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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
第一章:宵闇に蠢く者——File 04
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File 04:背理に抗う天秤(12)-誤謬-

 せめて。せめてもの敵討ちとして、少女のために戦わなくては――。教育と称した犠牲者の発生を防げられなかった僕には、彼女のために侵蝕者(イローダー)(たお)す責務がある。

 己の両膝をバシッと叩き、喝を入れる。その後、すっくと立ち上がり虚飾面(フェイスレス)を被り直すと、僕は勢い良く侵蝕者(イローダー)の頚椎目掛けて血晶刃(ブロッジ)を振り下ろした。躊躇いなど心を乱す感情は全くなかった。あんなにも危惧していた元人間を仕留めることへの遅疑は、全くと言っていいほど胸の中には芽生えなかったのである。あるのは憎き対象を討伐したいという、正義感に良く似た代行の復讐心だけだろう。


「――死ね」


 自分の動きに無駄があったかと言えば、なかったと思う。無論、レンさん達に比較すればまだまだ洗練された動きではなく未熟なものではあるだろうが。ただ、目的を果たさんとする意思だけは強く揺るぎないものであった。――だが。


「なっ、届かない!?」


 渾身の攻撃の一手は掠りもせず、血晶刃(ブロッジ)の鉤爪は空を切った。立体映像(ホログラム)であれば、間違いなく排除を確認していても可笑しくない状況だと断言できる。それが、見事に美しく躱された。そこで思い至る。この異形は、ロケットのように加速してこちら側が仕掛けた攻撃を往なす術を持った、特殊個体であると。またしても絶好のチャンスを不意にしてしまったが、森林の暗闇の中へ走り去ろうとする侵蝕者(イローダー)を逃がすまいと、咄嗟に後を追わんとする。しかし――。


「待て」


 レンさんが僕の腕を掴んで引き留める。何か策でもあるのだろうかと、若干の期待は抱いて振り向いたものの、僕は彼の言うことを素直に聞けなかった。何故なら侵蝕者イローダーを今ここで取り逃がすということは、次の犠牲が生まれることを容認したことになるのだから。

 容認してしまえば、彼ら第一部隊同様、僕まで正常なモラルを捨て去ることとなる。これまで一軍人として育成されては来たが、それだけは捨ててはいけないと直感的にそう悟った。まるで「不要な感情を排除せよ」とする命令を脳内が全否定するように。

 僕は「逃げる前に仕留めないと、新たな被害者がまた増える。離して下さい!」と強く抗言した。そしてレンさんの拘束から逃れようと無理矢理に身を捩り、何としてでも敵を追おうとする。その身体はやけに頑なだ。

 テオさんから処置を受ける時に聞いた、僕の発言力に逆らえない魔力が宿るという仮説通り、腕を掴むレンさんの手の力がほんの少しだけ緩んだ。これを好機とばかりに身を乗り出したが、その時僕の無謀な企てを食い止めたのは、意外にもルカさんとティムさんの二人であった。


「暗闇の中での戦闘はまだ教えてないでしょう!? 死にに行くつもりですか?」


「街灯もないこんな片田舎の真夜中で、単独で戦闘できるほどお前は成長してないぞ」


 二人の声にハッとする。少女のための両親の敵討ちだと、押し付けがましい正義感を振り翳して、周囲が全く見えなくなるとは、軍人としてまだまだ浅い。途端に現実に引き戻された感覚に陥るも、折角戦地に出たと言うのに自分は全くの役立たずではないかと、虚しさが立ち込める。守れなかった――その敗北感が占める心中で、僕は走り去る侵蝕者(イローダー)を横目に、ただ只管少女に頭を下げることしかできなかった。


 そこでふと気付く。僕がまだ未熟故、街灯の一切ない屋外夜戦への参与が推奨されないのであれば、僕以外の者達で敵を追い、掃討すれば良いではないかと。そう進言すれば、返ってくるのは残酷な仮説だった。


「仮に、両親を助けられなかった俺達に向けて、少女が報復にも似た復讐心を抱いていたとする。その少女が突発的に攻撃を仕掛けてきた場合、ハチ――お前には決して自己防衛(・・・・)を完遂することはできない。そうだろ? その覚悟が備わっていないことを、俺はよくよく知っている。そんなお前を無駄死にさせないためには、俺が今この場に留まる必要があった。侵蝕者(イローダー)の追撃のチャンスを逃してでも、お前を守ることを優先した。その結果が今なんだよ」


 完全に自分が足枷になっている状況を理解すると共に、自分の不甲斐なさに思わず歯を軋ませた。僕の判断ミスが少女の両親の死を招き、僕の中途半端な覚悟が侵蝕者(イローダー)を追撃する最後の機会を潰した。取り返しの付かない事実が、重くのし掛かる。

 ただ、それでも三人いる精鋭部隊の内、「誰かしらが単独行動を取って、侵蝕者(イローダー)を仕留められさえすればよかったのではないか?」とも考えた。が、基本部隊内の人間が単独行動を取るのは禁止されているため、それは提案できない。暗に、その行動が取れないからこそ、この結末に至っているということだ。


 状況的に見て、僕の失敗が全てを決したと言っても過言ではない。悲鳴の発信源に気付いた時、レンさんたちの助言も仰がずに、勝手に行動してリビングに押し入ったことが浅はかな行為だったとしか思えない。最悪の結末に、僕は少女の顔を見ることができなかった。

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