File 03:練兵に倣う灰滅(10)-指南-
禍津子侵蝕者に関する講義は、桐生氏から受けた説明と同じく、彼らが杏病原体と呼ばれるウイルス特有の侵蝕因子そのものである、という口上から始まる。
本来帰属細胞核に活動を統制される侵蝕因子は、細胞死と共に機能を失活するはずだが、これは因子単体の行動展開を可能とする他、近傍に位置する有機物や無機物を侵襲して動力を与えることが可能である。
侵蝕対象が有機物であった場合の侵蝕因子の単騎侵入は、杏病原体感染で発現する宿主のプロウイルス化促進作用に比較し侵蝕能が極めて大きく、個体変化でなく占領を目的として侵攻するため、宿主は細胞減少が劇症化し死を迎えることとなる。
だが、そのまま死を迎えて活動終了する場合もあれば、侵蝕因子に征服された宿主が腐食反応の進行に係らず彷徨し、侵蝕能に則した厄災と言うべき禍津子侵蝕者へと姿を変えてしまう場合もある。ヒトがこうなった状態を『人間性の喪失』とも言うが、先述した通り侵蝕者は侵蝕因子そのものであるが故、侵蝕能の赴くがままに周辺物質を侵襲していく。
原則として侵蝕因子は有機物と無機物双方に侵襲可能とされるが、実質有機的生物を支配する傾向が強く見られる。主に、現場で確認される侵蝕者の個体種は有機生物由来のものが大半を占め、特にヒト型の個体数については群を抜く。
相次ぐ猟奇殺人の原因はこの侵蝕者に他ならないが、警察組織の対策も空しく刑法犯罪の認知件数が鰻登りにあるのは、不活細胞や無機物をも侵襲対象とする侵蝕因子の特性より、侵蝕者が毒ガスやミサイル等の人工兵器を侵して物理攻撃を無効化してしまうことに起因する。このため、一般の武装組織では駆逐は疎か撃退もままならぬ状況が続いている。
連続殺人事件対策で人類の持ち得る武器が総じて無力化されるという絶望的状況ではあったが、近年漸く第一級接触禁忌種の血液が侵蝕者の侵蝕因子と拮抗することが判明しており、被害増加の歯止め掛けに成功した。
但し、第一級接触禁忌種の血液を介した戦闘展開は、杏病原体の侵蝕因子と拮抗的反応作用を持つ彼らの血液が人類に悪影響を及ぼす可能性もあるとして、血液感染のリスクを加味して一般人へ血液を運用した戦闘は推奨されないこととなった。それ故に、人類が知らぬ間に手にした対抗策は、K-9sのみと言うことになったのである。
「ルーク先生、一つ質問があります」
「はい、ハチ君。何でしょう?」
「何故貴方達二人は第一級接触禁忌種でもないのに戦闘に参加できるんですか?」
これはふと浮かんだ疑問である。第一級接触禁忌種ではない彼らには、感染リスクが必ず付き纏っているはず。にも拘らず、レンさんと肩を並べ戦線に赴くことを可能とするのは一体何が寄与しているからなのか。僕の問い掛けにルカさんは舌を巻いて、少しずれた眼鏡を直した。
「着眼点が素晴らしいですね。そんなハチに敢えて伺いますが、君は僕達二人が通常とは異なる生命種であることは認知していますか?」
「一応、第一級接触禁忌種に比肩する特別な種族であることは聞き及んでいますが」
「そう。僕達二人は、侵蝕者討伐戦で役立つよう設計された、第二級接触禁忌種とも呼ばれる、所謂人造人間です」
「……はい?」
曰く、侵蝕者戦線における感染リスクを回避するために、杏病原体の抗体を生まれながらにして保有するのが彼ら第二級接触禁忌種・人造人間であると。K-9sとは第一級接触禁忌種をCMaとして部隊を束ねる長に配置し、杏病原体抗体を持つ彼らのような第二級接触禁忌種をCMiとしてCMaの部下に二名配置した小規模団体を指す。人工的な抗体獲得と共に付加価値的な身体能力向上をも見られた彼らは、侵蝕者との戦闘にうってつけの存在となった訳である。
この年齢で軍に配属された自分の境遇も不憫ではあるものの、軍のために造られた彼らの方が大いに不遇ではないか、と漠然ながらも考えてしまう。だが、彼らに同情された僕自身その情心が不要であることはよく分かっている。だからこそ、惻隠の類の言葉は掛けないようにした。
余談はさておき、問題は杏病原体の侵蝕因子に人体的な対抗策を持たない僕の扱いについて、である。どう感染リスクを回避して戦闘に臨むというのか。それが議題に上がる。僕がそう問えば、ルカさんはまたしても「いい質問ですね」優しくと微笑む。答えとして、その秘密は装備にあると語った。K-9sの者であれど、侵蝕者との戦闘において侵蝕因子の影響を受ける危険性が零となる訳ではないので、対象との遭遇時は対侵蝕者装備【血晶刃】【虚飾面】の着用を以て戦闘に臨むことが、プロトコル上で義務付けられている、と。




