第二話 朝のお迎え
僕は扉を開けて目の前の綾間を見ると、しばらく固まってしまった。
目の前には、朝から目をキラキラと輝かせた綾間が立っている。
ここ数日は薄暗い場所でしか綾間を見ていなかったため、青空の下で見る綾間はなんだか眩しかった。
(……。本当に来たのか)
「おはよ。 準備中だった?」
「おはよう。それより、本当に来たの?」
「約束したでしょ?」
「そうだけど。それより、なんで家がわかったの?」
「同じ学校の人の家なんて、調べようと思ったらわかるものよ」
「……。そういうものなの?」
「ちょっと時間あるわね。中で待っててもいい?」
「いいけど、ちょっと待って……」
綾間は、僕が答える前に靴を脱ぎ、奥の部屋に入っていく。
散らかった部屋を見られるのが恥ずかしく、あまり部屋の中には入れたくなかった。
「広い家だね。 ちょっと散らかってるけど」
「ごめん、片付けてなくて」
「ほんとに、ちゃんとご飯作ってるんだね」
「恥ずかしいから、あんまり見ないで」
「何時に家を出ようか?」
「えっと、本当に行くの……?」
「行くわよ! それだと、私が来た意味ないでしょ?」
「そうだね……。ちょっと準備するから、座って待ってて」
綾間はソファに座りながら、夢中でテレビを見ていた。
僕は制服に着替え、身なりを整えてから綾間のもとへ戻る。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「う、うん……」
「緊張してる?」
「……。緊張してる」
「大丈夫よ。なんとかなるから」
僕たちは家を出て、一緒に学校に向かうことになった。
だが、久々に行く学校ということもあり、不安な気持ちが湧き上がる。
暴言を吐かれたり、手を出されたりするのではないかと考えてしまった。
「緊張するだろうけど、すこしだけ勇気出してみて」
「そ、そうだね……」
「なにか言われたり、なにかされたら近くの先生や私に言っていいからね?」
「ありがとう。そうするよ」
学校に近づくにつれて、同じ制服を着た生徒が増えてくる。
学校の校門を通ると、みんなの視線は一気に綾間のほうにいく。
学校一の美少女が登校してきたのだから、そうなるのは当たり前だ。
しかし、一部の視線は僕のほうに向いていた。
それは、学校一の美少女の隣に知らない男子学生が一緒にいるからだ。
僕は周りを見ることができず、ひたすら正面だけを向いて歩く。
綾間さんは朝からいろんな人に挨拶をされると、眩しい笑顔で挨拶を返していた。
「なんか、いつも以上に視線が私たちにあるような気が」
「それは、綾間さんが有名なのと隣の変なやつは誰だという視線だと思う……」
「ここが洸太くんの下駄箱かな? あとは、大丈夫そう?」
「ここまで、ありがとう。来たからには、頑張ってみるよ」
綾間とはクラスが違うため、途中で別れると一人で教室に向かった。
勇気を出して教室に入ると、何人かの生徒は僕をチラチラと見る。
不思議そうに見たりする人や気にせず話をしている人で別れていた。
すこし、ほこりっぽくなにもない席を見つけると、それが自分の席だとわかった。
(意外と僕が来ても、気にしていないのかな)
(僕の考えすぎだったかな)
皆、不思議そうに僕を見たり、先生も僕がいることに驚いている。
授業が進み、昼闇に入ると隣の席の男子生徒が急に話しかけてきた。
「もう、大丈夫なのか?」
「え? いや、まぁ……」
「そっか」
「……」
大丈夫なのかという言葉に疑問をもちながらも、男子生徒とすこしだけ会話をする。
なんなく授業をこなしていると、午後の授業が終わり下校の時間になっていた。
生徒との会話は、ほとんどなかったが無事に学校での1日を終える。
(僕が家に引きこもってたのが、そんなに心配だったのか?)
(いや、そんなまさかね……)
(僕を心配する人がいるわけないし)
帰宅するため下駄箱に入った下履きを取り出し、上履きと履き替える。
靴を履いていると、帰宅しようとしていた綾間と遭遇した。
「あっ、洸太くん。学校どうだった?」
「意外と普通だったよ」
「それは、良かった〜。なんか、いい人はいた?」
「いい人? ん〜それは、とくに」
「会話はしたの?」
「一言だけかな」
「良かったじゃない。じゃ、そのまま会議場所に行くわよ」
「もう行くの?」
「寄り道せずに行くわよ」
僕たちは学校が終わると、二人で並んで校門まで歩く。
二人で歩いているため、下校時も多くの生徒に見られていた。
「綾間さん、かわい〜」
「隣は誰だ?」
「彼氏なのか?」
「そんな、まさか」
さまざまなことを言われながら、僕たちは校門をあとにする。
ようやく、会議場所に着くと、すぐに会議が始まった。
「学校での1日は長かった?」
「意外と、あっという間に時間が過ぎたよ」
「友達になれそうな人はいた?」
「いや、それは……」
「次は、自分から話しかけてみたら?」
「どう話せばいいか、わからなくて」
「そうかな? ますは挨拶してみるとか?」
「確かにそうだけど、ハードルが高いな……」
「これはタイミングなのよ。タイミングを逃すと一気に機会を失うのよ」
「そうだけど……」
「一言でも会話をしたんでしょ? 次は、朝のタイミングでおはようって言うのよ」
「それは、わかったけど、できるかな……」
「相手から来ると思っちゃだめ。自分から行かなきゃ」
「そうだよね」
「はい。じゃ、練習するわよ」
「練習!?」
「私は座ってるから、そっちから入ってきて」
「えぇ……」
急遽、綾間との挨拶の練習がはじまる。
僕は教室に入って、席に着くまでのイメージをしてみた。
そのイメージのまま、綾間のほうへ動き出す。
「えっと、おはよう」
「えっとってなによ。いらない。やり直し」
「……。わかった」
「おはよう」
「目を見て。やり直し」
僕は綾間に指摘をされ続け、30分以上も練習を行なった。
50分ほど経ったとき、ようやくOKと判断され練習が終わる。
「時間かかりすぎよ!」
「ごめん……」
「これなら、明日は大丈夫そうね」
「明日も学校に?」
「寝ぼけたこと言ってないで、次は挨拶のあとの会話を練習するわよ」
「まだ、やるの?」
「うるさい! やるの!」
「はい……」
(もしかしたら、綾間さんを怒らすと大変かも……)
(けど、頑張るしかないか)
僕たちは休む暇もなく、挨拶をしてから会話するまでの流れを練習した。
練習の成果か、すこしづつ流れを掴めた気もする。
ただ、いまの相手は綾間のため、実戦で通用するのかが問題だった。
綾間との練習を終えて、家に帰ってからも一人で練習をする。
(なんで、僕にここまでしてくれているんだろう)
(けど、ここまでやってくれてるんだから、すこしでも期待に応えなきゃ)
僕は綾間の教えを受け、良い結果で返せるよう、その後も練習に取り掛かる
翌朝、いつものようにテレビを見ながら朝ご飯を食べていると、家のチャイムが鳴った。
今日も綾間が来るとは聞いていなかったが、この感じは綾間な気がしてならない。
(まさか、二日連続で?)
恐る恐る玄関の扉を開けると、綾間が傘をさして立っていた。
外を確認すると天気が悪く、強めの雨が降っている。
それに、今日は綾間の雰囲気がいつもと違う。
普段下ろしている髪の毛を後ろに結んで、ポニーテールにしていた。
髪を結んでる姿は新鮮で、いつもとは違う可愛らしさがある。
僕は綾間を見たまま固まってしまい、言葉を出すことができなかった。
「どうしたの?」
「……。いや、なんでもないよ」
「お邪魔しまーす」
「あ、ちょっと……」
綾間は昨日と同じように家に入ると、すぐさまリビングへ向かう。
僕がリビングへ戻ると綾間は、食べかけの朝食を見ていた。
「どうしたの?」
「これも、洸太くんが作ったの?」
「そうだけど」
「すごいね。それに、豪華な朝食ね」
「そんなことないよ」
「私もちょっと食べていい?」
「いいけど……」
「おいしいね。これ、どうやって作ったの?」
「ただ、料理本を読んで作っただけだよ」
「じゃ、今度は早く来て私も食べようかな 笑」
「それは、いいけど、意外と時間がないから急いで準備するね」
時間がなかったため、急いで支度をして綾間と一緒に家を出る。
雨のなか通学路を歩き、学校へ向かう。
大した会話ではなかったが、学校に着くまで朝食の話で盛り上がった。
学校に着くと、いつものように綾間は多くの学生に挨拶されたり、話しかけられたりと朝から大人気である。
一部の学生は僕を睨んだり、友達同士で悪口を言い合うような行動も見られた。
(僕が隣にいたら、そりゃそうだよな)
(まぁ、なぜ綾間さんの隣が僕なのかは、僕が一番疑問に思ってるんだけど……)
「じゃ、また後でね。頑張ってね」
「ありがとう。頑張ってみる」
僕は、緊張しながら教室へ向かう。
ただ、昨日の緊張とは違う感覚だった。
ロボットのような足取りで廊下を歩き、震えた手で教室の扉を開ける。
自分の席に向かい、隣の席の男子が見えてきたときに挨拶をした。
「おはよう……」
「……」
(……。えっ)
(反応が違うぞ)
どうやら、緊張で僕の声が小さく聞こえてなかったようだった。
すると、隣の男子から突然話しかけられる。
「昨日から疑問に思ってたんだけどさ」
「えっ……」
「綾間さんとは、どういう関係?」
「それは……。僕にもわからなくて」
「なんだ、付き合ってるのかと思ったから」
「いやいやいや。そんなんじゃないよ」
「昨日も今日も一緒にいるのを見たから」
「理由はわからないんだけど、なぜか僕が……」
「そうなんだ。けど、羨ましいやつだな」
「綾間さんは人気者だもんね。みんな、僕が憎いだろうね」
「すごく綾間さんが好きな人はそうかもな 笑」
「……。やっぱり、そうだよね」
僕は先生が来るまでの、すこしの時間で男子生徒と会話をすることができた。
挨拶はできなかったが、いままでで一番長く会話をしたと思う。
その後は、授業が進み昼休みになると廊下で綾間を何度か見かける。
しかし、友達と話していたりと忙しそうだったため、話す機会はなかった。
授業が終わり、帰る支度をしていると教室に綾間が入ってくる。
「支度できた?」
「……。えっ、まぁ」
クラスのみんなは、ざわざわしだす。
なぜ綾間がここにいるのかと、なぜ僕に話しかけているのかを疑問に思っているようだった。
「なんで、ここに綾間さんが!?」
「あいつら、ほんとうに付き合ってるのか?」
「まじかよ」
「綾間さん、かわいいなぁ」
クラスのみんなは大騒ぎになっていた。
みんなが僕たちを凝視するなか、一緒に教室を出て学校をあとにする。
「雨降ってるから、会議場所は水浸しかもね」
「そうかもね。雨は止まなさそうだし」
「そうだ。今日は雨だし、洸太くんの家で会議をするのはどうかな?」
「僕の家!?」
「嫌だった?」
「いや、いいんだけど」
「じゃ、決まり!」
今回の会議場所が自宅になることは正直、予想外だった。
だが、雨が降っているため、屋根がない場所でやってしまうと二人とも風を引いてしまう。
朝に綾間が迎えに来たときの感覚とは違い、変に緊張してしまっていた。
雨が降るなか傘をさし、ぎこちない歩き方の僕とウキウキしながら歩く綾間と一緒に自宅へ向かう。