、鬱陶しげに巨大な腕を振り上げた。そしてその腕から放たれたのは、凄まじい威力の衝撃波だった。


 ドゴォォォン!


 衝撃波はバーンズたちの防御魔法を紙切れのように打ち破り、彼らをまとめて吹き飛ばした。バーンズは辛うじて受け身を取ったものの、地面に激しく叩きつけられ、動けなくなっている。他の数名は、既に意識を失っているようだ。


「バーンズさん!」


 遠くから、か細い、しかし芯のある声が聞こえた。リリィ・プランケットだ。彼女は、戦闘には直接参加せず、後方で負傷者の手当てや、避難誘導の補助に奔走していた。


 その瞳には、目の前の惨状に対する恐怖の色が浮かんでいたが、それでも必死に自分の役割を果たそうとしている。


「バーンズ先輩!

 しっかりしてください!

 今、治癒魔法を…!」


 リリィがバーンズに駆け寄ろうとするが、ゴーレムの次の攻撃が、彼女のすぐ近くに着弾し、土煙を上げる。


「このままでは、無駄な犠牲が増えるだけですね。

 指揮系統は完全に麻痺。

 現場の戦力も、有効な攻撃手段を見出せていない。


 そして、私のディナーの予約もパーになった。


 ……どうやら、また私の出番のようですね。


 これ以上、私の貴重な時間を

 浪費させるわけにはいきませんから」


 クロエは小さく呟くと、まず、負傷して動けないバーンズと、彼に駆け寄ろうとしているリリィの位置を正確に把握した。


 そして、オプティマイザー・ロッドを軽く振るい、二人の頭上にピンポイントで多重防御結界を展開。ゴーレムの瓦礫攻撃や流れ弾から、彼らを保護する。


 リリィへは、簡潔な指示を念話で送った。


『リリィさん、聞こえますか。

 バーンズさんの応急処置を最優先で。

 その後は、他の負傷者の救護と、

 安全な場所への避難誘導に専念してください。


 あなたの直接戦闘への参加は、

 現状では非効率と判断します。

 周囲の安全は、私が確保します』


「せ、先輩!? 来てくださったんですね!」


『——当然です。もう安心してください』


「先輩……」


 リリィの驚きと安堵が入り混じった声が、念話を通じて伝わってくる。


 クロエは、現場指揮官への連絡は不要と判断した。彼に何を言っても、理解するのに時間がかかり、結果として状況を悪化させる可能性が高い。


 彼女はゴーレムの全体像を再度アナリティカル・レンズでスキャンし、その構造、材質、魔力循環システム、そして何よりも弱点の特定を開始した。


「古代遺跡・オリジンコアセクターから

 出現したゴーレム……

 型番不明、動力源不明、制御システム不明。


 ですが、どんなに強力な存在でも、

 必ず構造上の脆弱性、

 あるいはエネルギーフローの

 ボトルネックが存在するはずです。


 それを見つけ出し、

 最小の労力で最大の効果を上げる。

 それが、私のやり方ですから」


 クロエの瞳が、翠色の分析光を鋭く放つ。彼女の頭脳は、既にこの巨大な「非効率の塊」を解体し、無力化するための最適解を導き出し始めていた。

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