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【ヒューマンドラマ】

羽を捥ぐ

作者: 小雨川蛙

 

 ずっと昔。

 僕は天使を見た。


 綺麗な人だった。

 まるで、世界そのものを表しているとさえ思える白い肌。

 触れてしまえばそのまま崩れてしまいそうな華奢な身体。

 そして、その背中から生える一対の羽。


 彼女は街中で歩いていた。

 強い意思を持って。

 声さえかけられないほどに、揺るぎなく。


 人混みの中に消えゆこうとしているその人を僕はこっそり追いかけた。

 その人に見惚れてしまったから。


 ビルの屋上に立ち、空を見るその人は。

 まさに天使そのもので、これから天へと還ろうとしているのだろうと僕は思った。


 そして、天使は空へ舞い。


 墜ちた。


 耳障りな音が遅れてきた。


 悲鳴がその後を追うようにして響いた。




 以来、僕は天使を見つければ羽を捥ぐ。


 死の先があると信じる、薄明を思わせる人々の意思を挫く。

 挫き続ける。


 羽を捥げなかった事の方が多い。

 僕がどれだけ力を尽くしても。


 だけど、立ち止まってくれた人もいた。

 そして、その事で前向きになれた人もいた。


 ただの自己満足だと分かっていた。

 きっと、迷惑だろうということも分かっていた。


 それでも、僕は天使の羽を捥ぎ続ける。




「先生」


 午睡が妨げられる。

 小さな欠伸をして目を擦れば、僕の助手である女性が呆れた顔で僕を見つめていた。


「もうすぐ仕事の時間ですよ」

「ごめん。ご飯を食べたあとはどうしても眠くて……」

「食後にコーヒーでも飲んだらいかかですか? 少しはマシになるかもしれません」


 彼女はそう言いながら自分の手首にリストバンドを巻く。

 かつて、彼女が悩んだ末に起こした行動が覆い隠されていく。

 それを見ながら僕は数え切れないほどした問いを再び彼女にしていた。


「僕のしている事は自己満足なのだろうか」

「そうかもしれませんね。結局のところ選択するのは自分でしかありませんし、自殺を思いとどまったところで待っているのが幸福な人生とも限りません。むしろ、酷く苦しいものになると私は思います」


 チクリと胸を指す言葉。

 彼女はきっと意図していないだろう。


「けれど、私のように感謝する人もいる。なら、それで良いんじゃないでしょうか。先生」


 そう言って笑う彼女の背中には羽がない。

 僕が捥ぎ取ってしまったから。


「さぁ、皆様がお待ちですよ」

「そうだね」


 差し出された左手を掴み、僕は立ち上がる。


 自殺を選択しようとした人々の背中に何故天使の羽が見えるのか。

 僕自身にも未だに分からない。


 僕が人々の意思を砕くこと。

 それが正しいのかも分からない。


 けれど、僕は今日も羽を捥ぐ。

 終わりを信じて、滑稽なほどに美しい天使たちの羽を。

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― 新着の感想 ―
このお話しをプロローグに、 羽のある人々とどう関わってきて、 今の“仕事”はどんな感じで、と連載になったらおもしろそうだと、期待してしまいました。 そんな羽、見えたら辛いだろうなぁ。
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