File 03:練兵に倣う灰滅(03)-咆哮-
「話を戻すよ。まずはこの銃創について聞きたいかな。一応最低限の応急処置で止血はしてあるみたいだけど、発砲した銃弾は取り除いてある訳? それによって治療の時間が上下する。所見上散弾銃じゃないみたいだから、取り除く弾数は最低限で済むかって程度だね。右肩の傷は綺麗に骨の間を貫通してるみたいだから、内部に銃弾が残存している可能性は低いと踏めるけど、問題は両腿だよ。何したらこんな筋肉断裂して骨が丸見えになるの? 何か細かい破片がちらほら見えるけど、まさか手榴弾の爆風に当たったとか、じゃないよね?」
口早に捲し立てるテオさんに対して、レンさんはまるで気圧されたように後退る。散々僕を袋叩きにしておきながら、自分が何をしたか忘れたとは言うまい。あの惨劇を白日の下に曝すためにも、一言一句違えることなく、説明の責務を果たしてもらわなければ、こちらとて気が済まない。
「あー、肩の方は綺麗に貫通するよう射貫いたんだが、両足の方は極力死なない程度に痛め付けようと炸裂弾二発打っ放したから、破裂した銃弾がばらついていると思う」
「何を根拠に痛め付けたのか知らないけど、単純に痛め付けるだけにしては、最悪な状態としか言えないよ。これ」
「後は見て分かる通り、その影響で大腿四頭筋が断裂して、大腿骨が露出しちまったわな。ははは」
テオさんから同情した視線を向けられる。レンさんの言動が常軌を逸している点に理解を示してもらえたと認識したと同時、彼は【僕が不条理な暴力を受けたのだ】と喝破したであろうことが、すとんと腑に落ちた。
一方、頂けないのはレンさんの態度である。はははじゃねえよ、何他人事みたいに笑ってんだ。お前のせいで負った重傷だぞ。見ての通り、べらぼうに痛いんだが? 常人なら泣き喚いているところを、僕の強靭な精神力で平常心を保っているよう見せ掛けているだけで、抑々物凄く痛くて仕方ない訳だ。何度も述べることになって大変申し訳ないが、傷を負った当初は事故に遭った時同様、大量放出されたアドレナリンのお陰で一時的に感覚器が麻痺して痛みを感じずに済んだだけだ。しかし、今はその効果も失われ、当然激痛が襲ってきている。「桐生氏を前にした謁見ですらまともに自立できなかったことを、最早忘れたとは言うまいな?」と、外傷を負わせた張本人たるレンさんに、明らかな苛立ちを隠せず睨みを効かせている中――。
「……ていうか、今更だけど言わせて」
「おう。何よ?」
「はぁぁぁ!? これってハルちゃんが痛め付けた跡なの? ハルちゃん自身が自分で蒔いた種なのに俺が治療を強要させられる意味が分からないんだけど!?」
テオさんが強かに反抗を示す。彼の言いたいことはご最も。彼が今強制させられていることは、言わばレンさんの穴持ちをさせられているようなものに過ぎないのだ。それを何の悪びれもないどころか、遠慮や配慮もなく「やれクソ眼鏡」と問答無用で無理強いするのは人でなしもいいところ。いやしかし、よくよく考えてみたら僕自身に暴力を振るったこの男が、正真正銘の人でなしであることを忘失していた。
そんな世田話に付き合って早五分が経過しようとしていた最中、僕の痛みの限界は既に頂点を迎えており、未だ痛みに耐え続けている僕の内心は、「さっさと治療してくれ」という熱情で爆発しそうだった。僕は息巻いてこのくだらない会話に終止符を打つ。そうでもしなければこの二人はだらだらと無駄な会話を続けていたに決まっているからだ。
「あの! 見ての通り傷口が疼いて痛いんですよ! 我慢できないくらいに! 処置するならするでさっさと済ませてください!!」
緊迫感溢れる雰囲気に悲壮感溢れる表情で訴えかけたのが良かったのか、大の大人二人は今まで雑談を繰り広げていたのが嘘だったかのように、お互いに目をパチクリさせて頷いた後、静かに、そして速やかに処置の下拵えに取り掛かった。テオさんは処置に必要な道具を掻き集めに席を立ち、レンさんは処置台の上に散乱した医療論文を分類ごとに片付けて。互いに手際良く準備を進めていく。
「ハルちゃんもハルちゃんで大分横暴だけど、ハッチの押し問答は断れない謎の魔力があるね。分かった分かった。治療を始めよう」
「そうそう。俺も大声でコイツに尋問の静止を掛けられた時、脊髄反射で距離を取るくらいにビビったぜ。まるで飼いならされた犬みてえに、体が動かなくなりやがった。意外と調教師張りの凄業を持ってるかもしれねえな」
「口を動かす暇があったら手を動かしてもらえます?」
「はいよ」「はーい」
確かに僕が渾身の発言をした時に限って、彼らの動きが賢く調教された犬のように従順になるという事実は否めなかった。小一時間前の暴力を行使し続けるレンさんに対し捨て鉢で放った「やめろ!」という台詞も、今さっきの重傷で苦しむ中雑談に花を咲かせる二人の会話を打った切って吐き捨てた「さっさと処置しろ!」という台詞も、皆立ちどころに行動を改めさせた形跡がある。どちらも切羽詰まった状況で出た言葉故、迫真の言論に聞こえたのだろうか、と一人思案する。治療の支度をしつつ「何それ~、まるでどこかの祭主様と神子様が執行する【御報】みたいじゃないの~」と笑い飛ばすテオさんに対し、レンさんが「いやお前、何の血縁関係も持たないコイツが【御報】なんつう神通力の才覚に目覚めてる訳ないだろ」と冷静に遇う。
「御報……?」
そんな二人に僕が疑問を投げ掛ければ、彼らはまたもや目を瞬かせた。曰く、この国・アミティエに在住している人間が【御報】を知らないなどモグリであると。この発言から、もしかしたら自分はアミティエ出身ではない異国者なのかもしれない、という一つの情報性が見えてきたのだが、それは扠置き「御報とは何ぞや?」である。疑問を解消するのが先決、とするのは最早性分だ。
「御報ってのはここ自由国家アミティエにおける古来有数の名門神社・花笠白大社の祭主血族が代々祭り上げる主神・白神から賜った神通力を指すもので、大社の内部における命令系統を確実に遵守及び遂行させる御業のことだ」
「凄い力、だとは思いますけど。それにしたってそんな力、一体どういった使い道があるっていうんです?」
「さあな。大方祭儀の執り行いや大社の政務を円滑に運ぶためのものじゃねえか?」
「何だ。その口振りからするにレンさんも実際詳しく知らないんじゃないですか」
「知らねえというより、歴史上古くから存在すると言われているってのが記録に残るとされているだけであって、発令されたところを見た人間が誰もいねえってのが実状だわな」
丁寧な解説に更なる疑問が生まれるものの、どうやらその神通力とやらは存在自体が怪しい歴史上の御業なのだとか。国家全土に知らしめる逸話なんて大したインチキだと感心すると共に、僕のこの発言力はやはり御報などではなく、迫真的だっただけのことなのだと、再認識する。




