第一話 僕を見つめる少女
いまから自殺をする。
僕は、そう決めた。
すこし蒸し暑い夕暮れ時に、月を眺めながら決心する。
理由は簡単で、生きていても意味のない人生なら死んでもいいと思ってしまったからだ。
僕の両親は、すでに他界しており親しい友人もいないため、僕が死んでも悲しむ人はいない。
近年、自殺をしようとする人は僕だけではない。
日本の自殺死亡率は先進諸国のなかで高い水準であり、成人女性や小中高生の自殺者も増加しているとのこと。
理由としては孤立感、無価値観、怒りや苦しみなどがあり、僕に怒りや苦しみはないが孤立感と無価値観は一致している。
自殺をすると決めた場所は、僕が通う高校の近くにある大きな橋だ。
高さが100メートル以上ある、この大きな橋の上から下にある地面にめがけて頭から落下すれば即死だろう。
頭部外傷で脳への深刻なダメージと大量出血で、ほっといても死ぬ。
正直にいうと恐怖心がないなんて嘘だ。
死ぬときは苦しいものだろうか、それとも急に意識がなくなり、そのままこの世からいなくなるのだろうか。
そんなことを考えながら、ゆっくりと目的の橋まで歩く。
目的地に着くと覚悟を決め、右足を一歩前に出す。
さらに、左足を前に出そうとしたとき、横から人の気配を感じた。
僕は、すこし怖くなり横目で見る。
横目で見たため、はっきりとは見えないが制服姿の少女らしき人が見えた。
(とうとう、幻覚でも見えてしまったのかな)
(それか、ここで自殺した霊とか……)
「君、なにしているの?」
「……」
僕は声をかけられたが、最初は無視をした。
ただ、実際は反応するのが怖かっただけだ。
「聞いているんだけど」
「……。えっと、飛び込みを」
「こんな場所から? 死んじゃうよ?」
「まぁ、それが目的なので」
「そっか。けど、よくないと思うよ?」
「……」
(いざ、やろうとしたときに見られていると、やりづらいな……)
(それに、たぶん霊じゃなく普通の人だ)
「あの見られていると、やりづらいのですが」
「それなら、やめときなよ」
「……」
「ほら、どうするの」
僕は返す言葉が出てこず、立ちすくんでしまった。
しばらく、黙って考えていたが、そっとその場に座り込んだ。
「大丈夫?」
「……。まぁ」
僕がうずくまって座っていると、少女は隣に座り僕の顔を覗き込む。
こんな姿を見られるのが恥ずかしくなり、ぼくは顔を上げられずにいた。
しばらくして顔を上げるが、横を見ることができず正面を向いたままの状態で座りなおす。
「なんで、自殺しようとしたの?」
「もう、こんな人生ならあの世に行こうかなと思いまして……」
「そっか。両親は?学校は?」
「親はいないので。学校は昔に行ってたけど、いまは行ってないですね」
「そうなんだ。何年生なの?」
「高校二年です」
「え? 同い年じゃん」
「そうなの? あっ、急にタメ語ですいません」
「全然いいよ。私は、てっきり中学生くらいかなと笑」
「子どもだと思われた?」
「若く見えるってことだよ」
「バカにされているような」
「そんなことないよ。可愛らしいって意味よ」
「それは、褒めてるの……」
「自殺なんて、やめときな」
「ごめん……」
「このあとは、どうするの?」
「しばらく、ここで休んでから帰ろうかなと」
「それって私がいなくなったら、また自殺する気なの?」
「どうだろう……」
「懲りない人だね。じゃ、落ち着くまでいてあげるよ」
「なんで……」
「君が自殺するのは自由だけど、私がここにいるのも自由でしょ」
「まぁ、そうだけど」
僕は正面を向いたまま話していたが、ふと少女のほうを見ると驚いた。
クラスは違うが、同じ学校の美少女として有名な綾間結衣が僕の横にいたからだ。
背中くらいまでストレートに伸びた黒髪で、白く透き通った肌が特徴の大人びた見た目。
僕は、言葉を失ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
(なんで、綾間さんがここに)
「さっきから、なにチラチラ見てるの?」
「いや、なんで綾間さんがここにいるのかと思って」
「私のこと知ってるの?」
「まぁ、有名人だから」
「あれ、よく見たら……。その制服、うちの学校じゃん」
「まぁ、そうだね」
「まさか同じ高校とはね」
「学校には、ほとんど行ってないけど」
「じゃ、なんで制服なの?」
「制服は、なんとなく」
「けど、私を知ってるってことは、たまに来てるってこと?」
「最初だけね……。それから、いろいろあって行ってないけど」
「そうなんだ。それより、近くで見た綾間結衣に感動した?」
「……。まぁ、それなりに」
「なに、その反応……。普通もっと喜ぶものでしょ?」
「びっくりしたから」
「まぁ、いいや。そろそろ帰るわよ」
「どこに」
「どこにって家に帰るんでしょ? ここにいても仕方がないでしょ」
綾間は僕の手を引っ張り、無理やりこの場を離れた。
すでに日は落ち、薄暗い夜道を二人で歩く。
こんな僕が、学校一の美少女と隣を歩くことが不思議でならなかった。
しばらく歩いていると、綾間が話しかけてくる。
「最近、君みたいな人が多いんだって」
「それは、自殺を考える人……?」
「そう。ニュースでもよく見るからさ」
「そうだね……」
「ほんと、バカね」
「バカ……だよね」
「それより、家は近くなの?」
「すこし先を行ったとこだよ」
「私は、ここを曲がったところだから、ここでお別れね」
「じゃ、気を付けて」
「君もね。まっすぐ帰りなさいよ」
「わかった」
「あっ、ところで名前は?」
「霜野洸太」
「……」
「どうしたの?」
「なんでもない。じゃ、次からは洸太くんね」
「じゃ、えっと僕は……」
「じゃあね。ちゃんと学校来なさいよ」
「あっ、うん」
(なんて呼べばいいか聞きそびれたな)
僕は、なんて呼べばいいかを聞き忘れて、すこしモヤモヤした気持ちで帰宅した。
自宅についても家は真っ暗で誰もいない。
普通の学生なら温かいご飯が待っていたり、お風呂が用意されていたりするだろうか。
そんなことを考えながら、僕は晩ご飯の準備をした。
適当に作ったご飯を静かな部屋で、黙々と一人で食べる。
普段は学校で一人ぼっち、家でも一人っきりのせいで孤独感が増していくが、今日は久々に人と話せたおかげで、すこしだけ心が穏やかになった。
(変な感じだな……)
(こんなこともあるんだ)
朝を迎えると、思ったよりも有痛な気分ではなかった。
いつもなら嫌な気分になるが、昨日の綾間の言葉を思い出したからだ。
朝ご飯を食べながら考えていると、置きっぱなしの制服が目に入ったので手に取る。
すこし考えてから、制服を着てみることにした。
しかし、学校に行くことはなく、制服を着たまま家のソファで一日を過ごしてしまった。
夕方になると夕食の買い出しをするため、僕は制服姿のまま家を出る。
目的のスーパーまで歩いていると、途中で仲良く帰宅する学生たちを見かけた。
友達同士で仲良く帰宅しているのを見ると、なんだか心がギュッとなる。
(やっぱり、孤独って辛いな……)
僕は立ち止まり、帰宅する学生たちを見ていると後ろから誰かに声をかけられる。
後ろを振り向くと、制服姿の綾間がこちらを不思議そうに見ていた。
「なにしているの」
「あ、綾間さん」
「制服を着てるってことは、今日こそ学校に来た感じ?」
「いや、行ってない」
「じゃ、なんで制服なのよ」
「着替えてみたんだけど、結局のところ足が動かなくて……」
「ちょっと、一緒に来てくれない?」
「いいけど、どこに……」
「いいから、いいから」
「……」
僕は言われるがまま、綾間のあとについていく。
現在地から学校のほうに歩いていくと、途中で緑量が豊富ないちょう並木が見えてきた。
そのまま、いちょう並木を通り抜けると、自然を感じられる広々とした空間の真ん中に木製の机と椅子だけがポツンと寂しそうに置いてある。
「ここは……?」
「どう? いい場所じゃない?」
「……。こんな場所があったんだ」
「ちょっと、そこに座って」
僕が椅子に座ると、綾間は反対の椅子に座った。
日が沈みはじめ、街路灯の光が僕らを照らすなかで、二人で話し合いが始まる。
「じゃ、今後について語ろうか」
「今後……?」
「このままだと、自分が大変にならない?」
「どうだろう……」
「いまのままだと、また自殺しようとするでしょ?」
「けど、どうやって変われば」
「それを考えるのよ」
「どうすれば、いいのかな」
「じゃ、私が生きることの楽しさを教えてあげるわよ」
「楽しさ?」
「まず生きてれば、いいことなんてあるのよ」
「……。そうなのかな」
「いつか絶対に。私を信じなさいよ」
「……。わ、わかった」
「その代わり、成功できたら私のお願いを聞いてくれる?」
「無理なお願いじゃなければ……」
「無理なお願いとかじゃないよ 笑」
「それなら、いいけど」
「それじゃ、今日からここで人生会議をはじめましょ」
「人生会議?」
「学校が終わってから、ここに集まって会議をするのよ」
「なるほど」
「例えば、夢とかないの?」
「夢か……。ないかな」
「なんでもいいのよ。それか、好きなこととかは?」
「ん〜。なんだろう」
「なにもないの? 人生つまんないわね」
「ごめん……」
「家では、なにしているの?」
「ん〜勉強したり、ぼーっとしてたり」
「それで、一日過ごしているの?」
「まぁ、そうだね」
「それじゃ、だめだめよ」
「だめ……だよね」
「なんでもいいから、夢を決めない?」
「……。夢か」
「こうなりたいとか、こうしたいとかない?」
「家族とか?」
「家族……?」
「小さい頃に両親が死んだから、家族が欲しいかな」
「ちょっとハード過ぎない……」
「あっ、ごめん……。ふと思っただけ」
「けど、寂しさを埋める方法は、まだあるわよ?」
「それは一体……どんな」
「友達よ!」
「友達……?」
「いままで友達は?」
「友達がいたことはないかな」
「そうなんだ。けど、友達はいいわよ」
「そんなに変わるもの?」
「楽しい時間を共有したり、一人じゃできないことができたり、辛いことや困ったことがあれば寄り添うことができるでしょ?」
「確かに……。それは、すごく変わるかもね」
「私も変わることができたんだから」
「綾間さんも?」
「あっいや、私の話はいいのよ。それより、友達を作るには学校に行かなきゃじゃない?」
「学校か……」
「学校は不安?」
「まぁ、すこしだけ……」
「行かない期間が長くなるほど、不安になるし勇気いるよね」
「頑張ってはみるけど……」
「じゃ、期待を込めて明日は学校で待っててみようかな」
「えぇ……」
「とりあえず、待ってるわよ」
「……。わかった」
「ちなみに、明日もここで会議するから」
「明日も?」
「当たり前でしょ。私が生きることの楽しさを教えてあげるのよ? こんな贅沢はないわよ?」
「まぁ、そうかも……」
僕たちは夢中で話をしており、気がつくと時間はあっという間に過ぎていた。
帰る支度をして、会議場所をあとにする。
綾間とは途中で別れたが、その際に僕に向かって笑顔で手を振ってくれた。
こんな経験はなかったため恥ずかしかったが、内心はすこし嬉しかった。
綾間と人生会議をした翌日も早朝に起き、朝ご飯を食べて身支度をする。
着替え終わるまでは、完璧だった。
だが、制服を着てから家を出るまでに時間がかかってしまう。
不安な気持ちが込み上げ、動くことができなかった。
(結局、これか……)
(どうしよう……)
結局、僕は学校に行かず夕方を過ぎたころ、家を出て綾間と約束した会議場所に向かった。
なにか言われるんじゃないかとドキドキしながら向かっていると、会議場所の前で綾間と遭遇する。
「あれ? 洸太くん?」
「……。あの、ごめん」
「なにが?」
「いや、学校に行かなくて……」
「待ってるとは言ったけど、来る確率は30%くらいかなと思ってたから平気よ 笑」
「そうだったんだ……」
「それより、会議場所に行く前に寄り道しない?」
「いいけど、どこに」
綾間と一緒に向かった先は、近くの商店街だった。
夕飯の買い出しに来た主婦やサラリーマン、学生などが多く集まる商店街に入る。
ただ、僕は久々に多くの人が集める場所に来たため、すこし不安な気持ちになった。
(人がたくさんいるな……)
(同じ学校の人もいるんじゃないのか)
「どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。それより、なんで商店街に?」
「お腹すいちゃったから、なにか買っていこうと思って」
「なるほど」
「それと、こうやって人前に出て慣れていくのも大事なのよ」
「最初にしては、ヘビーな気はするけど」
綾間がよく行くという肉屋に行き、コロッケやハムカツなどを買った。
その後も、他の店で惣菜や飲み物を買ってから商店街を出て、会議場所に向かう。
会議場所に着き椅子に座ると、買ったものを開けて食べながら話をした。
「これ美味しいでしょ?」
「美味しい」
「たまに行くお店なんだけど、美味いんだよね」
「綾間さん、こんなに食べて夜ご飯は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。そんなに食べてないから」
「……」
(いや、すごい量だけど……)
「それより、いつもご飯はどうしているの?」
「適当に買ったり、自分で作ったりかな」
「料理できるの? すごいじゃん」
「ただ、炒めるくらいだけど」
「私できないから、今度教えてよ」
「教えるほどじゃないと思うけど」
「私もやってみるけど、うまくいかなくて。絶対、教えてよね」
「それは、いいけど……」
「ちなみに、明日はどうする?」
「明日? 会議のこと?」
「違うわよ! 学校のことよ。友達が欲しいんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
「友達ができたら一緒に遊びに出かけたり、みんなでゲームしたりできるよ?」
「それは、楽しそうだね」
「それなら、まず学校よ! とりあえず、明日迎えに行くね」
「迎えに!? 僕の家に?」
「そう。準備して待っててね」
「えぇ……。本当に?」
「行くって言ったら行くの」
「わ、わかった……」
(そもそも、僕の家わかるのかな……)
急遽、明日の朝に綾間が僕を迎えにくることになった。
話し終えると綾間は先に帰り、僕は綾間が残した惣菜を食べてから自宅に戻る。
帰宅してからは、あの発言が本当なのか疑問を抱きながら眠りについた。
翌朝、僕はご飯を食べながらテレビを見ていると、自宅のチャイムが部屋中に鳴り響く。
(……。まさか、本当に来たのか)
僕は恐る恐る、家の扉を開けると信じられない光景を目にした。