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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
第一章:宵闇に蠢く者——File 04
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File 04:背理に抗う天秤(01)-是認-

 警察から提供された、現場検証時の立体映像(ホログラム)が再生される。「模擬戦(シミュレーション)の時と同様の映像技術か」なんて懐古していると、真っ黒だった画面が犯行を予測した映像を鮮明に映し出した。

 被害者が斧斤(ふきん)で瞬時に頭蓋骨折された後、遺体は内臓を食い荒らされて激しく損壊する結末。思わず目を覆ってしまいたくなるほどの陰惨な光景だが、事件解決のために犯行の疑似映像を全く見ない訳にもいかず、怖々(おずおず)と現場映像を指の隙間から眺める。その犯行手口は、どの一家全体惨殺現場においても一辺倒であることが、この後戦況概況(ブリーフィング)から明らかとなる。

 但し、一家惨殺と言えど生存者が全く存在しないという訳ではなく、何件かに数件は生存者が数名残っているというものであった。それは、生存者が犯行時偶々(たまたま)自宅を不在にしていたことで魔の手より逃れられた、などという単純な理由ではない。家族全員が揃っている中遂行される犯行現場に、無傷のままの生存者がポツンと数名現場に残されるという、不可解極まりない状況が生まれているのであった。


 そんな中。僕は一人で全く話題と関係のないことに沈潜していた。それは、先ほど渡された拳銃の使用意図だ。心神喪失した(れっき)とした人間に攻撃を仕掛けられた場合の、自己防衛的発砲の許可――つまり殺害の許容に、如何せん納得できずにいたのである。

 つまるところ、上の空。大切な情報収集の場で完全に気が緩んでいた、ということに他ならない。重大な情報共有が行われる場で何を呑気に、と思われそうだが、僕はこれまで人の命に手をかけることもなければ、羽虫も殺したことのない所謂(いわゆる)平和主義の部類だったのだ。そんな平和思考を持った人間が、突然やれ軍の敵を抹殺せよだの、やれ錯乱した救護者を防衛のため殺処理せよだのと、都合のいいように振り回されては、突拍子もなさ過ぎて身体が付いていかないのも当然ではないか。


 拳銃の扱い方は一通り習熟しているし、発砲までの手順も(しか)とこの身が覚えている。一思いに殺せ、と命じられれば遂行するだけの技術はある。言ってしまえば後に残るのは気持ちの問題、なのである。通常の人間からすれば俄然承服し難い命令ではあるのだが。


「――おい、ハチ。お前、今までの話ちゃんと聞いていたか?」


「あ! えと、……すみません。きちんと、聞けていなかった……です……」


 そんな折、僕の様子を見透かしたかのようにレンさんが声を掛けてくる。内容にはきちんと耳を傾けていたつもりでも、心ここに在らずといった風に、詳細は右から左へと静かに流れていたのが実状。情報の欠片が一片たりとて定着していない脳味噌は、この後行われる作戦会議(ミーティング)の参加においてからっきし役に立たない盆暗だ。


「はあ。差し詰めさっき渡した銃のことで思い悩んでいる、ってところか」


 図星を指され、肩が跳ねる。


 言わずもがな、最低限これ以上の被害者増加を防がんとすることを理由に、人間性を喪失した元人間たる侵蝕者(イローダー)や軍に敵対する人物を掃討するため、自ら手を汚すことは、概ね受け入れようと努めてはいる。多少の罪悪感は拭えないが、新たな被害者を生み出さないためにも討伐せねばならない。そういう正義感と思しき感情が勝るようになっていたからこそ、抹消するという行動がやむを得ないものと、ある程度意識は順応できていた。

 だが、自己防衛と称して被害者を射殺しなければいけない状況だけはどうにも釈然としない。心身喪失したとはいえ、相手は侵蝕者(イローダー)や軍の敵対者とは異なり、紛うことなく健全で保護すべき人間だ。現場を目にしたことのない素人の意見ではあるのだが、折角救助した生存者の命を自らの手で(たお)す、というのが、本当に倫理的でかつ合理的な最適解なのだろうかと、疑念を抱かざるを得なかった。

 先ほど拝領した拳銃・グロック19には、自己防衛のためとは言えど、その利己的な理由のためだけに銃弾を撃ち込み、対象を殺めるという責任が付き纏う。自らの人生に加え、赤の他人の人生を背負わなければならない重圧に押し潰されそうな、そんな感覚がしたのだ。


「どうやらお前は正しい倫理観のある親に育てられたんだろうな。命は万人にとって尊いもの、そう教わっているんだろう。だがな、目紛しく変わる戦況の中で、綺麗事を貫けるほどこの世は美しくも何でもない。状況を把握し損ねた奴から脱落していく泥臭い(ドブ)の中――それが俺達の生きる世界だ。救出した人間が必ずしも俺達に恩義を抱くばかりじゃねえ。恩を仇で返されることも数多ある。そういう時のための護身用の拳銃だ」


 まるで諭すかのように無情な現実を語るレンさんに、喜怒哀楽を示す表情はどれもない。恐らく、任務中救出した生存者から、襲撃を受けた経験が幾度もあるからこその発言なのだろう。無感情なそれが、雄弁にことを物語る。


 また、軍に在籍する以上、謝礼や恩義を頂戴するのが目的ではないことも承知している。そんな一銭の金にならないもののために軍が動くはずもあるまい。飽くまで金や資源のやり取りを中心とした任務遂行が目標となる、単純明快な世界。だからこそ、行動は端的に効率的に無駄なく(こな)すべきなのである。救出そのものを目的とした任務ならばいざ知らず、戦域鎮圧や対象討伐などを目的とした制圧任務であれば、生存者の救護など二の次、三の次となるのが至極当然な流れ。善良な慈善団体でもあるまいし、英雄然たる行動は強要されていない。となれば、任務遂行を最優先に据えた自己防衛理論は、理に適った動きでなのである。


 軍人としては理論的かつ正論ではあるのだろうが、倫理的には大いに欠如していると思われるそれ。自分の身を守るために承服せよとする忠言に無理矢理溜飲を下げるしか、僕には手立てが残されていなかった。

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