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Apricot's Brethren  作者: 七種 智弥
序章:混沌に帰す者——File 01
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File 01:昼中に墜つ白烏(04)-反駁-

「——えっ、……え?」


「何が『え?』だ。胸糞悪い間抜け(づら)曝しやがって。腹立たしいことこの上ねえな、クソッタレ。『お前は誰だ?』って聞いてんだよ。答えろ」


 恐る恐る目を向けた先。——声が聞こえた発信源に立っていたのは、(およ)そ六フィートは優に超えるであろう長身の男だった。

 彼の姿を瞳に映した瞬間、言葉が詰まる。無論、いきなり声を掛けられた驚愕で言葉を失った、というのもある。だが、彼の容姿を目にした途端、その形貌のあまりの神々しさに(うつ)けた、と言った方がより適切であろう。


「……神さま?」


 まるで白子(アルビノ)のように色素を失った、白金の地髪と真紅の虹彩。カーテンの隙間から差す()の目を浴び、一際(きら)びやかに映えるそれらは、人間離れした印象を色濃く残す。極めて異質な存在感を醸し出す材料として、彼のその特異的な容姿は、十二分の役割を果たした。

 異彩を放つ明眸は、如何(いか)にも不服だと言わんばかりに歪んでいた。強大な威圧感を(まと)いつつも、じっとこちらを見下ろしている。表情や態度を用いて、不愉快さを丸出しにしておきながら、神仏と見紛うほどの錯覚を与える見目の何とチグハグなことか。


 単に男の容姿に魅入ったか、はたまた尻込みしたかは分からない。しかし、僕の記憶にある神の定義に酷似した彼が、どうにも眩しく見えて仕方がなかった。


 そんな純朴な思考が駆け巡る一少年が意図せず零した言葉、それこそが「神様」。

 こちらの一言を掬い上げた彼が、次に放った台詞。——それはとても神とは形容し難い、粗野で乱暴で、そして酷く下劣的なものだった。


「——寝惚けてんのかゴミ野郎」


 人差し指で蟀谷(こめかみ)をトントンと叩く仕種(しぐさ)は、「お前の頭、大丈夫か?」とでも聞きたげなジェスチャー。気遣わしげな表情が、逆にこちらの苛立ちを沸き立たせる。


 前言撤回、この野郎が神様であるはずがない。真の神が、初対面の人間に正面を切って「ゴミ野郎」と痛罵を浴びせる。そんな低俗な真似が、できる訳ないのである。浮世離れした容姿から、チンピラめいた言動が飛び出るとは、いやはや見た目詐欺にもほどがある。

 確かに、呆気に取られたが故に出た僕の失言は、何の脈絡もなかった。何の脈絡もなければ、巫山戯ているようにさえ取ることができたと思う。男が呆れ果てるのにも、頷ける。だとしても、「ゴミ野郎」などと謗られる(いわ)れはないはずなので、神様認定の取り消しは免れない。


 男の威圧に辟易(たじ)ろぎ、弱腰ながら「す、すみません!」と平謝りしてはいたものの。彼の止まない罵詈雑言の嵐に、青筋が立ち始めていたことは否めない。


「気持ち悪い奴だな、お前。他人様(ひとさま)(つら)見るや否や、神様だなんざ抜かすなんて、薬でもキメて天国(あの世)に意識でも置いてきたか? ラリッた異常者(イカレポンチ)のお相手なんて、俺ァ御免被るぜ」


 普段の自分は、温厚な人種だと自負している。自負してはいるものの、見ず知らずの男にいきなり真正面から漫罵されると、多少なりともカチンと来るものらしい。無礼極まりない不遜な物言いに、こちらを挑発するような男の振る舞いに、意図せず気色(けしき)ばむ。いいように言われっ放しにされるのも、性に合わない。ここは一つ意趣晴らしでもしてやろうと、僕は一息に気炎を揚げた。


「そっ、そんな訳ないでしょ!! あーあ、僕の一時の気の迷いでした。この世界にこんな口汚い神が居る訳がない。こんな軽々しく神様だなんて言っちゃ駄目ですよね。全く本物が知ったら『失礼だ』って叱られちゃうな。少なくとも僕の知る限り、神様というお方はもっと上品でしたからね、ええ! 『ゴミ野郎』発言は有り得ない、有り得ないですとも!!」


 確かに会遇当初は、彼の張り詰めた空気に物怖じするだけだった。

 しかし、面識のない男に、ここまで好き勝手に言われてヘコヘコし続けていられるほど、僕の堪忍袋の緒も丈夫ではない。息も()かずに、言いたいことは言ってやった。


「大体神様と間違われたことに対して、何で『ゴミ野郎』だなんて酷く罵倒する必要性があるのか。それすら、僕には理解できませんけどね! もし初対面の人間がちょっと螺子(ねじ)の外れた発言をしたのなら、普通は心配の声を掛けるなりするものでは? 僕自身、自分の発言がちょっと可笑しかったことに気付いてない訳ではないんですよ? ないですけど、まさかこんな憎まれ口を叩かれるなんて思いもしないじゃないですか」


「え、何? 喧嘩売られてんの、俺? 素手喧嘩(ステゴロ)? 買わせて?」


「先に言葉という武器で暴力を振り(かざ)してきたのはそちらなのに、最早本物の暴力で物事を解決しようとするだなんて。神様の風上にも置けないですね! やはり貴方自体が神様に匹敵する存在ではなかった、という証左でしょうか? ああっ! どうか、どうか怒らないでください、虚構の神よ! これも若者の戯言に過ぎないものなのですよ? ここは一つ、最低限神様らしくザーッと水に流してください、ザーッと!!」


 その時は正に恐れなんてなかったと思う。ああ言われればこう言う——だなんて、軽いお喋りの応酬がスラスラと出てくる。自分でも恐ろしいくらい大胆な受け答えをしていたものだから、口が独りでに走り出したものとさえ考えた。

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