第六話 夜の人生会議
昨晩は、しばらく綾間を待っていたが来ることはなかった。
今朝も家のチャイムが鳴ることはなく、一人で学校に向かう準備をする。
一人で学校に向かうことは慣れてはきたが、すこし寂しい気持ちがあった。
普段は綾間が隣にいたのに、ここ数日は隣に誰もいない。
最初は違和感があるというだけであったが、すこしづつ寂しいという気持ちが溢れてきた。
なんとか、仲直りをするために綾間と話す作戦を練ることにする。
僕は家の扉を開け、作戦を考えながら学校に向かうことにした。
しかし、家の扉を開けると地面には見覚えのある紙くずが落ちていた。
(……。なんでここに)
学校から始まり、とうとう自宅まで嫌がらせがきてしまった。
僕は、手を震わせながら紙くずを拾う。
内容は学校外でも綾間と会っていたことを許さないという内容だった。
昨日のことではないだろうが、数日前のことが書かれている。
また、学校に来たら痛い目にあわすと追記されていた。
僕は恐怖で体がすくんで、この場から一歩も動けなくなる。
結局、学校には向かわず、家のソファに座っていた。
ただの臆病者なのかもしれないが、はじめて学校に行くのが恐怖へと変わる。
いまは、ひたすら一人で、どうすればいいか考えてしまう。
綾間とは話せるような状況ではなく、石黒は学校に行かないと会えない。
あのとき、石黒に相談しておけばと後悔した。
(どうすればいいんだ……)
考えても解決策は出なく、時間だけがどんどん過ぎていく。
気が付くと夜になっており、久々に学校をサボってしまった。
翌朝も綾間が自宅に来ることはなく、朝食後に恐る恐る家の扉を開けてみる。
すると、再び紙くずが落ちていた。
内容は昨日と同じだが、ここまで連続の嫌がらせは憂鬱になる。
結局、僕は二日連続で学校を休んだ。
(やっぱり、僕なんかが綾間さんと会っちゃだめなんだ……)
(どこの誰かもわからない人が急に現れて仲良くしてたら、そりゃ恨む人も出てくる)
(二人は、学校でどうしてるかな……)
僕は、ひたすら学校のことや綾間、石黒のことを考えた。
その後、学校に行かない日が続き、とうとう不登校四日目となる。
三日目までは紙くずが家の前にあったが、四日目にはなくなっていた。
理由はわからないが、僕が行かなくなったことに気がつき、置くのをやめたのかもしれない。
平日の昼間は、とくにやることもないため、綾間にもらった本を読む。
しかし、ためになる内容が書かれていても、自分から行動できる状況ではなかった。
この状況では、相談したくてもできない。
僕は学校に行ける状況ではないが、とりあえず外に出てみることにした。
数日ぶりの外であったが、憂鬱な気分は抜けない。
目的の場所があるわけじゃないが、家から離れるように歩いていく。
しばらく歩いていると、僕の目線の先には大きな橋があった。
この橋は、僕が過去に自殺をしようとした場所である。
(……。)
(なんで、ここにたどり着くんだ……)
僕は橋の近くには行かず、すこし離れた距離から橋を眺めた。
綾間との懐かしい記憶を蘇らせながらも、ネガティブな考えをしてしまう。
(やっぱり、僕なんていないほうが平和なのかも)
もう自殺はしないと綾間と約束したのに、考えてはいけないことを考えてしまう。
気が付くと、足が勝手に動いており、橋のほうに進んでいく。
ネガティブな考えをしはじめてから、近くで橋を眺めたくなってしまっていた。
僕は、ゆっくりと橋のほうに向かう。
しかし、橋に着くと急に綾間のことを思い出した。
綾間と出会った日、綾間と人生会議をした日、綾間と家で過ごした日などの思い出が脳内で再生される。
すると、ふと我に返り、いけないことをしようとしていることに気が付く。
僕は、すこしずつ後ずさりをする。
すると、遠くのほうから僕の名前を呼ぶ声が聞こえはじめる。
声の聞こえるほうを見ると、走りながら僕の名前を叫ぶ綾間がいた。
「はぁはぁ、洸太く〜ん!」
(あ、綾間さん……?)
(なんで、ここに)
綾間は僕の目の前にたどり着くと、息を切らしながらしゃがみこんだ。
しゃがみこんだと思ったら、急に立ち上がり僕の頬を平手打ちする。
パンッと音が響き、数秒後には僕の頬が徐々に赤くなっていく。
僕はびっくりして、綾間の顔を見るが言葉を発することができなかった。
「いい加減にして!」
「な、なにするんだよ」
「こっちのセリフよ」
「えっ?」
「また、こんな場所でなに考えているのよ」
「……。それは……」
「やめてよ」
「ごめん。けど、違うんだ……」
「言い訳しないで!」
「なんだよ……」
僕たちは、久々に会ったのにもかかわらず激しい口論になってしまった。
綾間は僕が学校に行かず、この橋にいたことにすごく怒っていた。
怒る理由はわかる。
二人で約束もしたのだから。
それに対しては僕が悪い。
ただ、僕の意見を聞こうとせず、ずっと怒りつづける。
僕は、限界になり怒られている途中で叫んでしまう。
ただ、言おうとしていたこととは違い、とっさに出たのは前から疑問に思っていたことだった。
「じゃ、なんで僕に優しくするんだよ!」
「……」
綾間は、急に声を荒げる僕を見て固まってしまう。
なぜ学校に行けないのかを言おうとしたのに、出てきた言葉が違うことに自分自身も驚いた。
「優しくしてくれたり、怒ってくれたり……。なんで、こんな見ず知らずの僕にそんなことをするんだよ」
「それは……」
「そこまでしなくていいんだよ。僕なんか、ほっといてくれよ」
「それは、絶対にダメ」
「……。なんで」
「ちょっと、ついて来てくれない?」
「どこに行くの……」
綾間は僕の数歩先を歩き、橋からどんどん離れていく。
次第に交通量の多い、交差点に近づいていった。
横断歩道の前に着くと、数歩先を歩いていた綾間が振り返り僕を顔を見る。
「ここ覚えてない?」
「いや、全く……。ここが、どうかしたの?」
「いつ言えばいいかわからず、ずっと黙ってたけど、この際だから教えるね」
「なにを……」
「私も洸太くんと同じで自殺をしようとしたことがあったの」
「……。そうなんだ」
「高校に入学してから半年ほど経ったとき、いじめがあってね」
「綾間さんにそんな過去が……」
「段々とエスカレートして耐えれなくなって、ここで自殺をしようとしたんだ」
「……」
「車が来たタイミングで飛び出そうとしたとき、ある人に助けられたんだ。けど、私は助かったのに助けてくれた人が車と衝突して地面に頭を打っちゃったんだ」
「……」
「そのまま、その人は病院に運ばれて記憶障害を起こしちゃって……」
「私のせいで大変なことになって、自殺しようとしたことをとても後悔したの」
「入院中は怖くて会いに行けず、ずっと謝れなかった」
「その人に、このことを言ったら絶対に許してくれないと思うけど、ずっと誤りたかった」
「ほんとうに、いままでごめんね。洸太くん」
「……。なんで僕に謝るの」
「私を自殺から助けてくれた人は洸太くんだよ」
「……。ちょっと、待って。全然、理解できないんだけど」
「私がいま言ったことは、すべて事実だよ」
「……」
僕は綾間の発言がよくわからず、頭の整理ができなかった。
言葉を発することができず、事故があったという交差点を見ながら固まってしまう。
「いきなり、こんなこと言われても動揺しちゃうよね」
「綾間さんを助けたのが自分で、その事故で記憶障害……」
「そう。病院に記録も残っているんだよ」
「確かに、過去の記憶があまりないのは疑問に感じてたけど」
「私のせいで大変な思いをさせて、ほんとうにごめんなさい」
「いや、ちょっと待って……。事故のせいで、僕にここまでしてくれてたの?」
「最初に見たときはびっくりしたの。私を助けてくれた人が自殺をしようとしてから」
「……」
「次は、私が助けなきゃって気持ちになって。嫌なことがあっても、きっかけがあって行動に移すだけで人はこんなに変われることを教えたかった。それに、私が洸太くんの人生を壊しちゃったから、なんとかするのは私の責任でしょ……」
「そこまで考えなくても……」
「けど、なんとかしなくちゃいけないのに、私は全然できていなかった……」
「そんなことはないよ。僕は、綾間さんのおかげでここまで変われたんだから。綾間さんがいなかったら、僕はこの世にいなかったかもしれないし……」
「全部、わたしのせいなの。私が自殺なんかしようとしなかったら、洸太くんはもっと人生を楽しく過ごせていたかもしれない。うぅ……ごめんなさい」
綾間は、泣きながら僕に謝罪をしてきた。
次第に、どんどん崩れ落ちて、泣きながら地面に座ってしまう。
とりあえず、僕は綾間に駆け寄り、一旦落ち着かせることにした。
だが、どのような言葉をかけるのが正解なのかわからない。
僕は、綾間が落ち着くまで、そばにいることしかできなかった。
気が付くと夕暮れ時になっており、交差点には多くの人が行き来しはじめる。
周りからは少女を泣かしている人に見えているのか、変な目で見てくる人ばかりだ。
僕は、泣いている綾間に場所の移動を提案する。
しかし、反応はないため、ほぼ強引に手を取りその場を離れた。
僕は、綾間の手を引っ張りながら会議場所へと向かう。
移動している最中も綾間は泣いており、制服の袖口でずっと涙を拭っている。
僕は、綾間と自然に手を繋いでいる状況であったが、それに気が付かず勢いのまま行動していた。
会議場所に着くと、綾間を椅子にゆっくりと座らせる。
綾間は、すこしずつ落ち着いてきたが、まだ小さな涙が頬を伝う。
「綾間さん……大丈夫?」
「うぅ……」
「大丈夫ではないか……。綾間さん、僕は怒ってないし、泣かなくても」
「うぅ……そういうことじゃないの」
「……。僕が綾間さんを助けたのはびっくりだけど、綾間さんも僕を助けてくれたじゃないか」
「そうだけど……」
「どっちも今は生きてるんだし、綾間がさんが思っているほど、僕は気にしてないから」
「……」
「びっくりしてるだけ。僕が綾間さんを助けているなんて」
(ハンカチでも渡してれば、すこしはかっこよかったかな……)
綾間は制服の袖口で涙を拭い、やっと顔を上げてくれた。
泣きすぎたせいか目は充血して、すこし腫れているような感じであった。
「洸太くんがいなかったら、いまの私はいないの……」
「それは、僕も同じだよ。綾間さんがいなかったら、いまの僕はいないんだ。だから、もうお互いさまってことで」
「それは、それで違う気がするけど……」
「いいんだよ。お互い元気に過ごしているんだし、綾間さんを助けられたのなら僕は嬉しいよ」
「……。それと、さっきはいきなりビンタしちゃってごめんね」
「いや、あれは僕が悪いんだ」
「そんなことないよ」
「僕がハッキリしなかっただけだよ」
「ちなみに、学校にも来ないで、あそこでなにしてたの?」
「眺めていたんだ」
「眺めてたって……」
「理由は違うけど、ほんとうは少しネガティブな考えをしちゃってた」
「じゃ、やっぱり……」
「けど、やっぱり違うってなったんだ」
「なにが違うの」
「あの橋に着いたとき、綾間さんを思い出したんだ」
「わたし?」
「綾間さんを思い出して、踏みとどまれたみたい。ほんとうにありがとう」
「……。なにそれ」
「けど、なんで急に学校に来なくなったの?」
「そ、それは……」
僕は、綾間に会ったら言うと決めてたものの、いざとなるとためらってしまう。
だが、ここで言わないと解決しないと思い、重い口を開く。
僕が話そうとしたとき、後ろから足音が聞こえはじめ、僕の名前を呼ぶ声も聞こえてくる。
後ろを振り向くと、石黒と同じ学校の制服を着た少女が立っていた。
「石黒くん!?」
「お取り込み中、ごめん」
(なんで、ここに……)
(それに、隣の子は誰だろう)
「学校に来なかったのは、これが原因だろ?」
「……」
石黒は、僕が嫌がらせを受けてきた紙くずを何枚か見せてきた。
隣りにいる少女は一言も話さず、下を向いたままである。
「なんで、石黒くんがそれを?」
「えっ、なになに」
「霜野が倒れたとき、机の中から出てきたんだ」
「そうだったんだ……」
「なんで、俺に言わなかったんだよ」
「それは……」
「友達なら、もっと頼っていいんだぞ」
「……。と、友達」
「え、違うのか?」
「いや、違くなくて……なんというか」
「洸太くんの友達でしょ?」
「綾間さん……。そうだね、友達だ」
「ちなみに、霜野が記憶を無くす前も友達だったんだぞ?」
「え? ごめん、全く気が付かなくて……」
「あっ、これ言っちゃまずかったかな……」
「実はさっき、綾間さんに僕の過去を聞いたんだ」
「そうだったのか……。俺は霜野に、どう接していいかわからなくて、なにもできなかった。俺から、ちゃんと声をかけるべきだったから、あのときはごめん」
「気にしないでいいよ。それより、隣の子は一体……」
「あぁ、隣のクラスの早見芽衣さん。霜野に嫌がらせをした張本人だよ」
「……」
「嫌がらせ? どういうこと?」
「実は、霜野が学校に来なくなった理由がこの紙なんだ」
「なにこれ……」
「これだけじゃない。霜野の机、下駄箱、家にも置いて学校に来ないようにさせていたんだ」
「それで、ここ数日は学校に来なかったの?」
「……。まぁ、そうなんだ」
「なんで言わないのよ」
「ちょっと、言える状況じゃなかったし……」
「……」
「俺が、たまたま帰るときに怪しい人を見かけてさ」
「数日間、見張って、とうとう突き止めたってわけ」
石黒は僕のために色々動いてくれており、記憶を無くす前からの友人関係だったことには驚愕した。
実際は、みんなと昔から繋がっていたみたいだが、改めて友達と認識できたことが嬉しかった。
僕は、一人じゃないんだと実感する。
また、いままで無言だった少女が、とうとう口を開いた。
「ほんとうに、ごめんなさい」
「私は許さないわよ」
「綾間さん……。もう、いいんだよ」
「だめよ。自分がされたら、どういう気持になるかわかってやってたの?」
「ごめんなさい。私は、綾間さんのファンで」
「……。は?」
「ずっと、好きで好きで。いつも一緒にいる彼を見てたら羨まして……」
「それで、霜野にそんなことを……?」
「そこまでしなくていいでしょ?」
「そうすれば、私がそばにいれる可能性もあるかなって……」
「……。意味がわからないんだけど」
口論は収まらず、どんどんエスカレートしていく。
僕は、それを見かねて、とんでもないことを言ってしまった。
「じゃ、みんなで友達にならない?」
「え?」
「どうしたんだ……霜野。お前に嫌がらせをした女だぞ?」
「そうよ。洸太くんをここまで追い込んだ人よ?」
「そうすれば、早見さんも綾間さんの近くにいれるでしょ?」
「なんで、私がこの子と友達に……」
「なにかの縁かもしれないし。そうすれば、解決するのかな?」
「いいの? 私も綾間さんの友達になって」
「私は、いいなんて言ってないけど……」
「二人とも、僕からの一生のお願いだよ」
「まぁ、そこまで言うなら。ちなみに、洸太くんに次なにかしたら許さないから」
「それは、俺も同じく」
「もう絶対にしない。約束する」
「前科者だし、ほんとうに信用していいのか?」
「うん。僕には、なにかあったら助けてくれる友達がいるから」
「……。まぁ、しょうがないか」
「そこまで言うなら……」
今回の件は、なんとか解決することができたみたいだ。
いろいろあったが早見さんからの正式な謝罪もあり、結果的にはみんなと友達になることもできた。
ただ、一人だけは不満そうな顔をしている。
そう、綾間だった。
僕は綾間をなだめながら、先に帰宅する石黒と早見を見送る。
「綾間さん、気持ちはわかるけど、僕は大丈夫だから」
「違うわよ。私が友達になるのが納得いかないの!」
「まぁ……。ただのファンだと思ってもらえれば」
「そんな簡単な話しじゃないわよ。なにかあったら責任取ってもらうからね」
「えっ……。それは、一体どんな……」
「あと、友達作りに成功したら私のお願いを聞くって約束覚えてる?」
「もちろん。なにをお願いするか決まってるの?」
「もし私に、なにかあったときは人生相談お願いしてもいいかな?」
「それは、もちろんだけど、僕でいいのかな? それに、お願いってそれでいいの?」
「いいの。じゃ、約束ね」
僕たちは新たな約束を交わし、恥じらいながら指切りげんまんをする。
その後も綾間と話しをしていると、はじめて会ったときのことを思い出した。
「いま思うと、不思議なんだ」
「なにが?」
「基本的には覚えていないのに、なぜか綾間さんの顔と名前は覚えていた」
「あの橋で会ったとき?」
「そうなんだ。石黒は見てもわからなかったのに、綾間さんは会ったときに顔を名前が認識できたんだ」
「なんでだろうね。それか、私のことが好きだったのかな? 笑」
「な、なっ……。えっと……そうだったのかも」
「なんで過去形なの?」
「い、いや、そんなことはないけど」
「私は好きよ」
「……。えっ?」
「じゃ、いまから人生会議をはじめようか」
「ちょ、ちょっと……。いまのは、どういう……」
「友達ができて終わりじゃないからね? そのあとが大事なんだからね」
「それは、わかってるけど……。聞きたいこともあるというか」
「じゃ、夜の人生会議をはじめるわよ」
綾間の発言に対して、結局ぼくは聞き返すことはできなかった。
ただ、綾間は顔を赤らめ、恥ずかしそうに言っていたのは覚えている。
いまの僕があるのは、紛れもなく綾間の存在が大きい。
綾間は恩人であると同時に、気になる存在であり、僕にとって大事な人には変わりない。
僕の気持ちをちゃんと伝えたとき、改めて綾間の答えを聞くとしよう。
綾間と出会って気付いたことは自分次第で人生を変えることができること。
行動する努力は必要になるが、ときには人を頼ることも大事なのは間違いない。
新しい自分になるため、悔いのない人生を送るため、僕たちの人生会議はこれからも続いていく。