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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
序章:混沌に帰す者——File 03
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File 03:練兵に倣う灰滅(02)-糊塗-

「はい、ではハチ君こんにちは。俺が桐生(きりゅう)閣下のご紹介に預かった、第十部隊率いるテオフィル・クンツロール中佐。まあ気軽に愛嬌込めてテオと読んでくれて構わないよ。俺の方はハッチと呼ばせてもらうしね」


「宜しくお願いします。と言いたいところ大変恐縮なのですが、まず先に貴方の年齢を伺いたい。僕の見立て上、貴方の年齢は大体20歳くらいと推察しますが、医学生でなく本物の実践を積んだ臨床医なんでしょうか」


「ああ、そういうこと? 一応こんなでも随分若い頃から勉学に励んでいるもんでね。臨床現場で学んだ範囲は多岐に渡る。既存の診療科目であれば……、うーんそうだな。恐らく殆ど全ての知識と経験は、そこらの医師に引けを取らないと思うけど。歯科・薬学にもそれなりに精通しているつもりだし。……で、どう? この俺に治療される点に何かご不満でもおありかな?」


 医師とは各種専門分野に特化するため、同時に多科目見ることは基本的に得手ではないはずだ。医学生時代に基礎知識を習得した後、(およ)そ二年程度の臨床研修を経て、選択した科目に特化すべく、数科目に絞って知識・経験を洗練させていくのがセオリー。救急科の医師ですら万能型になるには難しいというのに、この眼鏡を掛けた男は今正に「多科目を臨床レベルで網羅している」と豪語したのだ。

 その自負心にふとした疑問が生じると同時、若かりし頃から医学の道に励んできたというのがどうにも引っ掛かる。彼の言う全ての分野を学び切るのに、一体幾つから医療に身を捧げたというのか。恐らく歳が二桁もいかないうちから医療の英才的教育を受けてきたのだろうと推測するが、「大人ですら理解するまでに時間を要する内容を年端も行かない子供が修得し得るものなのか?」と、非現実的な推測に対して懐疑的にならざるを得ない。


 しかしテオさんに限らずレンさんの軍事や医療に特化した書庫を思い返せば、彼もまた勉学からそれらの系統を会得しているだろうことは想像に難くない。人体リスクを把握した的確な射撃能力、外傷部位への適切な処置能力。――これらはレンさんが軍事と医学の融合した知識に通ずることを意味する。そして、僕は実際その技術を目の当たりにした。そう。彼の本棚の書籍はお飾りなどではなく、履修済みの証なのだ。

 それらの観点から、もしや第一級接触禁忌種という生命体は、人間よりも遥か優秀な頭脳を持った種族なのではないか、と一つの終着点に到達する。それこそ人という種の一生涯で学び切れる知識量じゃないものですら、容易く習得してしまうほどに。


「一体どういうエリート教育を受けてきたんですか、貴方達(・・・)


「あらやだ。他人の生活環境を聞くだなんて無粋よ、坊や」


 眼鏡の男はウインクをかます。冗談交じりの追求は軽く往なされ、巧妙な肩透かしを食らう。綺麗に誤魔化されたなと苦笑いしつつも、これ以上不躾に探りを入れるのは辞めておいた。「それにしても、野郎の治療を無償でやれだなんて閣下も人遣いが悪いな。本来なら法外な値段を請求させてもらうレベルだよ?」と大層物憂げに溜め息を吐くテオさんに、「お前の都合は関係ない。大至急こいつを治療して最低限訓練に差し支えない水準まで傷を修復させろ。お前の腕ならできなくはないだろ」と無理矢理話を通そうとするレンさん。まるで慈悲がないのは、この人にとっての通常運転なのであろう。そう直感するのは、自身の経験則に基づくものかもしれない。


「できないことはないけどさ。……何、訓練って?」


 テオさんの率直な質問を受けて、僕達二人は一瞬絶句し、狼狽する。傍から見れば分かりやすいほどの動揺。隠しきれないそれが浮き彫りになるが、果たしてテオさんに嗅ぎ付けられてしまっただろうかと、焦燥に駆られる。

 抑々(そもそも)僕という人物が、保護対象者兼戦闘員として第一部隊内に迎え入れられていることは、「他のK-9s(ケーナインズ)部隊員の何人にも露見してはいけない」というのが、盟約の条件だったはず。全ては、僕の密偵行動に支障が出ないように設けられた備えだった。

 しかしレンさんともあろう男が、桐生(きりゅう)氏と交わした約束をすっかり失念してしまうとは、何とも情けない話である。ただの保護対象者如きが、軍事訓練を要する状況に置かれているなど不可解に思われて当然。これでは隠密行為が上手くいくはずもない。

 半ば「何してんだ、この人」という呆れの境地に達していた僕は、彼へと助け舟を出すでもなく、他人事のように静かに傍観していた。最もレンさん本人も大海で浮木に出会う、なんて奇跡を必要としていなかったであろうが。完全に拙ったレンさんを僕が思わず呆れ返る中、彼は既に堂々とした態度で佇んでいた。あまりの厚顔っぷりに思わず口角が引き攣るが、大方この場を切り抜ける解決策でも見出したのだろうと、彼が示した態度の根拠に辿り着く。


「あー。次の任務の通過点が結構な危険地帯でな。護衛の俺達が付いているとはいえ、多少なりとも自衛の手段を覚えておいてもらうのが得策と考えた訳だ。まあ、見ての通りこいつヒョロガリだしな。男なら身体を鍛えて当然ってのもある。これを切欠に筋肉修行でもしてもらうつもりだ」


 レンさんは腕を組んで鼻を鳴らす。どんな妙案かと思いきや、蓋を開けて出てきたのはまさかの脳筋理論。勢いと度胸に呆気に取られるも、馬鹿げた口実にはっとする。

 何が筋肉修行だ巫山戯るな。大体男だから体を鍛えて当然、という思考が古いのだ。今やジェンダーレスの時代だぞ。そしてそれとなしにヒョロガリと悪口を言われたのを忘れない。ついさっきまで寝たきりだったとは思えないほど、筋肉量は至って標準的なはずだ。軍人の基準でヒョロガリと言われるなら心外にもほどがある。

 一人で勝手に窮地に陥った男が弁明する様を静観していれば、とんだとばっちりを食らったものだ。こんな間抜けな言い訳が罷り通るとは思えないが、僕は反論したい気持ちを抑えながらテオさんの反応を待った。


「ふーん。まあ自己防衛が備わった保護対象者ほど、護衛しやすいものはないもんね。しっかし危険地に足を踏み入れるって、侵蝕者(イローダー)の巣窟にでも潜入するっての?」


「んー、まあそんなところだ」


 何故だ。何故こんな適当な強弁が通用した。考えれば考えるほど甚だ不明であるが、窮地を乗り切って涼しい顔をしている男は、己自身が拙ったとも考えてはいないのだろう。筋肉修行と抜かし出した暁には、「何言ってんの、ハルちゃん?」などと鋭く突っ込まれても不思議ではなかったが、相手が安直だったから何とか上手く切り抜けられていたようなものだ。テオさんが医療に精通している割に、存外能天気な思考でよかったと、内心ほっとする。見縊(みくび)られた己の評価に納得いかない歯痒さは残ったが、それ自体は胸に封じ込めて。

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