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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
序章:混沌に帰す者——File 02
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File 02:首輪に従う黒狗(14)-閉廷-

「我々としては、軍部中枢に対して一斉蜂起を仕掛けるつもりは毛頭ないが、第一級接触禁忌種の情報を軍管区に全て開示することについては、第三師管区における重役の間で意見が別れているのが実情だ。こちら側の背景を無視して、軍部中枢機関側がいくら『今現在隠しているものを根刮ぎ曝け出せ』と強要したとて、迅速な対応など元よりでき兼ねるに決まっている。しかし、我々の煮え切らない態度が軍管区の幹部諸氏を隈なく燻らせていることも重々理解している」


 二者間に流れる冷え込んだ空気は、時間と共に悪化を辿った。その結果が軍管区による秘密監査の強行的派遣であり、両者の確執が深まる一歩手前まで肉薄する結果を齎した。互いに妥協できない立場を共鳴できていたなら、焦眉の問題として扱うべく、冷静さを欠かずに慎重な行動を取れたかもしれない。両陣営は共にそう理解しつつも、これまでに具体的な解決策を講じられなかった。故に、この帰結を生んだのである。


「一触即発な関係を築く切欠を与えたのは紛れもなく第三師管区だ。だからこそ、僕はこの蟠りを解く責任を我々第三師管区が負うべきだと考えている。不本意ながらも互いに睨み合いを続ける情勢の中、取るべき手段を考え(あぐ)ねていたことに違いはない。だが、時は満ちた。両陣営の軋轢を解消するための鍵となる人物が現れたのさ。そう、それこそ正に君のことだ。ハチ」


「まさか、僕に『軍管区と第三師管区を結ぶ架け橋になれ』と……?」


 恐る恐る震える声を振り絞る。そんな僕に対し、桐生(きりゅう)氏の表情がふと綻んだ。問の答えが肯定であると言っているも同然の反応に、つい皺が寄る眉間を解した。

 妙に面倒な役回りを与えられたものである。これでは第三師管区の大義名分の下に、都合良く利用されているだけで、僕が協力するに至る個人的利点を感じられないではないか。正直、己の身柄保護と引き換えに僅かな戦闘力を巻き上げられたことにすら、未だ完全な納得はしていないというのに、これ以上厄介な役目を負わされるなど断固拒否である。もしも「軍管区と第三師管区の対立を終わらせ、内部抗争やそれによる犠牲を防ぐ」高潔な使命を与えることで、僕の積極的介入を企んでいるのだとしたら、残念ながらそれは徒労に終わる。僕にとっての道徳的訴求はまるで意味をなさないし、(むし)ろ感情的訴求や実利的訴求の方がよっぽど飯が進む。


「軍による身柄保護と引き換えに、貴方は僕に戦力の提供を強いた。この理論で話を進めるなら、僕の作戦協力と引き換えに、貴方はそれに付随する訴求材料を提供しなければならない。それが筋の通った流れじゃないですか? 桐生(きりゅう)さん」


 自分の立場が弱いことは理解しつつも、その弱い立場を利用しない選択肢もない。上手く利用され続けるだけの器に留まらないという屈強な姿勢、利益提供がなければ一切の協力はしないという厳格な態度。それらを明確に誇示することで、漸く自分にとって意義のある利益を勝ち取れる。


「一本取られたね、これは。――ではこうしよう。我々第三師管区は、君に二者間の介入協力を要請する代わりに、生存と安全の保証・具体的な報酬・記憶回復の支援を約束しよう」


 生命と安全の保証――侵蝕者(イローダー)との戦闘が必須項目に指定されるK-9s(ケーナインズ)への部隊編入が確定している僕にとって、これは生存率を上げる要因として大いに役立つ。更に今後軍管区から切り捨てられる可能性を含んだ僕の監査官としての立場を守る役割も持つことから、この約束は交渉材料として最も訴求効果が高いと言えるだろう。

 具体的な報酬――金銭や資源、権限、地位などを与える体制準備があるということは、それなりに向上心を擽ってモチベーションを維持させることが可能だということ。ある程度の大仕事を任せるからには、やはりそれ相応の見返りがなければ遣り甲斐もない。その点の対策が万全を喫しているなら、これもまた訴求力は大きい。

 記憶回復の支援――失った記憶を求める僕だからこそ無視できない訴求性の高さがある。最先端の医療支援の下、軍管区から急かされることなく記憶を辿る環境を獲得できるのは、精神的にも身体的にも望ましい。これも僕が欲するものとして具体性が十分である。


「分かりました。では、これで取引成立ですね」


 自らの処遇が一方的に決定付けられる場と認識していたものを、交渉現場へと昇華させ、自らの立場をより有利なものへ誘導する。想定外の成り行きではあったものの、相手の言葉を逆手に取った発言が、土壇場で上手く機能したものである。とは言え、これ以上の思考は無意味と判断した僕は、ひとまず聞きたいこととやらを聞き終える。


「中佐。聞きたいこと、終わりましたよ。桐生(きりゅう)さんもありがとうございました。自分の処遇が固まったことで、大分方向性が見えてきました。現状貴方に聞くべきことはもうないので、一旦この話に区切りを付けても問題ないかと。また折を見て何か聞きたいことが発生した場合には、ご多忙の中恐縮ではありますが、内偵結果のご報告と兼ねてお時間を頂戴するかもしれません」


 中佐と桐生(きりゅう)氏にそう告げながら、心中では「そうか、もう訓練を始めなければならないのか」と気構える。それが猛烈なものであると推測して少々気が滅入るのは必然であろう。生まれてこの方肉体労働と無縁だった気がするのも相俟って、短期間ではあるが、この一ヶ月を乗り切れる自信がないというのが本音だった。


「分かった。部隊は全部で十あるからね、合同任務を一つずつ(こな)していく段階で報告を兼ねた質疑応答の時間を改めて準備しよう。僕の方も、今回は緊急で君と立ち会うことになったけど、これから重役会議の予定が入っていてね。話はここまでにした方が良さそうだ」


「では閣下! 小官のラナンキュラ遠征任務のご報告の詳細は、後に提出する報告書をご査収下さい。また、並びにハチの処遇決定につきましても、貴重なお時間を頂戴し、感謝の念に堪えません」


 中佐が「これにて失礼!」とでも言わんばかりの敬礼をするので、慣れないながらも見様見真似で僕もそれに倣う。桐生(きりゅう)氏は軽く頷いた後、来月の予定を示した。


「本日より三十日後、ハチの任務遂行の一環として、トゥールオルン中佐率いる第二部隊と一週間の長期合同任務を用意する。それまでにハチ、君は死なない実力を身に付けるように。それと、今の君の負傷部位の治療に第十部隊所属・クンツロール中佐の無償治療を手配した。訓練を始める前に、先にそちらに立ち寄るといい。彼は全国屈指の一流ドクターだ。その程度の傷ならば、完璧な処置を施してくれるだろう。運が良ければ君の記憶喪失についても何か有益な情報が得られるかもしれない。その点についても彼に相談してみるといい」


「……は、Xデーまで訓練を怠らず、生き残る実力を身に付けるがために善処します。治療についても感謝申し上げます。すぐに治療を受けて訓練に励む所存です。それと僕のこの記憶喪失についても、実りのある医学的な知見がないかクンツロール中佐に直接確認してみますね。では、一旦失礼します。ご報告はまた後日」


 そうして、怒涛の情報交錯の末、僕達二人は絢爛な執務室を後にした。

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